第8話 火


「……サク。お前はトウセイの所へ行ってくれないか」
 そんな時、ロウは龍人から目を離さないようにしつつ小声で話しかけていく。
「え、いきなりだね……。トウセイのいそうな場所はさっき聞いたから行ってもいいけれど……。でもさ、あいつはどうするの?」
「俺が何とかしてみるよ。だから、サクはトウセイを止めてきてくれ。自分の家族を殺すなんて……。そんな事は絶対にさせてはいけないんだ」
 対するサクは不安そうに小声で答えるが、ロウはなおも強い決意と共に話している。 その全身には己を鼓舞するかのように力を込め、前をじっと見据えるのも変わっていない。
 真剣な口ぶりや様子から察すると、自分とトウセイの境遇を重ね合わせているのかもしれなかった。
「俺も出来たら行きたいけど、こんな町中に龍人を放っておく訳にもいかないだろ。だから、頼むよ」
 それでもロウは最後に安心さえるかのように、ふと微笑みをサクへ向けていく。 素直な姿はまるで、信頼する相手に自らの思いを託そうとしているかのようだった。
「もう、仕方ないなぁ……。結局、僕がいないと皆は何も出来ないんだから。じゃあ、行ってあげる。でも、そっちも無理しないでね……!」
 サクはそれに対して微笑みを浮かべると肩をすくめ、勢いよく駆け出していく。
 そしてここから横に伸びる路地に入り込むと、あっという間に見えなくなっていった。
「一人逃げたが、まぁいいか。あんな小者、いくら龍と同化していようとこいつとでは相手になるまい」
 それを見つめるフドは大して興味がないのか、嘲笑うだけで特に後を追わせようとはしていない。
「ロウさん、サク君を一人で行かせて大丈夫なんですか……?」
 一方でセンカはサクの身を案じているのか、今も路地の方へ目を向けていた。
「いや、一人だけだとやっぱり心配だ。だからここは俺に任せて、センカはサクを助けてやってくれないか?」
 それとは対照的にロウはすでに龍人と戦う気なのか、霊剣の方へと手を伸ばしている。
「いいえ、私はここに残ります。サク君ならきっと大丈夫です。何だかんだいって賢いですし、龍の力もあります。それに、トウセイさんと合流出来るかもしれませんから」
 だがセンカは静かに首を横に振ると、穏やかだが強い決意と共に答えていく。
「いや、でも……。ここにいたら危険じゃないかな。俺としては戦うだけで精一杯で、センカを守り切れる自信もないし……」
 ロウはそんなセンカを容易に説得出来ないと分かりつつも、まだどうするべきか悩んでいた。
「危険だと分かっているのなら、どうしてロウさんご自身はここに残られるんですか。それに霊剣から光龍の力が切れたら、どうされるおつもりだったんです?」
 対するセンカは少し呆れたように息を吐き、視線を下げていく。
 心配そうな視線の先にある霊剣は、光龍の力によって光の刃を作り出す事が出来る。
 だがもしも戦闘中にその力を使い切れば、霊剣はただの錆びた剣へともどってしまう。
 そうなってしまえばただの人間であるロウには、龍人に対して勝ち目がなくなるのは明白だった。
「あぁ。確かにそれはそうだな。考えてもみなかった。うーん、だとしたら仕方ないのか……?」
 ロウもそれを聞くと納得したのか、頭を掻きながら呟いている。
「はい。ですからロウさん、私をここにいさせてください。そして、あの龍人さんを止めてもらえないでしょうか……」
 直後にセンカは縋るようにロウの腕に触れ、懇願するような表情で見上げていく。
 その姿はいつになく儚げで、内に秘めた特別な思いでもあるかのようだった。
「え……?」
 ロウはその姿を見ると、思わず驚いたように声を上げていく。
 その時にはすでに龍人から視線を外していたのだが、相変わらず前方の方では目立った動きが見られない。
 どうやらロウが戦う準備が整うまで待つつもりなのか、龍人はただ手を開いたり握り締めたりする程度だった。
 フドもサクを見逃した事からも、龍人の力を試すに相応しい相手を求めているのだろう。
 だからこそロウが万全の状態になるまで待っているのだろうが、そのにやにやとした顔はやはりどこか不気味だった。
「きっとあの人は前に会った龍人さんのように、自ら望んで戦っているのではないはずなんです。無茶な頼みだと分かっていますが、お願いします……」
 一方でセンカはそう言うと、ロウの腕を掴む手に力を込めていく。 深刻な表情や切実な声などから察すると、龍人の事を未だに人として扱っているかのようだった。
「あぁ。分かったよ、センカ。だからさ、もうそんな顔はしないでくれ。後は俺がやるから大丈夫だよ」
 対するロウはどうしてそこまでセンカがこだわるのかは分からずとも、決して断りはしない。
「は、はい。ありがとうございます、ロウさん……! あ、でも……。あの、実はですね……。そもそもは、龍神教が……」
 するとセンカも嬉しそうに声を上げるが、すぐに表情を曇らせて何かを言いかける。
「いや、センカ。今は危ないから下がっていてくれ。俺にどこまでやれるのか、分からないけど……。何とか出来る所までやってみるよ」
 しかし今は事情を聞いている余裕はないのか、ロウはそう言うと改めて正面に向き直った。
 センカもまだ話し足りない様子ではあったが、ちゃんと聞き分けるとその場から離れていく。
「さて、相談は終わったかな? こちらとしては二人がかりでも一向に構わないのだが……。いや、むしろ一人の方がこちらとしては都合がいいか」
 それを見たフドは口元を吊り上げ、不快感すらある笑みを浮かべていった。
「その方がこいつの性能もきちんと測れるだろうしな。まぁそのために、あまりあっさりと終わってもらっては困る。精々、時間をかけて楽しませてもらおうか……!」
「グゥォオオオオ!」
 そして興奮を最大限まで高めると、その声を闘争の合図としたかのように龍人が大声を共に天を仰いでいく。
 大気を震わす声はロウやセンカの体を萎縮させ、合成龍のような凄まじさで町中に響き渡っていった。
「グゥゥゥッ!」
 次に顔を下ろした龍人の目は血走っており、直後には準備動作もなく駆け出してくる。
 その巨体は今までに見たどの龍人よりも大柄だが、動く速度が劣っているという事はない。
 むしろ異様なまでの素早さで接近してきており、それに加えて押し潰されそうな程の圧迫感も伴っていた。
 それは単純に比べられるものではないが、合成龍並みといっても過言ではない。
「……!」
 ロウはあまりの迫力に圧倒されたのか、警戒していたにも関わらず反応が遅れてしまう。
「ガアアアア!」
 一方で龍人はそんな相手に対しても容赦なく、思い切り腕を振り上げていく。
 すると筋肉が一瞬で膨れ上がり、まるで巨大な棍棒のような見た目へ変貌していった。
 すでに龍人の位置は拳が充分に届く範囲にまで来ており、腕を振り下ろしさえすれば命中しそうである。
「あ、危なっ……!」
 だが一度当たれば命のない事は明白であり、ロウは必死で体を捻って避けていく。
 そしてぎりぎりの所で回避は成功するが、龍人はそれからも執拗に腕を振るっていった。
 ロウはしばらくの間はそれを避けるのに専念し、霊剣に光の刃を纏わせても振るう暇がない。
「うおぉ……!」
 しかし自分の顔程はある拳を何とか避けた後に距離を取ると、ようやく反撃の糸口を掴んだらしい。
 いくら龍人が強靭な肉体を持とうとも、攻撃する手段はただ腕を雑に振るうだけである。
 ロウはそれらを避ける内に動きをある程度は見切ったようで、相手を待ち受けるように霊剣を構えていく。
 次の瞬間にはそこへ目掛け、龍人が一気に突っ込んでいった。
 ただし相変わらず攻撃は一辺倒で、ロウは拳を避けた後に霊剣を振るっていく。
「なっ……。き、効いていないのか……? そんなはずは……」
 だが渾身の反撃だったにも関わらず、光の刃は龍人の体を覆う鱗に阻まれて傷一つつける事は叶わなかった。
「さすがに完全体だなんて言うだけの事はあるか……。でも、こっちにだって龍の力があるんだっ……!」
 それでもロウは諦める事はなく、霊剣でさらに斬りかかっていく。
 光の刃は防御する素振りすらない龍人の体に吸い込まれるように向かっていくが、またしても掠り傷すら負わせられなかった。
 ロウがその事に呆然としていると、直後には龍人が狙い澄ましたように拳を放ってくる。
 反応の遅れたロウはそれを避ける事が出来ず、霊剣を盾代わりに防御するしかなかった。
 次の瞬間には二つが激しくぶつかるが、吹き飛ばされるように弾かれていったのはロウだけである。
「ぐぅっ……!」
 体格差があるためにこうなってしまうのも仕方ないが、後方で地面に激しく体を打ち付けたロウは思わず呻き声を上げていった。
 そんな隙だらけな状態の敵をもう放っておく事はしないのか、龍人はすぐに追撃をかけるために動き出す。
「ロ、ロウさん……! もう、いいです。今すぐ逃げてください……!」
 センカはそんな危うい様子をもう見ていられなくなったのか、はらはらとしながら悲鳴のような声を上げていく。
「はぁっ、はっ……。この、ままじゃ。まずいっ……。どうにか、しないとっ……!」
 一方でロウはその場で休む暇もなく、迎撃のために何とか立ち上がる事が出来ていた。
 そしてその場へやって来た龍人から放たれる激しい連続攻撃を、息を切らせながら必死にかいくぐっていく。
「なっ……!? くぅ、あっ……」
 初めの内はそれも成功していたがある時、不意に足を躓かせるとその場に膝をついてしまう。
 龍人がそれを見逃すはずもなく、あらん限りの力を込めた拳を打ち下ろそうとしていった。
 それを見ていたフドは次に訪れるであろう光景に対し、歓喜の表情を浮かべて声を上げようとする。
 逆にセンカは思わず目を瞑ってしまい、凄惨な光景から目を逸らそうとしていた。
 ロウ自身も霊剣を握ってはいたが、龍人を見上げて呆然としたまま固まっている。
 そして龍人が圧倒的な力を振るおうとしたまさにその時、それを跳ね返すかのように激しい光が勢いよく放たれていった。
「グアッ……。ギャァァァァア……!」
 輝かしい眩しさの元となっていたのは霊剣であり、龍人はそれを直に見てしまう。
 するとあまりに強すぎる刺激によって、両目が焼けるように熱くなる。 そうなると思わず両手で目の辺りを押さえ、そのままよろめきながら後退していった。
「ちぃっ……。やはり目の部分などはまだ改良の余地があるか……。弱点を克服するには、もっと重点的な開発が必要だな……」
 距離を取っていたフドも眩しそうに目を押さえているが、ぶつぶつと呟くのは止めていない。 目の前の戦いすらどうでもいいのか、ひたすら一人で考え込んでいた。
「はぁっ、はぁ……。これはまずいな……。さっきのがまた使えればいいけど、どうやったのか自分でも分からないし……」
 一方で息を整えるロウは、ひとまず距離を取ろうと後ろに下がっていく。
 霊剣を握り直しながら呟く顔は焦りに満ち、これからどうすればいいかを必死で考えているようだった。
 しかしこちらはいくら考えてもいい案は浮かばず、立ち尽くすしかない。
「……」
 そんな時、龍人は目をゆっくりと開くと前方にロウの姿を確認する。
 どうやらすでに視界は元に戻っているのか、それからすぐに体勢を戻すとこちらに向かってきた。
 かなりの光量を間近に見たにも関わらず、わずかに怯ませた以外は何の支障もないように見える。
「うっ……。今までの龍人も強かったけど……。今度のは、いくらなんでも強すぎだって……」
 そんな相手と対するロウには打つ手などなく、今までと同様に必死で攻撃を凌ぐしかない。
 鼻白んだ様子でじりじりと下がると、通りにある閉められた商店の前にまで追い詰められていく。
「グウアァッ!」
 そんな所へ龍人が突っ込んでくると、渾身の力を込めながら剛腕を無遠慮に叩き付けてきた。


  • 次へ

  • 前へ

  • TOP















  • inserted by FC2 system