第8話 火


「……」
 一方でトウセイはそれに対し、答える事もしなければ頷いたりもしない。
 見た目としては落ち着いているようでもあったが、やはり心中はひどく揺れ動いているようだった。 動機は少し早くなり、じわりと体に汗も滲んでいく。
 いくら事前に分かっていたとしても、改めてリヤの存在を突き付けられるとかなりの衝撃を受けているらしい。
「若様。一体この国で何が起こっているのでしょうか。私達はいつになったら、また普通に暮らす事が出来るのでしょう……?」
 爺はそれから囲炉裏の横を通り抜けると、近寄って顔を覗き込みながら尋ねてくる。
 だがトウセイはいくら詰め寄られても、未だに何も答えはしなかった。
 周りの者達はその態度を見ていると、やはりトウセイでもどうにもならないと思ったのかもしれない。
 部屋の中の雰囲気はさらに暗さを増し、何の希望も持てない人々は次第に俯いていく。
 そのせいで辺りからは音が消え失せ、わずかに風が吹く音が外から聞こえてくるだけとなっていた。
「……」
 それでもその直後、トウセイは真剣な顔のまま湯呑を口に運んでいく。
 さらにその勢いのままに茶を飲み干したかと思うと、次に湯呑を豪快に床に置いていった。
 それは室内にとても大きな音をもたらし、わずかに残っていた茶は派手に辺りに散っていく。
「若様?」
 一連の行動はトウセイらしからぬものだったのか、爺はそれから怪訝な表情を浮かべていった。
 しかしトウセイはその問いかけに答える事もなく、すでに立ち上がると動き出している。
 そして凛とした顔つきで眺めるその先には、閉め切られたままの戸があった。
「……」
 ただしその進路上には、立ち塞がるように立ち尽くす者がいる。
 それは先程に茶を運んできた女の子であり、緊張した様子で顔を俯かせていた。
「そこをどいてくれないか」
「い、いけません。外は危ないのですから……。お通しする訳には参りません……」
 それからも女の子は緊張した様子で、トウセイを畏れているかのように目も合わさない。
 とはいえ自分が無礼を働いている事を理解しつつも、決して道を譲る気はなさそうだった。
「おい、無礼な事をするな。こっちに来なさい……!」
 その直後には先程に頭を下げていた男が焦ったように声をかけるが、未だに女の子は動かない。
「悪いな。俺は行かなければならないんだ。これは他の者にはさせられない。俺でないと、駄目な事なのだから……」
 一方でトウセイも自身が抱く決意に変化はないのか、そのまま女の子の肩に手を乗せながら横を通り過ぎていく。
 すると女の子はふと顔を上げ、その時にはトウセイと視線を交わしていった。
「……」
 そして真剣な表情の中にも悲壮な感情が見え隠れしている事に気付いたのか、女の子はもう止めようとはしない。
 次にトウセイは戸に手をかけると一気に開け放ち、外から入る眩しい光を一身に浴びていく。
 周りにいる誰もがそれを見ると目を細め、何か感じ入るものがあるかのように黙り込んでいる。
 爺でさえ輝きに包まれているかのような後ろ姿を見ると、床に手をついたまま何も言えずにトウセイを見送っていた。
 やがてそれから戸が静かに閉められると、もう出る者のいない室内にはまた薄暗さが満ちていく。
 とはいえ残った者達は何の力も持っていないため、ここに残るという選択は当然とも言える。
 だがそれでもトウセイだけを戦いに送り、自分達は安全な場所に隠れているのに変わりはない。
 その事実を誰もが心の内では気付いているからこそ、その後もずっと表情は曇ったままとなっていた。

「……」
 トウセイが家を出てからすぐ前に視線を向けると、いつからそこにいたのかは不明だが一体の龍人の姿があった。
「やはり化物とはお前達の事だったか。わざわざ待っていたという事は、この国の住人を狙わないというのも本当らしいな。そしてお前の目的は、これなんだろう?」
 トウセイはそれを見ると刀を抜き放ち、腕には紋様を光らせながら近づいていく。
 一方で龍人の方は睨み付けてくるような厳しい目つきは変わらないが、身じろぎすらせずに佇んでいる。
「だがな、今はお前達に構っている暇はないんだ。怪我をしたくなければ、さっさとそこをどけ。警告は一度だけだぞ……」
 トウセイはそれを見ると顔をしかめ、日光の反射する刃を見せつけるようにして凄んでいった。
「……」
 それでも龍人は行動を起こさず、ただじっと見続けてくるだけである。
 怯える様子など微塵もなく、見開かれたままの純粋な二つの瞳はトウセイという人物を見極めようとしているかのようだった。
「無駄か。あいつのように自我があれば、まだ話は通じたかもしれんが……。まぁ、一応警告はした。後は手加減などするつもりはないから、覚悟をしておけ……!」
 対するトウセイはわずかに目を伏せて息を吐くと、改めて両手で刀を構え直していく。
 そして先端を龍人に向けると強く意気込み、反応のない相手に痺れを切らせたかのように一気に駆け出していった。
 やがてあっという間に龍人の眼前にまで接近すると、刀を横に振るっていく。
 すると軌跡の後には設置型の赤い線が現れ、目にも鮮やかな輝きを放つ。
 トウセイはそこからすぐに離れていったが、対照的に龍人はまだ動かない。
 むしろ赤い線の輝きに目を奪われるようにして、逆に手を伸ばそうとしていった。
 その次の瞬間、赤い線は勢いよく爆発して激しい火を生み出していく。
「……!?」
 それは届く範囲にある全てのものを焼き尽くそうとしていたが、肝心の龍人にはほとんど効いていないらしい。
 ただしそれでもかなり驚いているのか、動きは確実に止まっている。
 トウセイはその隙を見逃さず、果敢にもさらに接近しようとしていった。
「グゥゥ……!」
 さすがに龍人もそれを見ると危機感を覚えたのか、腕を大きく振り上げると即座に振り下ろしていく。
 丸太のように太い腕は空気を引き裂きつつ、凄まじい迫力と共にトウセイへ向かっていった。
「何度やっても慣れんな、これは……!」
 しかしトウセイはそれを軽く避け、懐に入り込んだ所で再び刀を振り被っていく。
 すると肩から腕にかけては赤い紋様が輝き、一気に刀にまで伝わっていった。
「……!」
 それを見た龍人は輝きに対して思わず目を見開き、また隙だらけの状態になりながら体を強張らせている。
「うぉぉぉ……!」
 トウセイはそこへ目掛けて刀を振るい、体を直接斬りつけていった。
 それと時を同じくして紋様は特に強い輝きを放ち、刀からは太く赤い線が走っていく。
 炎の刃となったそれは、次に龍人の体を熱と共に斬り裂いていった。
 その力こそ合成龍に深手を負わせた程の威力を持つ、強化型の赤い線である。
「グァッ、ガハッ……」
 相次ぐ猛攻を受けた龍人は苦悶の表情を浮かべ、ひどく焼け焦げた体からは血と煙が噴き出していった。
 かつては龍人にほとんど傷すら負わせられなかったトウセイも、今となっては障害にすらなり得ないまでになったらしい。
 すでにかなり龍の力を使いこなしているためか、その体には赤く輝く紋様が爛々とした光を放っている。
「グゥッ、ゴフッ……」
 それから龍人はわずかな間だけ耐えていたが、やがて力尽きていく。
 体からは派手に血を流しつつ、前に倒れ込むとそのまま地面に伏していった。
「はぁ、はぁ……。こいつもあの合成龍と同じで兄さんの命令に従っているだけなのか? もしそうだとするなら……。俺はあと何人、こいつ等を倒せばいいんだ……」
 一方でトウセイはやや息を切らせながら、自分が倒した相手をじっと見下ろしている。
 ただしその顔には龍人に勝てた事への喜びや、充足感のようなものは欠片も見られない。
 むしろ辛そうな顔で見下ろす姿はどこか悲しげで、手に持つ刀は強く握り締められていた。
 するとそんな時、すぐ側の路地の方から複数の足音が聞こえてくる。
「……?」
 それに気付いたトウセイがふと顔を上げると、直後には今倒したのとは別の龍人が姿を現す。
 しかもそれは一体で終わる事はなく、続けざまに路地からは何体もの龍人が歩み寄ってきていた。
「ちっ、一体しかいない訳がないとは思っていたが……。まさかこれ程の出迎えを受ける事になるとはな……」
 今までにない状況を前にすると、さすがのトウセイも表情を歪ませていく。
 そうしている間にも龍人の数はさらに増え、加えてこの場に揃いつつある龍人はどれも特に屈強な体を持っているように見えた。
 その動きも非常に整然としており、まずはトウセイの行く手を塞ぐように道の端にまで広がりつつある。
 いくらトウセイが龍人を倒す力を手に入れても、これだけの敵を相手にしては不利になるのは間違いなさそうだった。
「さて、どうしたものか……。真正面からぶつかってもいいが、ここで消耗しては兄さんの元に辿り着く事さえ出来るかどうか……」
 だからこそトウセイも顔をしかめ、まずは相手の出方を窺おうとする。
「若様!」
 そんな時、不意に背後からは大きな叫び声が聞こえてきた。
 すぐさま背後に視線を送るとそこにいたのは爺であり、その体は家の外に出てしまっている。
 さらに家からはその後も人が出てくる流れは止まらず、大勢の人が外に堂々と姿を現していく。
 やがてその場にはトウセイを挟むようにして、龍人と普通の人間が対峙するという異様な状況が出来上がっていった。
 両者は互いに出揃った後も睨み合ったまま距離を保ち、拮抗状態が続いている。
「お前達……」
 一方でトウセイは爺や町の人達の突然の行動に対し、驚いた様子で言葉を失っていた。
「若様。あなただけを戦わせる訳にはいきませぬ。力足りぬ身なれど、私達も戦列にお加え下され……」
「トウセイ様!」
「俺等にも是非、お手伝いさせてください!」
 対する爺や男達は誰もが表情を強張らせながら、高い士気を表すように大声を上げていく。
 それでも手にしているのは長い棒だったり、ただの包丁などがほとんどである。
 おまけに誰もが少なからず体を震わせ、無理に自分を奮い立たせているようにも見えた。


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