第7話 合成龍


「……」
 一方で正体不明の人物は、そこからいきなり踵を返す。
 ほぼ確実にトウセイに用があったからこそわざわざ姿を見せたのだろうが、結局は何もせずに視界から消えていく。
 それとも追いかけてくる事を期待でもしているのか、その歩みはやけにゆったりとしていた。
「くっ……。待てっ……!」
 それとは逆にトウセイは居ても立っても居られなくなったのか、ひどく焦った様子で走り出す。
「トウセイ!」
「え……。どこに行かれるんですか!?」
 ただしロウ達には先程の人影は見えなかったのか、驚きつつその後を追おうとする。
「……」
 だがその前には、今まで明確な意思さえ示す事のなかった男が立ち塞がった。
 続けてロウ達を一歩も通さないというように無言で腕を広げると、まるで衰えない鋭い眼光で睨み付けてくる。
 その巨体は不動のまま固まり、絶対にトウセイの後を追わせないとでも言いたげだった。
「何なんだ、こいつ……」
 ロウ達はあまりの迫力にたじろぐしかなく、動きを止めてしまう。
 一方で男の方も、こちらがトウセイを追おうとしない限りは何もする気はないらしい。
 おかげでどちらも動かず視線を交錯させたまま、緊張感で満たされた膠着状態が続いていく。
 辺りには静けさが戻りつつあったが、ロウ達はそれからも男との不毛な睨み合いを続けるしかなかった。

「ぐっ、はっ……。ぅっ……。」
 その頃、トウセイは脇目も振らずに森の中を走り続けていた。
 というのも、つい先程に自分が見た人影の正体を確かめるためである。
 いつになく懸命に息を切らし、それからも脇目も振らずに体を動かしていく。
「くっ……。はぁ、はぁ……」
 やがてその先の開けた場所に出ると、息を整えながらようやく足を止めていった。
 そして依然として見開かれた目の先には、こちらに背を向けたままでいる一人の人物の姿がある。
「兄さん!」
 トウセイはその後ろ姿に見覚えがあったのか、確信を込めて大きく叫んでいく。
 するとそこにいた人物は声に反応し、ゆっくりと振り返っていった。
「やぁ、トウセイ。ふふっ……。本当に久しぶりだね」
 その少年は一見するとサクと同い年に見え、どこにでもいるような普通の少年である。
 顔に浮かべた穏やかな笑顔と共に、両の目から放たれる視線は真っ直ぐにトウセイに向けられていた。
 纏う雰囲気や物腰もどこまでも優雅であり、顔立ちはどことなくトウセイと似通っているように見える。
 だが外見の印象はそうでも、年はトウセイよりも大分低そうだった。 肩の辺りまで延ばされた後ろ髪や、未発達な体もあって余計に幼さが感じられる。
「怪我や病気もしていないみたいだし、随分と立派になったじゃないか。それにしても何年振りだろうね。あれからどれだけの時が経ったのか、もう僕には思い出せないよ」
 次に少年は微笑んだまま、親しげに近寄ってくるとトウセイを見上げていく。 懐かしそうに目を細める姿はまるで隙だらけであり、ひとまずは敵対する意思は見受けられないようだった。
「待て。あんたは本当に兄さんなのか……? その、子供の頃とほとんど変わらない姿は一体……」
 しかしトウセイはかなり混乱しているのか、相手が近づいてくるのに合わせて少しずつ後退していく。
 その手は警戒するように刀の辺りに添えられており、今まで見た事がないくらい動揺している。
 それというのも目の前にいる少年は兄というには明らかに幼過ぎ、そのせいでひどく違和感を覚えていたらしい。
「あぁ、これか。これは火龍と同化した時から体の成長が止まってしまったんだ。僕の体は時が過ぎてもいつまでも子供のままなんだ。全く、笑えるよな……」
 対する少年はそう言いながら自分の体を指すと微笑むが、その笑みはどこか自虐的なものだった。
「でも、それに比べてお前は大分成長したよな? 本当に見違えたよ。まだお前が、僕より小さかった頃が懐かしいよ……」
 それでもすぐに表情を明るく切り替えると、またトウセイの方をじっと眺めてくる。
 視線は懐かしさに加えて嬉しそうでもあり、こちらに向けて歩き出してもきていた。
「……」
 一方のトウセイは今度は後退する事もなく、ただ兄の方を見たまま動けなくなっている。 体は緊張したように固まり、表情は幻を見ているかのようだった。
 やがてその間にも歩いていた少年は、トウセイの目の前でふと立ち止まる。
 トウセイはそれに対しても何ら言う事はなく、ただじっとしていた。
「……それにしても、やはりお前も紋様を手に入れたんだな。まぁ、最期に僕の前に立ち塞がるのはお前だと最初から分かっていたよ」
 少年はその姿を見上げながら、ふとそう呟く。 憂鬱さを増した顔は影を帯び、雰囲気も暗さを増していった。
「どうやら僕とお前……。勝ち残った方がより強い力を手に入れられるようだ。もちろん僕に手加減する気はない。お前だって、そうなんだろう?」
 さらに口にする言葉も段々と語気を増し、目は鋭く睨みつけるようになっていく。 そしていつの間にかその顔からは、つい先程まであった微笑みが消え失せていた。
「……兄さん」
 それを見ると、トウセイは身構えるように体を強張らせる。 すでに混乱も収まりつつあるのか、表情も緊迫感を増していった。
「それでお前の方は一体、どれくらい持っているんだ? 僕が手に入れる事になる、火の紋様をさ……」
 ただし少年は自分への敵意を感じ取っているはずだが、また微笑みを浮かべる。
 もしかしたら相手より有利に立っている事を自覚しているからこそ、絶えない余裕を持ち続けているのかもしれない。
 その左腕には赤い紋様が輝き、少年はそれを差し出すようにして見せつけてくる。
 さらに光は腕から徐々に広がり初め、右腕などを除くほぼ全身まで広がっていく。
 最終的にそれは顔の辺りにまで到達し、全身に光る刺青が入れられているかのようだった。
「兄さん!? 何なんだ、それは……」
 トウセイはまるで体そのものが赤い輝きを放っているかのような姿を目の当たりにし、言葉を失っている。
 そして現在トウセイが持つ量より遥かに多い紋様は、やがて輝きを広げて森全体を照らし出していった。
「なっ、熱っ……!」
 それと同時に少年の紋様に反応するかのように、トウセイの右腕の紋様も光を放ち出す。
「そうだ、ぼけっとしている場合じゃない……」
 ただしそのおかげで我に返ったのか、少年を見据えながら改めて正面から向かい合っていく。
「ふふ、どうだ凄いだろ? 僕はもう、火の紋様はほぼ全て手に入れたんだ」
 次に少年はそう言いながらその場で回転し、赤い輝きをうっとりとした目で見つめていった。
 口から出る言葉はどこか自慢げで、見せびらかすような態度は本当に嬉しそうに見える。
「あの時からかなり時間がかかったけれど……。後、残すはお前の持つ紋様だけだ」
 そして恍惚の表情のまま、ゆっくりと視線をトウセイの方へ移していく。
 指は紋様をなぞるように動き、やがて今は紋様が一切ない右腕の辺りで停止していった。
「兄さん、一体どうしたんだ……?」
 トウセイはその姿や雰囲気から狂気じみたものを感じ取ったのか、恐れるように顔をしかめる。
 辺りには今も言いようのない緊張感が漂い、紋様の赤い光によってそれはさらに異様さを増していった。
「ふふん……。まぁでも、ここでそれを奪う気はない」
 そんな時、少年はその場にはそぐわないような優雅な微笑みを浮かべていく。
 同時に何もかもから興味を失ったかのように体から力を抜いていくと、紋様は輝く勢いを徐々に失っていった。
 それは少年の心の内の様子を体現しているかのようであり、やがて真っ赤な輝きは最初からなかったかのように消えてしまう。
「え……?」
 トウセイはそれを見ると思わず声を上げ、急に肩透かしを食らったかのように固まってしまった。
 この場に来てからは困惑の連続ばかりだったが、それは今もまだ続いているらしい。
「僕が失ったものを取り戻すには、もっとふさわしい場所がある。その場所に、お前だけでやって来い。ここで言えるのは、それだけだ」
 少年はその姿を楽しそうに眺めつつ、簡潔に言うといきなり背を向けてくる。
 最後に不意に見せた横顔は、すでに必要な事は全て伝えたと言わんばかりに満足気だった。
「兄さん、待ってくれ! 俺は兄さんにずっと会いたかったんだ……! あの時、火の国ではぐれてからずっと……」
 だがトウセイはとても納得出来ないのか、考える間もないながら己の言葉を紡いで必死に語り掛けていく。
 どうやら自分勝手に現れた上に好き勝手な事を言われ、さらに唐突にいなくなろうとしている兄の対応が許せないかのようだった。
 対する少年はこちらに背を向けたまま、何も反応を見せない。
 とりあえず話を聞いているようだが表情は窺えず、内に抱える気持ちも一切推し量れはしなかった。
「もしかしたら、兄さんはもう死んでしまったんじゃないかと思う事すらあった。でも……。こうしてせっかく会えたのに、言う事はそれだけなのか……!?」
 それでもトウセイは力を込めてそう叫び、さらに前に一歩踏み込もうとする。
「いいのか、放っておいて」
 しかし少年の反応は実に淡々としたもので、何も感じていないかのように無表情だった。
 顔は後ろに振り返る事もなく、ただ自分は無関係かの如く空を見上げている。
「?」
「あいつは強いぞ。ついこの前も一人仕留めたばかりだ」
 少年は顔を傾げるトウセイに対し、微笑んだまま首だけを動かして横を向いていく。
「まさか、さっきの奴は龍人なのか……?」
 それはロウ達のいるはずの方向であり、それにつられてトウセイも同じ方を見ようとしていった。
「ふふん、龍人は知っているのか。だが惜しいな……。それと似ていても、あれは違う。合成龍、と言うらしい」
 すると少年は思わず鼻で笑い、得意げに語りながら体ごと振り返る。
「あれはある知り合いからもらったものなんだ。馬鹿力と丈夫な体くらいしか取り柄がないが、とりあえず役には立つ。裏切らないし、文句も言わないしな」
 そして自然で穏やかな表情のまま、トウセイを真正面から捉えていった。
「何なんだ、それは……?」
「龍人を作るには龍の肉を使うが、あれはその数倍の量を使用する。作るのには難儀するが、出来上がるのは人という存在を根本から作り変えたものだ」
 少年は答えを望むトウセイに対し、知識を披露するかのように得意げに語っていく。
「多少は凶暴性が増して扱い辛くもあるが、その性能はこれまでと段違いだ。自分とは関わりのない場所で暴れさせる、使い捨ての道具とでも割り切れば充分な出来だよ」
 やがて話し続けながら合成龍へ向けた表情には、今までにない冷たい笑みがあった。
「兄さん……! そんな知識、一体どこで……」
 トウセイはそれとは真逆に、かつてとはまるで雰囲気の変わった兄に改めて強い衝撃を受けている。
 するとその先では何故か少年が手を高く持ち上げ、そこに紋様を光らせていた。
 続けて赤い光は唖然とするトウセイを尻目にさらに輝き、すぐ足元の地面はそれに影響されるかのように異様な動きを見せていく。
 トウセイと少年の間の地面は小さく盛り上がったかと思うと、それは見る見るうちに大きくなる。
 それは中から何かが突き上げているかのように膨らみ、やがてかなり小さい山のような形となっていった。


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