第7話 合成龍


「ガアアアァァ!」
 合成龍が大きく吼えると、その度に体にある鱗が少しずつ動いていく。
 それは次第に強くなる叫び声と共に、体を順次作り変えているかのようだった。
 そもそも合成龍は純粋な龍ではなく、人の手によって作り出された歪な存在である。
 どうやらここに来てその身に隠されていた力が、遂にロウ達の前で解放されようとしているようだった。
「ガアアアアァッ!」
 次に合成龍が力を込めると、体の継ぎ目からは骨が姿を現す。
 先端が尖ったそれは力を込めるごとに、体からどんどん突き出ていく。
 しかもそれは巨体の一部分だからこそ、骨だけでもロウ達に匹敵する程に大きい。
「グウォオオオオ!」
 そして次に一際大きく叫んだかと思うと、骨はかなりの速度を伴って体から射出された。
 遠目からでも人並みの大きさを持つと分かるそれは、勢いのままにロウ達のすぐ横の地面に突き刺さる。
「これは……。骨、みたいだね……」
 幸いな事にそれは的中する事はなかったが、衝撃的な光景を目の当たりにしてサクの体は気付かぬ内に震えていた。
 もちろんその恐怖は周囲にも広がり、土をえぐる程の強い威力に他の誰も目を奪われていく。
「ぼーっとするな! 次が来るぞ!」
 そんな時、トウセイはトウセイはただ一人だけ次の攻撃を警戒して声を荒げていた。
 するとその声に反応し、ロウ達は正面に意識を戻していく。
 その頃、合成龍は耳を塞ぎたくなるような大きな雄たけびと共にまた骨を体から突き出させていた。
 もちろんそれは先程と大きさが変わらないくらいのものであり、しっかりとロウ達に向けられている。
「グガアァァ!」
 そして合成龍は強く睨み付けるような視線を向けつつ、強い咆哮と共にまた骨を発射していった。
 ただし今度の弾道は幾らか修正されており、ロウの方へ真っ直ぐに飛んでくる。
「うわっ!」
 それに気付いたロウは慌てるが、骨弾を避ける暇はない。
 せめて防御はしようと、霊剣の柄を強く握り締めて纏う光の刃を大きくしていった。
 そうして霊剣を盾のように扱うと、かなりの速度で飛んでくる骨弾と正面から向き合う。
「ぐわぁっ……!」
 その目論見は成功したようだが、やはり衝撃だけは防ぎ切れていない。
 ロウは骨弾の持つ勢いのままに、後方へと大きく押し出されていった。
「最早、なにがただしく、なにが悪い、のか。わからな、い。意識はこんだくし、ふかい水底にしずみ。にどと、うかんで、はこない。あと、は本能にしたがいく、るうのみ」
 そして必死で押し留まろうとしている最中にも、ロウの耳には霊剣を通してあの悲しげな声が聞こえてくる。
「ぐっ、あっ……。また、あの声が……」
 やがて地面に投げ出されるようにして倒れ込んでいったロウは、痛みに顔をしかめながらも声のせいで戸惑いを浮かべている。
「なれば、こそ。前たち、がおれをさ、ばけ。勝者、にこそ、はいしゃを、罰するけんりがある。力を、しめせ。つよき、ものこそ、正義だ……!」
 そんな状況でも語り掛ける声は続き、徐々にだが語気を強めていく。
 やがて最後に頭の中に強く響いていったそれは、何かを真剣に伝えようとしているかのようだった。
「……」
 ただしロウからすれば白昼夢のようであり、呆けたように固まってしまう。
「ロウさん!」
 するとそれに気付いたセンカが、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ガア……!」
 その時、まるでもう言いたい事はなくなったかのように合成龍が再び動き出していった。
 声のしていた間だけ緩んでいた攻撃は再び苛烈さを増し、咆哮と共にさらに骨の弾を飛ばしてくる。
 そして絶え間なく発射されるそれはもう単体ではなく、複数が一度に飛んでくるのが当たり前となっていた。
「うわぁっ……!」
「くっ……」
 一方でトウセイやサクなどは、次々に発射される骨弾に対して必死に避けるしかない。
 だがそれを続けていく内に、いつの間にか全員が同じ場所に身を寄せ合っていた。
「……これは一か所に集められてしまったのか」
 トウセイはそれに気付くと、悔しそうに顔をしかめていく。
 トウセイやロウはその事に気付いて顔を歪めると、険しい表情で辺りを見回していく。
 周囲にはすでに防御や隠れるのに利用出来そうな障害物などは、ほとんどなくなってしまっている。
 木などは真っ先に骨弾に吹き飛ばされ、地面には残骸らしきものがいくつも転がっているだけとなっていた。
「叫んでばっかりで頭悪いのかと思っていたけれど……。うーん、あっちも結構考えて動いているんだね」
 次にサクは相手の意図した通りに進んでいく展開に対し、感心するように頷いていく。 その様子は緊迫感にかけ、賞賛しているかのようだった。
「サク君ったら……。感心している暇があったら、どうすればいいのか考えてくださいよ……」
 センカはそれに対し、こんな状況ながら呆れたように溜息をつく事しか出来ない。
「あれを見ろ!」
 そんな時にロウはそう言うと、合成龍を指差す。
 その先ではすでに合成龍により、次の骨弾の準備が進められている所だった。
 しかも今度のものは特に大きそうで、あれが来ればロウ達などひとたまりもなさそうである。
 とはいっても、この密集した状態ではロウ達に逃げ場などない。
 ばらばらに逃げれば助かる可能性は高まるが、誰かが狙い撃ちにされるだけだった。
「まずいよ、あれは防げない。にしても結構やるもんだよね。紋様なしでもあそこまでいけるのかぁ……」
 それを理解しているのか、あるいはしていないのかもしれないがサクはまだ気の抜けた事を呟いている。
「あ……。あぁ……」
 しかしすぐ側のセンカはそうではなく、目の前に迫ってくる死の恐怖に対してひどく怯えていた。
「まさに八方塞がりだな。これじゃあ、逃げようとしても無駄って事か……」
 ロウもどうにかならないかと悩み、懸命に次の行動を模索している。
 ただ今の状況を簡単に打開出来るような、都合のいい方法はすぐには思いつきそうにはなかった。
「この状況は一体……。どうしてこうなっている。傷つけ、壊して。兄さんはこんな事がしたかったのか。俺に、こんな光景を見せたかったっていうのか……?」
 一方で他の三人が心を乱している中、トウセイだけは不思議と落ち着き払っている。
 もしかしたらすでにこの場にはいないが兄の事を考えているからこそ、このような状況でも冷静さを保っていられるのかもしれない。
「ガァアアア……」
 そんな時、すでに合成龍は骨弾の準備を終えていた。
 しかも今度の一撃で終わりにしようとしているのか、一度に複数の骨弾を発射出来るようにしてある。
 その体の様々な個所から覗く、歪な骨の数々。 まともな人間ならそれを見ただけで心が折れ、足は竦んでしまいそうだった。
「……なら、俺が絶対に止めてやる」
 だがトウセイは逆にそれを見て決意を固めたのか、開かれた目には徐々に力がみなぎっていく。
 さらにそれは全身へと伝わり、やがて首筋から右の腕にかけて赤い紋様が浮かんでいった。
「兄さんがやろうとしている、その全てを!」
 そしてトウセイはそう言うと、刀を構えていきなり合成龍の方へ突っ込んでいく。
 無謀とも思える行動は、今までになく強い光を放つ赤い紋様によって全員の目を引いた。
「トウセイ!?」
 するとロウ達はそれに驚きながら声を上げるが、他にも強い反応を見せる者がいる。
「……!」
 合成龍は自分に向かってくる赤い光を前に、反撃のために骨弾を放っていく。
 動く的にはやや当て辛そうではあるが、どれだけ外そうと攻撃手段は幾らでも容易出来るので問題ないらしい。
「!」
 片やトウセイの方は一撃でも食らえば致死であるため、必死の形相で避けるしかなかった。
 そして迫り来る攻撃を前転などを織り交ぜながら避けると、敵のすぐ目の前まで一気に進み出ていく。
 やがて合成龍の腹の辺りまでやって来たが、そこはもう刀が充分に届く間合いでもあった。
「うおおお!」」
 だからこそトウセイは裂帛の気合を込めて、その場で大きく刀を横に振るう。
 刀は丁度、合成龍が骨弾を発射するために動かした鱗の隙間を縫うようにして肉を斬り裂いていく。
 さらに体で光を放っていた赤い紋様は今までは単一だったが、その瞬間から繋がりながら一つになってなお輝きを増していった。
 それは今までに手に入れた紋様が、新たな力の源となっているかのようである。
 最終的には首筋から刀にまで紋様は広がり、見る角度によってはまるで半月を描いているかのように見えた。
 そしてその力がもたらした結果として、刀で斬った軌跡に沿って赤い線が走っていく。
 それは線が幾重にも連なって太く大きくなったかのようで、肉が露出している部分を赤い輝きで満たしていった
 次にトウセイがそれを確認した後に身を伏せた途端、それは合成龍の体の表面で激しく炸裂していく。
 するとそこでは高温の火が一気に燃え上がり、体の芯まで焼き尽くそうとしていった。
 その火は先程のものと威力が段違いであり、強靭な体を持つ合成龍にも有効な一撃となり得たらしい。
「ガアア……!」
 合成龍の体には炎の刃とも言えるそれが食い込み、肉を深部まで焼きつくしていく。
 さらに体からは煙と共に血が派手に噴き出し、傷口には肉が焼けた跡が深く残っている。
 そして結果を見つめながら立ち上がるトウセイの刀は、熱を持って赤くなっていた。
 それは刀に走る紋様のせいでもあったのか、ずっと鮮烈な光を放っている。
 加えて先程に使った力は設置型よりも強く、投擲型よりも大きい。 それはまさしく二つとは別物であり、相手と至近距離で相対した時に使う強化型の赤い線だった。
 他の赤い線に比べて扱うのが難しいその力は、必要とされる紋様量も多めである。
 ただし代わりに火龍の力の中でも威力は高い方であり、トウセイはそれを見事に使いこなしていた。
「凄い……。龍人と戦った時より、火の力が強くなってる……。紋様しか持たないはずなのに、まるで龍そのものが力を振るっているみたい……」
 一方でその光景を離れた位置から眺めていたサクは、驚きの声を上げている。
 それはすぐ側にいるロウやセンカも同じようで、どちらも目を見開いたまま固まっていた。
「グ……」
 その頃、合成龍は痛みに顔を歪ませながらも体勢を立て直そうとしている。
 しかしそれはなかなか難しいのか、苦しむ内に体は少しずつ揺らいでいった。
「ガアアアア……!」
 それでも合成龍にも意地があるのか、大きな咆哮を放つと共に足を踏ん張る。
 すると一度は倒れかけていた体も、見事に元の位置にまで持ち直していった。
「駄目か。今の俺の力では……。これ以上は、もう……。やはり、兄さんのようにはいかないな……」
 一方でその異様なまでの体力を目の当たりにすると、トウセイは静かに呟いていく。
 それは珍しく素直に負けを認めるような言葉であったが、理由がない訳ではないらしい。
 自分の眼前にいるのは生半可な攻撃は通じない鱗に、全力の一撃が決まっても倒れる事のない体の持ち主である。
 さらにトウセイの体にあった赤い紋様は、何故かいきなり輝きを失いつつあった。
 紋様があった場所には火傷のような跡が残り、煙を立てながら鋭い痛みだけを残している。
 それは無理をして手に入れた力が、限界を超えた体から消え失せていくかのような光景であった。
 だがすでにトウセイは諦めの境地に達したかのように、どこか冷静で穏やかである。
 その手は自然と垂れ下がり、力が抜けたために刀がすんなりとこぼれ落ちていく。
 やがてそれは地面に落ちると、乾いた虚しげな音を何度か響かせていった。


  • 次へ

  • 前へ

  • TOP















  • inserted by FC2 system