第7話 合成龍


「くっ……。兄さん……。どうしてだよ……! 何で、こんな事を……」
 トウセイは走り続けながら、それでも苦悩せずにはいられない。
 頭の中には次々と疑問が浮かんでは消え、それに怒りぶつけるように声を荒げていく。
 だがそれでも走る速度は下げず、元いた場所まで全力で走り抜けていった。
「遅いよ! 何やっていたんだよー」
 やがてサクはその姿を視認すると、頬を膨らませながら不満を露わにしていく。
「ちょっと、な……」
 そこでいつもなら嫌味の一つでも言い返す所だが、今のトウセイにはそうする余裕もないようだった。
 なおも詰め寄ってくるサクを軽くあしらうと、その前を通り過ぎていく。
「どうしたんだ?」
「何でもない……」
 トウセイはロウの声に答えてはいるが、その弱々しさは口にした言葉とはまるで真逆だった。
「皆さん、来ますよ!」
 その時、合成龍の動向に注目していたセンカが叫び声を上げる。
 ロウ達がそれに反応すると、視界の向こうでは巨大なものが動き始めていた。
 合成龍は持ち前の巨体を揺らしながら、一歩ずつロウ達の方に近づいてくる。
 大きい事はとっくに分かっていたつもりでも、改めて見てみると明らかな異様さに気付いてしまう。
 その巨体には四本の足があり、長く太い首が天に向けて伸びている。
 一番上にある頭はロウ達を見下ろし、背中には翼はないが代わりに体は筋肉で満ち溢れていた。
 外見的には不揃いで歪であったが、それは限りなく龍のものに近く作られている。
 そしてそんな圧倒的な力を持つ存在が、今や目の前に迫って来ていた。
 だからこそ、その場にいる誰もが緊張しつつ身を強張らせていく。
「ググウゥゥゥ……」
 やがて合成龍はまず、一番距離の近い相手に狙いをつけたようだった。
 大きな左の前足を振り上げると、トウセイ目掛けて勢いよく振り下ろしていく。
 その動きは巨体に似合わず、かなりの速度を持っていた。
 さらにそれはかなりの破壊力を持っている事も明白であり、当たればただでは済まないと思われる。
「……!」
 しかしトウセイは戦いに集中出来ていなかったのか、それに対応するのが遅れていた。
 すでにその時にはもう避ける事も難しくなっていたために、せめて防御の体勢を取ろうとしていく。
 丁度その直後、そこには凄まじい勢いで巨大な前足が迫ってくる。
 それは確かに何かに激突し、大きな音を響かせていった。 ただし当たったのは、あくまでトウセイではない。
 代わりに受け止めていたのは、直前までは存在し得なかった木で出来た壁である。
 恐らくそれはサクがとっさの判断で作り出したもので、見事に合成龍の攻撃を防ぎ切っていた。
「ほらぁ、早く逃げてってば!」
 だがサクは何故か焦りを強め、そう叫んでいる。
 その手には木の紋様が光り、今も力を絶え間なく使っているようだった。
 それでも合成龍の力が強すぎるのか、木の壁には徐々にひびが入っていく。
 サクが懸念していたのはその事だったのか、最早それは止められそうにない。
「く……」
 それを瞬時に理解したトウセイは、木の壁が壊れる前に何とか後ろに下がる事が出来た。
 そしてその直後、木の壁は合成龍の力に負けて破壊されてしまう。
 豪快な音と共に前足に押し潰されると、文字通り木端微塵になって砕け散っていく。
 さらに合成龍はその後も、前足を何度も動かして残った破片を踏み潰していった。
 すでにその時には木の壁は原型を留めておらず、陥没した地面に埋まり切っている。
「グウウウ……」
 しかし一旦は狙いを付けた相手を逃した事が不満なのか、なおも合成龍は唸り声を上げて執拗に同じ行動を繰り返している。
 そこに冷静さや理性などはなく、ただ単に暴れ続ける獣のようだった。
「合成龍……。お前が兄さんの残していったもの。兄さんともう一度会うための、試練って訳か……」
 一方でトウセイはつい先程に殺されかけたにも関わらず、その姿を悠長に見上げ続けている。
 それでも顔は真剣そのものであり、それに気付いた合成龍としばらく睨み合っていく。
「トウセイ、止まるな!」
 その時、わずかに生まれた静寂を突き破るかのようなロウの声が響いた。
 手には光の刃を纏った霊剣があり、こちらに向けて走ってきている。
「うおぉぉ……!」
 そしてトウセイを庇うかのように前に出てくると、勢いのままに霊剣を振るっていく。
 まだその時にはかなり間合いが開いていたが、それを補うかのように光の刃は伸びていった。
 やがてそれは合成龍の体へと届き、斬り裂いていくかと思われる。
 ただし実際には、霊剣の刃は強靭な体にはほとんど効いていなかった。
 霊剣の光の刃は鱗に弾かれてしまい、肉にすら届いていかない。
「くっ……。鱗の硬さは龍人以上か!?」
 ロウはそれを見ると、思わず驚きの声を上げる。 普通の剣よりかなり強いはずの霊剣の刃でも、合成龍に対しては通用していない。
 どうやら肉体は見た目以上の強さを持っているようで、それを見た全員が改めて理解したようだった。
 そしてだからこそロウはもちろん、トウセイも合成龍と距離を取ろうとする。
「これは……?」
 だがその時、ロウは不意に霊剣が光を放つのに気付く。
 まだ前方へ注意は向けつつも、自分の意に反する出来事が気になったのかその直後には不思議そうに視線を下げていった。
「俺は、ひとり……」
 するとそれに応えるかのように、霊剣を通して何者かの声が聞こえてくる。
「何……? だ、誰なんだ……」
「霊剣も効かないなんて……。一体、どうすればいいんです?」
 ロウが怪訝そうにしている頃、後方にいるセンカは焦ったように呟いていた。
 どうやらロウ以外には先程の声は聞こえていなかったようで、他の皆は合成龍の方へ注意を向けている。
「お、おい。何を言いたいのか分からないから、もう一度声を聞かせてくれ……」
 そんな中でロウはもう一度、霊剣の方に注目していった。
 だがもうそこからは、何も聞こえてはこない。
「グオォオオォォォ!」
 そんな時、また合成龍の咆哮が辺りに響き渡る。
「くっ……。気を抜いていたらやられるか……」
 おかげで強制的に現実に引き戻されると、今はよく分からない声の事を悠長に考えている暇などないと気付いたようだった。
「今は戦うんだ。頼むぞ、霊剣……。土龍を倒した時のように、俺の意思を反映してくれ……!」
 ロウは手にしていた霊剣を逆さに持ち替えると、体を後ろへと傾けていく。
 そして槍を投げるような体勢を取ると、次の瞬間には合成龍に向けて勢いよく霊剣を投げつけていった。
「え!?」
 それを見て、センカやサクは思わず驚きの声を上げる。
 二人の視線が追う先では弧を描くようにして、霊剣が合成龍の方へ飛んでいく所だった。
 ただし何も起きない訳ではなく、その最中に光の刃はそれまでよりも一気に巨大化していく。
 その結果、より勢いと威力を増しながら鋭く襲い掛かるように合成龍に激突しようとしていった。
「……」
 しかし合成龍は慌てる素振りすら見せず、軽く首を捻ると簡単に避けてしまう。
 霊剣の勢いだけは良かったが、迎えた結末はあっさりとしすぎたものだった。
「あれ?」
 それを見たロウは、呆けたような声を上げて固まってしまう。
 視線の先では霊剣が光を失い、すでに合成龍の横を通り過ぎていく所だった。
「もう、何やっているんだよ……」
 すぐ側ではサクがひどく呆れた様子で、そう言って自身の体に紋様を光らせる。
 するとその直後、霊剣が飛びながら向かっていく先にある木の枝が急激に伸び出す。
 その成長速度は異常な程であり、一気に太くなった枝には小さくなった霊剣が突き刺さっていった。
「ふぅ……。助かったぁ……」
 それを見たロウが安堵する一方で、合成龍は唸り声を上げながらまた巨体を動かそうとしていく。
 どうやら狙いはまだトウセイのままのようであり、前足を持ち上げて踏み潰そうとしているらしい。
 だがその体は、決して思い通りに動く事はなかった。
「グゥ……?」
 合成龍が不思議そうに自分の足元を覗くと、地面から伸びた木が足に絡みついて巨体を拘束している。
「やらせないよ」
 そうさせたのはサクであり、霊剣を受け止めるために力を使ったのと同時に合成龍の動きを封じる事もしていたようだった。
 その顔は不敵に笑ったままで、さらに紋様を光らせて拘束を強めていく。
「ガァ……!」
 対する合成龍は力任せに木を外そうとするが、なかなか抜け出せない。
 むしろ乱暴に動けば動く程、木は体に食い込んでいった。
「……」
 トウセイはその光景をじっと見ながら、何かを考えるようにただ立ち尽くしている。
 そこから追撃をかける訳でもなく、逃げたり避けたりするつもりもなさそうだった。 その立ち居振る舞いはいつになく無気力で、やはり様子がおかしく思える。
「よし、じゃあ戻すよー」
 ただそれは他の者には気付かれていないのか、サクはそう言いながらまた紋様を光らせていた。
 するとその声と共に、霊剣が刺さっている枝が大きくしなっていく。
「えい!」
 そして限界までしなった枝は一気に元の方向に戻り、その勢いで抜けた霊剣はロウの方に飛んできた。
 それは最初に霊剣が飛んでいった速度よりも早く、すぐ側の地面へと突き刺さっていく。
「おお! サク、ありがとう」
 ロウはそれを見ると嬉しそうな声を上げ、霊剣を回収していった。
「もう……。今度からは考えて行動してよね。僕だって余裕がある訳じゃないんだからさ……!」
 サクはなおも呆れたように言いつつ、紋様を光らせて視線を前に戻していく。
 どうやら今この時も、合成龍を拘束するのに集中しているようだった。
「あぁ、分かってる! 今度は気を付けるよ」
 次にロウは霊剣を握り締めながら答えるが、何故かまた投擲をするような姿勢を取っていく。
「え、ロウさん! それは……」
「大丈夫。もう、外したりはしないっ……!」
 それからセンカの懸念にも動じる事なく、再び霊剣を合成龍に向けて投げていった。
 ただし軌道は先程とは違い、真っ直ぐに合成龍の足元目掛けて飛んでいく。
「これなら避けられないだろ?」
 今度はロウも自信があるのか、そう言って口元を緩める。
 そしてその予想は正しいようで、合成龍の足は未だに木に捕らわれたままだった。
 そのためにこのまま何事もなければ、霊剣は確実に命中しそうに見える。
「ガ、グゥ……」
 しかし合成龍もそれを分かっているからか、忌々しそうに声を上げながら霊剣を睨みつける。
 さらにそれと同時に下半身に強く力を入れると、筋肉が膨張するように盛り上がっていった。
 すると体を締め付けていた木が音を立てながら裂け、丁度そこへ光の刃を伴った霊剣が衝突してくる。
 そして体にぶつかった途端、光の刃は一気に弾けて強い光が炸裂していった。
「く……」
 それに思わず目を塞ぐロウ達だったが、トウセイだけは何もせずに立ち尽くしたまま光を見つめている。
「な……」
 やがて光が収まってから合成龍の方に目をやると、何故かロウ達は驚きの表情を浮かべていった。


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