第7話 合成龍


 視線の先には傷一つなく、直前とほとんど変わらない合成龍がいる。
 さらにその体は木の戒めを解いており、すぐ側には力を失くした霊剣が転がっていた。
 どうやら合成龍は体内の筋肉を一気に膨れ上がらせ、それによって木の束縛を破壊したらしい。
 そして飛来する霊剣でさえも、その時に発生した破片によって弾き返したと思われる。
 仮に破片が通用せずとも霊剣の勢いは相当下がっていただろうし、強靭な肉体のおかげで傷を負う事もなかったに違いない。
 以上の事から鑑みるに、合成龍は自分に不都合なものをも利用して敵の攻撃を防ぎ切ったようだった。
「嘘でしょ……。こんなの、強すぎるよ……」
「霊剣と木の紋様も弾くなんて……。一体どうすればいいんでしょう……」
 それを見て相手が知能もなくただ暴れるしか能のない存在ではないのだと分かり、サクやセンカは恐ろしさに体を震わせている。
 一方でトウセイはただ立ち尽くし、側ではロウも呆然としていた。
 だがロウの方は、自らの攻撃が通用しなかった事よりも気にかかる事があるらしい。

 それは霊剣が力を失う直前、最後に一瞬だけ強く光った時の事である。
「俺は、ずっと、たたかいつづけて、きた。めいれいされる、まま。あばれ、きずつけ。そして、うばって、きた」
 実はその時にまた、ロウにだけあの時の声が聞こえてきていた。
 それは紛れもなく人の言葉でありながら、とても人が発しているとは思えない。
「また、声が……。もしかして、これはこいつの……。合成龍の声なのか……?」
 そのまるで獣のように野太く豪放な声を聞くと、どうしても眼前の脅威に対する印象が変わってくるらしい。
 ただしもう声は聞こえてはこず、霊剣の介在もないために密かに感じた疑問が晴れる事はなかった。

「ガアアアアアアア!」
 次に合成龍は大きな声で叫んだかと思うと、全身に力を込めていく。
 それは先程に霊剣を防いだ時と同じくらいの力の入れようであり、筋肉は再び膨らみ始めていった。
 そしてまだ体に残って絡みついている木を、勢い任せに引きちぎっていく。
 いくら木龍の力で生み出したものでも暴力的な力を止める事は出来ず、あっという間に形を失っていった。
「グゥォオオォォオオ!」
 そして自らの力で戒めを完全に解き放つと、雄たけびを上げていく。 その力と姿、それはまさに人の力を超えた存在だった。
「これが合成龍。兄さんのもたらしたもの、か……」
 それまでずっと黙っていたトウセイも、それらを見るとぼそりとそう呟いていく。
 ただし先程の雄叫びとは対照的に当人にはまるで力が入っておらず、諦めや失望といったものしかなかった。
「ガアアアアアアアァ!」
 合成龍はそれから大きな咆哮を上げ続けながら、こちらに向かって突進してくる。
「皆、逃げろ!」
 それを見たロウがそう叫ぶと、センカやトウセイは突進を避けるため横に逃げていく。
 しかし何故かサクだけはその場に留まり、逃げる素振りさえ見せなかった。
「サク君、早く!」
「僕なら大丈夫。もう少しやってみたい事があるんだ」
 サクはセンカに答えを返しながら、ずっと余裕を保っている。
 合成龍はそんな所へ躊躇のない突進を繰り出し、地震かと間違う程の足音や振動を響かせていく。
 さらに凄まじい圧迫感を与えながら頭を下げ、大きく口を開くと勢いのままに食い付こうともしていった。
「……」
 だがサクはそれでも動こうとはせず、身じろぎもしないでただ前方をじっと見据えている。
 そしてそんな悠長に構えていたからこそ、直後には合成龍の口の中へと吸い込まれるようにして消えていってしまった。
「あぁっ!?」
「サク!」
 それを見た瞬間、ロウやセンカは慌てて声を上げる。
 さらにサクの様子を確認しようとしたのか、次の瞬間には危険も顧みずに駆け出していった。
「……?」
 しかしその心配をよそに、合成龍の口の中にあったのはサクの形をした木の固まりだけである。
 合成龍もその違和感に気付いたらしく、ロウ達と同様に驚きや戸惑いを浮かべていた。
「ふんふ〜ん」
 そんな中、当のサクはいつの間にか合成龍の足元に潜り込んでいる。
 どうやら食われる直前に木で自分の分身を作り、それを囮にして合成龍をやり過ごしたらしい。
 そのために体は無事なままで、今は自分の一番興味のあるものを間近から観察する事に勤しんでいる。
 とはいえその様子は呑気過ぎるといってもいいもので、傍から見れば相手を小馬鹿にしているようにさえ映った。
「あぅ……。サク君ったら、あんな事して……」
「あれじゃ迂闊に助けに入る事も出来ないな……」
 そしてサクがそんな様子であるために、無事だと分かってもセンカやロウは全く安心出来ていない。
「グゥウウ……。ガァァウウゥ!」
 一方でふざけた行動に気付いた合成龍は、顔をしかめて忌々しそうに唸っている。
 どうやら虚仮にされたと思い込んでいるのか、強い怒りを直接ぶつけるように口に力を込めていく。
 そしてまずは咥えたままだった、サクの形をした木を一気に噛み砕いていった。
「あれれ、怒らせちゃったかなぁ。案外、気は短いんだね」
 サクはその様子を見ても未だに慌てておらず、そう言うと小走りでこちらへと戻ってくる。
「もう! 驚かせないでくださいよ、サク君!」
 はらはらとして心配しきりだったセンカは、それを出迎えるといきなり叫んでいった。
「ごめん、ごめん。今の僕達の力だけじゃ、どうにもならないと思ったからさ……。ちょっと弱点でもないかと探してみたんだ」
 だがサクはほとんど悪びれる様子も見せず、そう答えて笑顔を見せる。
「はぁ……。それで何か見つかったんですか?」
「うーん、見れたのは一瞬だけだったからなぁ……。脆そうな部分は何か所かあったけれど、いちいち試す余裕なんてなさそうだし……」
 サクは怒る気も失くしたセンカに対し、口元に手を当てながらまだ呑気に呟いていた。
 悩んだ顔を見ると何か考えがあるらしいが、自信がないのか決定的な事は語られない。
「下がれ!」
 そんな時、焦ったような表情のトウセイがそう叫んでいく。
 ロウ達がそれにつられて一斉に視線を向けると、合成龍がいつの間にかこちらに向かってきていた。
 サクによって強められた怒りはまだ収まっていないのか、先程よりもよっぽど勢いを増している。
「くっ……」
 トウセイはそれに対し、いい加減に突っ立っているだけにはいかないと判断したのか刀を抜き放つ。
 その上で素早く刀を何度か振るうと、赤い線が現れていった。
 しかしそれは相手との距離が近い時に使う、設置型とは違うらしい。
 太く赤い線は刀から飛び出すと、刃の形となって真っ直ぐに合成龍に向かって飛んでいく。
 さらにトウセイは刀を一度だけでなく、何度も振るっていった。
 そのために複数の赤い刃が、合成龍へと向けて素早く襲い掛かっていく。
 それこそは相手との距離がある程度離れた場合に使う、発射型の赤い線だった。
 前進していた合成龍はそれに自ら激突するように命中し、その瞬間に激しい爆発を引き起こす。
 それと共に大量の火が散り、そこにあるものを全て焼き尽くそうとしていく。
「やったかな!?」
 サクはそれを見た瞬間、思わず期待するような明るい声を上げていった。
「いや、まだ足りない。あんなものでは……」
 だがトウセイはそれとは真逆で、声と共に顔色も優れない。
 やがてその懸念を実現させるかのように、爆発後に発生した煙が晴れていく。
 するとその後に現れていったのは、無傷なままの合成龍だった。
「グオオォォォォ!」
 その体は火を受けても火傷すら負わず、依然として頑強さを保っている。
 そして先程までの怒りは収まるどころかより一層ひどくなり、前足を振り回してさらに暴れ出していった。
 周囲の木は嵐のような激しさによって一気に薙ぎ払われ、次々に辺りに飛んでいく。
 そのどれもが結構な太さのはずだったが、合成龍にとっては小枝程度でしかないようだった。
「うわっ!」
「くっ」
 しかしそれは人間にとっては、最早災害といってもいいものである。
 サクやトウセイは思わず身を屈め、飛んでくる木を必死で避けようとしていった。
「センカ! 私の紋様を使え!」
 そんな時、光龍がセンカの背後に現れるといきなりそう命令してくる。
「う、うん! 分かった……!」
 対するセンカは突然の事に戸惑いつつ頷き、直後には体に光の紋様が現れていった。
「そのまま、紋様の力を開放しろ!」
 さらに間髪いれずに光龍がそう言うと、紋様からは眩い光が放たれていく。
 するとそれらはやがて一つに集まりながら、玉のような形を作り上げていった。
 光の玉とでもいうべきそれは、次に宙を飛ぶと真っ直ぐに合成龍の方へ向かっていく。
 そして呆気に取られている合成龍のすぐ目の前までやってくると、光の玉はいきなり弾け飛んでいった。
「……!?」
 合成龍はその瞬間に生まれた眩い輝きを間近で直視してしまい、あまりの光の量に目が眩んでしまう。
 視界を失った体は大きく揺れ、体勢が自然と崩れていく。
 さらに前のめりになった拍子に、体のつぎはぎの部分が裂けてしまう。
 それによってわずかな綻びが生じたかと思うと、鱗の隙間からは肉や骨などが露出していった。
「あの肉の部分、もしかしたらあそこを狙えば……!」
「だが、もし失敗したら今度こそ打つ手はない。無理に突っ込んだとして、勝機があるかどうか……」
 それを見たサクはその部分を凝視し、耳聡く聞きつけたトウセイは真剣に考え込んでいる。
 そのために二人の動きは自然と止まり、考えるのに集中しているために体からは力が抜けていく。
「グ、アア!」
 ただしそれも合成龍の吼える声によって、ほとんど強制的に中断させられていった。


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