第7話 合成龍


「グゥオオオオオ!」
 だが合成龍は例え相手に戦う意思がなくなっても、見逃すつもりはなさそうだった。
 その目は戦うための手段すらもたないトウセイを狙い、持ち上げた前足を一気に振り下ろしていく。
 しかしその時、動いていたのは合成龍だけではなかった。
「トウセイ! 危ない!」
 叫ぶと同時に走り出したサクは両手を前に差し出しており、その部分に加えて体の広範囲に紋様が広がっている。
 しかもその全てが今までになく光を放ち、強い力を発揮しつつあるらしい。
 ただし力はすでに発動しているはずなのに、目に見える結果は生まれていなかった。
「ぐ、うぁぁぁっ……!」
 その直後にはトウセイは凄まじい衝撃により、木の葉が飛ぶように軽く吹き飛ばされていく。
 さらにそこから地面に叩き付けられたかと思うと、そこから何度も派手に転がってくる。
「うわっ……! わわわわっ……! ちょっと待って……!」
 その光景を見ながら慌てた様子でいるのはサクであり、自身の体の小ささも考慮せずにトウセイを受け止めようとしているらしい。
「うぐぅっ! と、とととっ……! わぁぁっ!」
 だが案の定、その勢いを完全には止められはしなかった。
 サクはトウセイとぶつかると尻餅をつき、その後は二人もろとも後ろへ何度も転がっていく。
 それは抗おうとしてもどうにもなるものでもなく、ひたすら耐えるしかなかった。
「あいたたた……。お、重いよぉ……でも、ふー……。どうにかなったかなぁ……」
 そして最終的には自分より体格の大きなトウセイが上に圧しかかった状態となるが、ようやく吹き飛ばされた時の衝撃もなくなったらしい。
 サクは安堵の溜息をつきつつ這い出てくると、すぐ側にいるトウセイの様子を窺っていく。
「くっ、うぅ……」
 当人の意識は弱いが小さく呻き声を上げており、とりあえずは無事のようだった。
「もう、一人で無茶しちゃって……」
 サクはそれを見ると自分が散々してきた事は棚に上げ、不満げに口を尖らせている。
 その顔や体にはいくつも擦り傷が出来ていたが、どこか表情は嬉しそうでもあった。
「……」
 やがて次の瞬間にはわずかな間だけ目を閉じたかと思うと、すぐに見開いて合成龍の方へ顔を向けていく。 その時には表情を強く引き締め、目には今まで見た事のないくらい強い怒りが窺えた。
「ガ……!?」
 合成龍は多分に殺気までも含む強い眼差しに対し、一瞬だけ怯むような様子を見せる。
「よくもやってくれたね」
 それからもサクは視線を一点に集中させたまま、手を正面へ向けていく。
 その体にはまだ紋様が残っており、特に左腕からは強く光が放たれていった。
 するとそれを合図としたかのように、合成龍の足元からは一斉に木々が生えてくる。
「今度はこっちの番だよっ……!」
 以降も木々はサクの強い思いを実行に移すかのように、通常の成長速度などを無視して凄まじい勢いで伸びていく。
 さらにそれはただ成長しているだけではなく、合成龍の体を絡め取って自由を奪っていった。
 それからは強靭な腕も足も木で覆われ、今までになく動きが封じられていきつつあるのが分かる。
 その次の瞬間には、不意に訪れた好機を逃さぬかのようにサクのすぐ横を駆け抜ける影があった。
 一心不乱に前に進んでいくのはロウであり、もちろん事前に打ち合わせなどしていない即興の連携である。
「ロウ、後は頼むよ」
 だとしてもやるべき事は互いに分かっているのか、サクはひたすら紋様の方へ集中していた。
 そして二人が交錯する瞬間、短く声だけをかけていく。
「あぁ……。任せろ!」
 ロウにとってはそれだけで充分だったのか、強く頷きながら途中で落ちていた霊剣を拾い上げる。
 さらにそのまま速度を落とさず、霊剣には迷わず光の刃を纏わせていった。
 続けて霊剣を下げたまま疾走してくと、構成された光の刃は地面を音を立てながら削り取っていく。
 それは相手の眼前の辺りまで続き、対する合成龍はそのまま迎え撃とうと身構えていった。
「ガアアアア!」
 木によって未だに自由のない体ながらもその気合は充分であり、まだ骨弾も残っている。
 どちらかというと相手の方が優勢だと思えるが、それでもロウは駆ける速度を落とさない。
 一方で骨弾はすでに狙いをつけ終え、今にも放たれようとしている所だった。
「ロウさん、危ないです!」
 その直後、今度はセンカがそう叫ぶと同時に合成龍の方へ手を向けていく。
 すると自身の体には光の紋様が浮かび、次の瞬間には合成龍の眼前に光の球を生み出した。
 光龍の手助けなしに作ったためにそれは小さく、どこか頼りなく感じられる。
 それでも即効性に関しては問題などないのか、現れるとほぼ同時に眩い光を解き放っていく。
 その威力はやはり少し落ちているようだが、相手の視界を防ぐだけなら充分過ぎた。
「グガアアアァァァァ……!」
 合成龍はあまりの眩しさにロウを見失うと、見当違いの方向に骨弾を発射していく。
 それらは次々に勢いよく飛んでいくが、どれも轟音と共に地面などにめり込んでいくだけだった。
 結果としてサクからロウ、そしてセンカへの連携は見事に決まって合成龍を翻弄する。
「うおおぉぉ!」
 そしてまだ攻撃は終わっていないと言わんばかりに、ロウは気合と共に合成龍へ向かっていく。
 目を細めながら駆ける姿は光の球を目印にしているようで、ある程度の距離まで近づくと真ん前に霊剣を思い切り突き出していった。
 実際には両者の距離はまだ開いており、一見すると距離を読み間違えたようにも見える。
 しかしその直後には霊剣が纏う光の刃が巨大化し、一直線に放出されていった。
 かつて土龍を倒した時のように巨大な刃が向かう先には、トウセイがつけた赤く深い傷がある。
 そこにはすでに攻撃を防ぐものは何もなく、霊剣の刃は体の内部まで何の障害もなく深く突き刺さっていった。
「ガッ、アアァァァァ……」
 合成龍はその瞬間、痛みに苦悶して今までに聞いた事のないような声を上げる。
 そして顔をしかめたまま、口からは多量の血を流していった。
 とはいえまだ体は健在であり、目は前を見据えて反撃のために動こうとしている。
「ぐ、うぉおおお!」
 一方でロウもそれが分かっているからこそ、一切手を抜こうとしない。
 続けて霊剣に力を込めると、光の刃はさらなる強い輝きを見せていく。
 すると次の瞬間には合成龍の体から複数の光る刃が飛び出し、体内から何度も容赦なく斬り裂いていった。
 変化した霊剣の力はかつてロウが闇の紋様を宿した時と似ており、光の刃をいくつも枝分かれさせたものらしい。
「グゥゥハァァァッ……!」
 すでに合成龍の体の至る所からは血が噴き出しており、各所にある傷の深さを物語っている。
「ガッ……」
 そして霊剣の力の一端に触れた体からは、自然と力が抜けていく。
 鋭い眼力を放っていた目からは覇気が失せ、それから一気に巨体が崩れ落ちていった。
 合成龍が倒れ込むと同時に、地面には凄まじい音や風圧が響き渡る。
 巻き上がる大量の砂埃からも分かる通り、その衝撃は尋常ではないものだった。
「もう、ロウったら……。こんなに派手にやっちゃって……。まぁでも、いつもに比べればかなり格好良かったけれどさ……」
 サクは手で目の辺りを覆いつつ、悪化する視界の方へ文句をぶつけている。
 それでもやがて視線の先にロウの背中を見つけると、段々とその表情は安らいでいく。
「はぁ、はぁ……。ど、どうだ。見たか……? これが、皆の力だ……」
 一方その頃、ロウはまだ呼吸を乱したままだった。 過度な興奮と疲労が続く中、その視線はいつまでも足元に倒れている合成龍を見下ろしている。
「でも、ふぅ……。本当に、これが正義なのか……? 力を持つ者が、誰かを一方的に裁くなんて許されるのか……?」
 その口からは絶えず言葉が漏れているが、勝利を喜んでいる風ではなかった。
 残ったのは苦悩という余韻だけであり、すでに物言わぬ存在となった合成龍はもちろん答えを返さない。
 そのせいで余計に虚しさが募り、ロウはいつまでもその場に立ち尽くしていた。
 だが襲い来る敵がいなくなった事で辺りには静寂が訪れ、誰もが一息つこうと体の力を抜いていく。
 するとそんな時を狙ったかのように、合成龍の目がいきなり開く。
「ガアアアアアアァァ!」
 それと同時に体の筋肉は一気に膨張し、血を撒き散らしながら頭部を無理にでも持ち上げていった。
 すでに死に瀕した状態ながらも死力を振り絞る姿は、合成龍なりの意地の表れなのかもしれない。
「なっ……」
 その時のロウはあまりに突然の事態に対し、驚きながら後ろに倒れ込んでいくだけだった。
 合成龍はそんなロウに対し、震えた状態ながら口を大きく開いて襲い掛かろうとしている。
「ロウ!」
「ロウさん……!」
 サクやセンカはその事に気付くも、虚を突かれて紋様を使う暇すらなかった。
 誰もが視線を一点に集中させ、その後に迎えるであろう結果に戦慄しつつある。
 そんな時、合成龍の眼前には前触れもなく複数の赤い線が走っていった。
「……!?」
 さらに合成龍が驚く暇もなく、線は赤い光を放ちながら勢いよく爆発していく。
「ガァァァッ……」
 間近から爆発に巻き込まれた合成龍は、全てを焦がし尽くすような火の直撃を全身に浴びていった。
 それは今にも倒れそうな程の重傷だった体には致命傷となったのか、熾烈な火に焼かれながら一気に倒れ込んでいく。
「……」
 ロウは一連の出来事を眺めつつも、まだ呆然とした様子で動きを止めている。
 視線の先では合成龍はもう二度と起き上がる事はおろか、わずかに身じろぎする事すらなくなっていた。
 どうやら今度こそ死を迎えたらしく、ようやく辺りには完全な平穏が訪れる。
「くっ……。がっ……」
 ただしそんな場にあっても、トウセイだけは苦悶の表情を浮かべていた。
「あ、トウセイ!」
「お体は大丈夫なんですか……!?」
 それに気付いたサクやセンカはそう言いながら近寄ると、無事を確かめようと覗き込んでいく。
「どうだ、兄さん……。これで、俺は……」
 一方のトウセイは地面に片膝をついた状態で、顔をひどく歪ませているのを見ると万全な状態でないのが分かる。
 それでも何とか力を振り絞り、赤い線を放ったからこそ合成龍を倒す事が出来た。
 その行動は結果としてロウの窮地を救う事になったが、トウセイからすれば意図したものではないのかもしれない。
 合成龍を倒すのはあくまで兄に会うための試練と考え、それを乗り越えるために死力を尽くそうとした。
 だからこそ今も霞む目はどこか遠くを見つめ、今ここにはいない人物の事をいつまでも考えているのかもしれなかった。
「ぐっ……。うっ……」
 それでもすでに限界だったのか、トウセイはその場に倒れ込むと気を失ってしまう。
「ト、トウセイさん! やっぱり、さっきひどい怪我をされていたんですか……!?」
 センカはそれを見ると驚いた声を上げ、その声を聞いたロウも我に返るとすぐにそちらへ駆け出していった。
「あのっ……! しっかりなさってください! トウセイさん!」
 そしてセンカはそれからも叫びながら、懸命にトウセイの体を揺さぶっていく。
 先程に合成龍の前足の直撃を受けていたのを見ていたからこそ、かなりの動揺と共に心配をしているようだった。


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