第7話 合成龍


 旅を続けるロウ達は町を出て、高い木々の生えている森を歩いていた。
 森の中はいつになく静かで、途中にも鳥や獣などの姿を一向に見かけない。
 辺りではどことなく不穏な空気も漂っていたが、言われなければ気付かない程度のものであった。
 そのために誰も違和感を覚えず、普通に会話をしながら歩き続けていく。
「いや、それにしてもひどかったね……」
「えぇ……」
「逆にあれ程ひどく出来るのは、ある種の才能だと思うがな……」
 ただしサクやセンカ、トウセイは誰もがうなだれた様子だった。
 三人は何かを思い出しながら浮かない顔をしており、体調が悪そうな素振りさえ見せている。
「お、おいおい……。俺だって精一杯やったんだぞ……?」
 だがそれとは対照的に、一人だけ後ろを歩くロウは健康そのものだった。 顔や態度は戸惑いながら、皆の反応が過剰ではないかと言いたげである。
「そうだよね、ロウは頑張ったよ……。うん、確かに悪い方に頑張ってたよ……。でもまさか、あそこまでひどいとはね……」
 対するサクは振り返りながら答えるが、声は弱々しくいつもの元気はない。
 そしてまた何かを思い出したようで、前に向き直ると俯きながら深い溜息をついていく。
「はい。あれはもう食事と呼べるものではありませんでした……」
 心根の優しいセンカはいつもなら庇っていただろうが、今回はさすがにそうもいかないようだった。 隣り合っているサクに同意するように頷き、口を手で押さえている。
「うっぷ……」
 その時、側にいたトウセイは会話で嫌な記憶が蘇ったのか嗚咽を漏らしていた。
「何だよ、食事当番を決めたのは皆だろ」
 そこまで言われたロウは文句を口にしながら、不満そうに顔をしかめている。
「いや、でもこんな事になるとは思わなかったからさ……。ロウは料理とかした事ないの?」
「うーん、そうだな。そういえばほとんどした記憶がない。朝昼晩と全部姉さんが作ってくれてたから……」
 ロウは苦笑するサクの問いに対して答えるが、そこに迷いや恥じる様子はない。
「え、本当に一度もないの?」
「うん。手伝いを申し出た事もあったけど、結局それは断られたし……。それに考えてみると他にも掃除とか洗濯とか、家事全般はほとんど姉さんに任せっきりだったなぁ」
 ロウは驚いた反応を受けながら真顔で頷くと、顎に手を当てながら話し出す。
「もう、ロウってば……」
「全く……。情けないにも程がある……」
「ロウさん……」
 一方で話を聞いていた方は、三者三様に呆れた様子を見せていた。
「はぁ……。ツクハったら過保護すぎるよ。おかげでロウがこんな世間知らずになっちゃったじゃないか……」
 さらにサクは深い溜息と共に、ロウを哀れむかのように視線を向けていく。
「そ、そんな事はないぞ。何でも知ってる訳じゃないけど、一般常識くらいは俺にだって……」
「自覚もないんだね……。この前だって商人に言われるまま、高くて無駄なものを買わされそうになっていたじゃないか。僕が側にいなかったら、どうなっていたと思う?」
 サクは説得力のない言い訳に対し、肩をすくめながら何度も首を横に振る。 そして今度は目つきを険しくすると、抗議するかのように詰め寄っていった。
「それは……。確かに、そうかもしれないけどさ……」
 ロウは何も言い返せず、自分よりも年下の相手に対して申し訳なさそうに体を縮こまらせていく。
「まぁまぁ……。ロウさんはあまり村から出た事がなかったそうですから。私も似たようなものですし、仕方ないですよ……」
 その時、ようやくセンカが二人の間に割って入って仲裁をしようとしていた。
 しかしやっと現れた味方とはいえ、本人にとってはあまり嬉しそうでない。
 むしろ余計に肩身が狭くなったかのようで、視線を逸らしながらその場に居辛そうにしていた。
「だが、サクでさえ知っているような事も知らないようではな。よく今まで一人旅など出来ていたものだ」
 傍らではようやく体調の戻ってきたトウセイが、逆に感心するように呟いてさえいる。
「うぅ……。皆して、そんな哀れむような目で見るなよ……」
 するとやはりひどく落ち込んでいたのか、ロウは歩きながらどんどん下に俯いてしまう。
「もう、ロウったらしっかりしてよ。知らない事があるなら、これから覚えていけばいいじゃない」
 サクはそんなロウの腰の辺りを叩きつつ、叱咤激励するように言っていく。
「そう言われてもな……」
 だがロウは未だに落ち込んだままで、すぐには立ち直れそうにはなかった。
「ロウさん、大丈夫ですよ。ロウさんにはロウさんなりの、良い所がたくさんあるんですから」
 その直後にはセンカがすぐ前に出てくると、優しく微笑みかけていく。
「それって例えばどんな所なんだ?」
 ただしロウはそれを聞くと、自身でも不思議そうに尋ね返していった。
「えーとですね、それは……。言葉にするとなると、なかなか難しいのですが……」
 センカはそれに対して真面目に考え込むが、すぐには答えが出てきそうにない。
「そんなに見つからないものなのか……?」
「いや、しょうがないよ。ロウにも良い所はあるだろうけれど、それ以上に頼りなさの方が目に付くもん」
 次に不安そうなロウに代わって、サクが何の気もなしに口を挟む。
 そこに悪意がある訳ではないのは分かるが、それはやはりロウに深い傷跡を残したようだった。
「うぅ……。分かってはいたけど、そこまではっきり言われるときっついな……」
 ロウは明らかに意気消沈した様子で膝に手を当て、その場で中腰になって俯いてしまう。
 もう動く元気もなくなったのか、視線は宙を漂いながら少しずつ下がっていった。
「もう、本気にしないでよ。あまり長い付き合いじゃなくても、ロウが頑張ってるのは見てきたんだからさ。別に批判している訳じゃなくて、僕としてはもっとロウに……」
「駄目ですよ、サク君。少し黙っていてください」
 それからサクはなおも言い足りなさそうにしていたが、センカが背後から手を伸ばしてよく動く口を塞ぎにかかる。
「むー、むー!」
 するとサクは抗議の呻き声を上げ、手足を激しく動かして戒めを解こうとしていった。
「あれぇ、どうしたんですかー。あんまりはしゃいでいると、転んだりして怪我しちゃいますよ?」
 しかしセンカはそれを懸命に抑え、それ以上の発言を許さない。 表情は笑顔のままだったが、どこか薄ら寒い雰囲気も漂わせていた。
「おいおい、喧嘩だけはやめてくれよ……」
 一方でロウは自分が発端となって始まった諍いを前にして、ただおろおろとするだけでいる。 それはサクに言われたとおりに、どこか頼りなさを露呈していた。
「はぁ……」
 そして少し離れた位置では参加する気すら起きないのか、トウセイが呆れた顔で頭を掻いている。
「んむ……! んむむむ……」
 だが次の瞬間、それまで盛んに動いていたサクがぴたりと体を止めていった。
「サク君?」
 それはセンカにとっても不思議であり、ロウやトウセイも含めて誰もが怪訝そうな顔をしていく。
「何か、来るよ」
 ただしサクだけはなおも一定の調子を保ったままで、上を向いて小さく呟いた。
 センカの指の間から漏れたその小さな声は、近くにある大木の上方へと向けられているらしい。
 それから頭上にある太い枝へ目を向けると、そこにはこちらを監視するように見下ろす一つの影がある事に気付いた。
「?」
 とはいえロウ達には何がいるのかまでは分からず、ただじっと見上げたまま目を細めている。
 すると上方にいた何者かは隠れる事を止めたのか、いきなり木の枝の上から飛び跳ねていった。
「う、うわっ……」
「きゃっ……」
 それは本当にあっという間の事であり、気付いたロウ達は狼狽しながら全員がほぼ同時に後ろに飛び退いていく。
 やがてほんのわずかな時の後に、つい先程までロウ達がいた場所には何者かが派手に着地する。
 その瞬間には大きな音と衝撃が辺りに走り、空気も爆ぜたように一気に広がっていった。
「くっ……。何なんだ……」
 どうやらロウ達は無事だったようだが、静かだった森の雰囲気は一変して瞬時に緊張と警戒に包まれていく。
「……」
 一方で木から飛び降りてきた男は非常に堂々としており、無言のまま何事もなかったように立ち上がる。 体格は非常に立派で、さらにそれを覆い隠すような大きめの布を纏っていた。
 さらに顔を覆う布の中からは鋭い二つの眼光が放たれ、それはロウ達を順に眺めていく。
「え、えっと……? この方は、龍人さんなのでしょうか……?」
 センカは思わず怯えたような反応をすると、ロウの背に隠れながら様子を窺う。
 そして男の見せた人離れした動きに加え、隠してはいるが異様な程の体格にどこか見覚えがあるかのように呟いていた。
「確かに背格好はそっくりだし、何よりあんな事は人間には不可能だよな……」
「ううん……。彼は龍人とは違うよ。でも、何だろう。この変な感じ……」
 ロウはセンカに同調したように頷くも、サクだけは目を丸くしながら困惑した様子でいる。
「どうした?」
 それに気付いたトウセイは前方への注意を途切れさせず、鞘へ手を伸ばしたまま問いかけていく。 
「分からない……。でも少なくとも、彼は普通の人じゃないよ」
 しかしなおもサクはどこか怯えたような態度をして、ずっと前方を見つめていた。
「……」
 一方で肝心の男はというと、ロウ達が話をしている間でも全く動く様子がない。
 敵対する意思もないのか、持ち前の大きな体で暴れ出す素振りさえ見せなかった。
 とはいえ何も動きがないからこそ、意思の疎通もほとんど図れそうにない。
 そのせいでロウ達がどうしたらいいものか悩んでいると、不意に男がゆっくりとだが動き出す。
 丸太のように大きな腕を上げていったかと思うと、黙ったままこちらを指差してきた。
「俺、か……?」
 その突き刺すような鋭い視線に加え、腕の先端にある指はトウセイの方を真っ直ぐに差している。
 ただしそれに気付いた当人は、思い当る節がないように戸惑っていた。
「……」
 対する男は言葉で答えるような事はせずに、また腕をゆっくりと動かし出す。
 そのまま腕を水平に動かしていくと、どこか遠くへと向けていった。
「……何なんだ」
 訳の分からないトウセイは指の動きを追い、何があるのか確認しようとする。
 やがてある一点を指差したかと思うと、そこで男の動きはぴたりと止まっていった。
 指差す先はここからではよく見えないが、かろうじて小さな人影が見える。
「……?」
 加えて逆光もあるせいで、トウセイは見辛そうに目を細めていた。
「!?」
 だが自分の視線の先にいるのが誰だか分かった時、目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべていく。
「何で……。あんたがここにいるんだ……」
 その表情の変化は今までにない程だったが、大声を上げる事も取り乱す事もない。 ただ静かに呟きつつ、小刻みに体を震わせている。
 そして同時にその体には、何かに反応するかのように赤い紋様が光を放ち続けていた。


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