第7話 合成龍


「これは……!」
 それが何のために作られたのは分からないが、トウセイは警戒しながらすぐに離れていく。
 その間も小山の拡張は止まらず、中には溢れんばかりの膨大な力でも詰まっているかのようだった。
「さぁ、それでは……。始まりの合図でも打ち上げるとしようか」
 やがて少年はそう言うと、今まで持ち上げていた手を勢いよく下ろしていく。
 次の瞬間、小山は止める暇もなく先端部分が爆発していった。
 中からは勢いよく火が飛び出してきて、絶え間なく出てくるそれはあまりの量からまるで火柱のように見える。
 さらに火柱は高く燃え上がり、驚くトウセイをよそにどこまでも昇り続けていく。
 それは音だけでなく見た目にもかなり派手であり、もはやここから遠くからでも楽に見通せるまでになっていた。

「お、おぉおお……」
 その頃、合成龍と呼ばれた男の体には異変が起こっていた。
 目は遠くに上がった燃え盛る火柱に奪われ、その瞬間から眼前のロウ達には注意すら払わなくなる。
 つい先程までは道を塞ぐのに全神経を集中させていたのに、今は体もそちらへ向けると夢中で眺め続けていた。
「えっと……。ど、どうしたんでしょうか……?」
「さ、さぁ……。でも、これはただ事じゃなさそうだよ……」
 センカやサクはその変貌ぶりに気圧され、体を強張らせながら戸惑いの声を上げていく。
 するとその直後、危惧が的中したかのように合成龍の様子がおかしくなっていった。
「う、オォオ……」
 合成龍はいきなり地面に膝をつくと手を合わせ、祈るような姿勢を取る。 さらに目からは次々に涙を流し、強く何かを渇望しているようでもあった。
 それは行き過ぎた信仰がもたらした不安定さが形を持ったかのようであり、目撃したロウ達は思わず言葉を失う。
「ア、あぁァァァぁ……」
 その内に、合成龍の体には段々と変化が起こり始めていった。
 喉から絞り出すように呻き声を発すると、体は震えながら膨れ上がっていく。
 やがて体を覆う布は破け、それでも変化は止まらずに体はなおも大きくなっていった。
「!?」
 その急激な変化を行う姿を見て、ロウ達はより目を見張る。
 だがその間にも合成龍は膨らみ続け、元々大きかった体はさらに巨大になっていった。 しかも、それは明らかに人の形ではなくなっていく。
 硬質化した皮膚はまるで鱗のように変わり、爪や牙のようなものも伸び続ける。
 膨れ上がった体は筋肉の固まりであり、人のものとはまるで比較にならない。
「嘘……」
「そんな、馬鹿な……」
 その姿を目の当たりにしてロウ達が絶句していると、合成龍の体の変化はようやく止まった。
「あれは龍なの……?」
 するとセンカはそう言いながら目を見開き、じっと見上げていく。
 視線の先にいた合成龍は、少し前までは人の姿をしていたが今は全く違う。
 その体はまさしく、龍そのものといって差し支えない姿へと変貌していた。
 ただしよく見ると、その体はどこか歪さに満ちている。 どこもつぎはぎだらけであり、異なるものを縫い合わせて無理矢理に作った風だった。
 体に使用された龍の肉は種類の違いからか色も微妙に違い、鱗も所々が欠けている。
 異様な姿はまるで一度死んだ龍が異教の術を持って、本来なら逃れ得ぬ死から蘇ったかのようだった。
「何と醜く、歪められた存在だ……。やはり、普通の生物ではなかったか……」
 さすがの光龍もこのような存在を見るのは初めてなのか、驚きのあまりに呟くような小さな声しか出ない。
「わぁ……。龍って、こんなのもいるのかぁ……!」
 しかしサクだけは場違いな程の歓喜の声を上げ、憧れているかのように目を輝かせていた。
「……」
 その時、今まで沈黙を保っていた合成龍が巨体を揺らす。
 ロウ達の何倍もある体が動く度、辺りは地震でも起こったかのように派手に揺れていった。
 そして合成龍は地面にしっかりと踏ん張り、上を向いてから大きく口を開いていく。
「グオオォオオオォォオオオ!」
 次に深く息を吸い込むと、次の瞬間には周囲に龍の咆哮を響き渡らせる。
 それは耳をつんざく程の大音量であり、森や空気などそこにある全てのものが例外なく震える事となっていった。

「なっ……!?」
 その咆哮はトウセイのいる所まで届き、脅威と同時に恐怖を感じさせる。
 さらに合成龍の異様な姿でさえも、離れた位置であるここからしっかりと確認する事が出来た。
 それからも咆哮はまるで己の存在をしっかりと誇示するかのように、何度も何度も続けられる。
「どうだ、初めて見ただろう? あれは暴れるくらいしか能がないが、あそこまで突き抜けていれば気持ちがいいくらいだ」
 ただしそれを聞く少年は動じておらず、それどころか機嫌が良さそうに微笑んでいた。
「……」
 一方でトウセイは満足に返答する事も出来ず、ひどく緊迫した様子で黙り込んでいる。
「合成龍というのは龍人より多くの材料を必要とするが、質のいい龍の肉は滅多に手に入らない貴重品だ。そのせいでいくらかは質の悪い肉も繋ぎ合わせる必要があった」
 少年はそんな事などお構いなしといった具合に、また得意気に説明を始める。
「だから見てくれは、龍人よりかなり醜くなってしまったのさ。見てみろよ。あれでは龍と言うより、化物のようじゃあないか? ははっ……」
 さらに他人事のように語った後は、トウセイの方へとじっと視線を向けていった。
「……」
 だがトウセイはなおも固まったままで、少年の言葉も一切届いていなかったらしい。
「さぁ、トウセイ。お前もなるべく、早く行ってやった方が良い」
 それでも少年は気分を害する事なく、むしろ優しげに声をかけていく。 それは一見すると兄が弟に忠告しているかのようだったが、実際はそうではない。
 何故なら顔は意地悪そうに歪み、トウセイがどうするか楽しんでいるように見えたからだった。
「ぇ……?」
「何を呆けているんだ。彼らだけでは本当に死んでしまうぞ? それとも勝てる見込みがないから、見捨てるつもりなのか?」
 少年はそれからも顔を傾げ、面白そうに笑っていく。 それはまるでおもちゃで遊んでいるかのように、愉快で子供らしい笑みだった。
「く……。兄さんは変わったな。昔は、こんな事をする人じゃなかったのに……」
 対するトウセイは悔しそうに口を噛み、表情をわずかに歪めていく。
「そうか、お前にはそう思えるのか。でも、違うな。変わらざるを得なかったんだ。僕はお気楽に待っているだけじゃ、何も手に入らないんだよ。お前とは違ってな……」
 一方で少年は笑みを消したかと思うと、急に真面目な顔になって睨み付けてくる。
「何が言いたいんだ、兄さん。あんなものを使う必要なんてどこにあるって言うんだ……」
「ないよ、理由なんて。火の紋様を効率よく集めるために使いはしたが、別にどうしても必要だった訳じゃない」
 少年は首を何度も横に振るトウセイに対し、拍子抜けする程にあっさりと即答していった。 変わらぬ表情や態度などからは、迷いや嘘をついているような様子は一切ない。
「な、何……?」
「残りの紋様を持つのがお前なら、後は僕の力だけで充分だ。という訳で、あれはもう要らない。お前の方で勝手に処分しておいてくれ」
 少年は戸惑うトウセイを気にせず、最後に軽く微笑んだかと思うと合成龍の方へと目を向けていく。
 その様はすでに用済みとなった道具の始末を、本当に気軽に頼んでいるかのようだった。
「兄さん……。あんたは命を、まるで物のように……。それじゃあ、龍と同じじゃないか……」
 それを黙って聞いていたトウセイは、あまりの衝撃に体を震わせている。
 自分の知っている兄の姿とかけ離れた目の前の存在が信じられないのか、それから何も言えなくなってしまう。
「ふふ……。果たして、合成龍相手にどれだけの時間を戦えるかな。何なら、ここで一緒に高みの見物でもするかい? 昔みたいに、二人で」
 逆に少年はその姿を見ると楽しそうにはしゃぎ、顔を傾げたまま少し意地の悪い笑みを浮かべる。
 ともすればその姿は、何もおかしな所はないように見えた。
 ただし口から発せられたその言葉に頷く事は、トウセイには決して出来なかったらしい。
「くっ……」
 ずっと手を添えていた鞘を握り締めたかと思うと、直後にトウセイはいきなり刀を抜き放つ。
「ふざけるなっ、兄さん……!」
 そしてそのまま刀を振るうと、赤い線を空中に描いていった。
 それは熱と光を保ったまま燃え続け、少年の方へと一気に向かっていく。
 しかしトウセイには初めから当てる気がなかったのか、目標のすぐ横を呆気なく通り過ぎる。
 そのまま赤い線は先の方にあった木にぶつかると、大きな爆発を引き起こして火を散らしていった。
「ふん……」
 少年は今もぱちぱちと音を立てて燃える木から視線を戻すと、正面に向き直る。 その目は憤りと共に放たれた火とは対照的に、驚く程に冷め切っていた。
「昔より決断は早くなったようだが、それも力を伴わなくては意味がない。刀がないと力が使えないようでは、話にならないな」
 そこから放たれる視線は相手の実力を推し量るかのようでに真剣であるが、言葉の端からは小馬鹿にするような意思が感じられる。
「……!」
 だがそれは事実なのか、言われた当人であるトウセイはかなり驚いていた。
「どうだ、図星だろう?」
 対照的に少年は自分の予想が当たっていた事に気を良くしたのか、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「……だったら、どうしたっていうんだ」
 一方でトウセイは瞬時の洞察力に大きな実力差を感じたのか、先程よりも警戒を強めていく。
「何、問題はない。どうせお前は僕に敗れるんだ。だからお前はただ、自分の力の無さに絶望していればいいんだよ」
 しかし当の少年の態度は気楽そのものであり、反撃する気すらなさそうだった。
「兄、さん……!」
 トウセイはその落ち着き払った様子から、まるで哀れみを受けているかのように感じていたらしい。 だからこそ顔をしかめ、刀を握り締めて悔しそうにしている。
 そんな時、二人から少し離れた所からは大きな音が聞こえてきた。
 それはロウ達のいる方向からであり、何事か起きたのは間違いないらしい。
「おや、本格的に暴れ出したみたいだな。このまま放っておいたら、どうなる事やら……」
 ただ少年は音の正体や原因を知っているはずなのに、あまり関心がないかのように振る舞っている。
「くっ……!」
 それと違ってトウセイはもうここにいてもしょうがないと見切りをつけたのか、いきなり走り出していく。
 だが焦りばかりが先行しているのか、その動きはどこかぎこちなかった。
「トウセイ! 僕は火の国で待っている。そこで勝った方が、火の紋様の全てを手に入れるんだ。いいな?」
 少年はそれを眺めながら、余裕の態度のままで宣言をする。 その体にはまた火の紋様が浮かび、どことなく雰囲気が変わったかのようだった。
「……」
 トウセイはその声に思わず立ち止まるが、肯定も否定もしない。
 視線は前に向けたままで、それからすぐにロウ達の方へ向けて走り出していった。
「ふふ……。ここで死ぬならそれまでだが、そう容易く死にはしないだろう。お前はきっとまた、僕と出会う。そしてその時こそ、お前がすべてを失う時になるんだ……」
 一方で少年は返事がなくとも、相手の行動が予想出来るのか微笑みを崩さない。
 どこか嬉しそうな態度のまま、次にトウセイとは逆の方を向くとどこかへと歩き出していった。


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