第5話 龍人


「おぉぉぉっ……!」
 一方で龍人は軽く当たっただけで吹き飛ばされそうな剛腕を、何度も的確に振るってくる。
「くっ……。これなら、どうだっ……!」
 それでも火の力を牽制にうまく使って、トウセイは何度も難所を切り抜けていく。
 すると辺りにはその度に大きな音や熱、爆発による熱気などが広がっていった。
「……!」
 対する龍人はトウセイが火の力を持っている事を知らなかったのか、驚きながらもそれを見極めようと距離を取っていく。
 だがトウセイはさらに追撃をするような真似はせず、じっと相手の出方を窺っている。
 両者は強い熱情を持っているように見えても内心では冷静であり、迂闊に攻め込むといった事はしないようだった。
「うーん。もっと派手な展開になると思ったのに、何だかなぁ……。これなら、あっちを見に行った方が良かったかな」
 しかしそうなるとそれを見つめるサクはとてもつまらなそうで、がっくりと肩を落としていく。
 それでもトウセイや龍人の戦い方に変化はなく、相手を警戒したまま動かない。
 すでに戦いは膠着状態の様相を呈し、先程までと違って辺りからは目立つ音が消え失せていた。

「姉さん。それは、龍の……」
 それと同時刻のとある室内も同じように静まり返り、そこではロウが放心状態で立ち尽くしている。
 その目は眼前にいる姉の体にある紋様に注がれ、口を開けたままの姿は隙だらけだった。
「えぇ、そう。知っているのなら、説明は不要ね。これは龍の紋様よ」
 一方でツクハの方はなおも微笑みながら、首元の紋様をなぞるように触っていく。
 その艶めかしいまでの動きを見ると、ロウはますます困惑の度合いを深めていった。
「何で、姉さんがそれを……。そんなもの、これまではなかったはずなのに……。でも、だったらどうして……?」
 そしておも茫然としたまま、上ずった声で単純な言葉を繰り返す。 そこにはただ混乱しかなく、まともに物事を考える事も出来ないようだった。
「ロウ、落ち着いて。大丈夫だから。これはね、あなたが気にしなくてもいい事なのよ」
 対するツクハはそう言いつつ、服を元に戻して紋様をしまう。 淡々とした言葉を放ちながらも、その顔から張り付いたような笑みが絶える事はない。
「で、でも……」
「ねぇ、ロウ。彼等は何者かしら。もちろん、ただの人ではないわよね」
「え、センカ達の事……?」
「彼等はその誰もが、龍の気配を漂わせていた。……あの男の子もね」
 そしてロウがさらに混乱を深める中、ツクハはなおも自分の調子を貫き続けている。
「それってサクの事か……。やっぱりここにいるのか!?」
 逆にロウはいきなり我に返ったかのように慌て、驚いた様子で詰め寄っていった。
「ふふっ……。さぁ、私にはあの子の名前は分からない。でもね、あの子が確かに龍と同化してるって分かるのよ。何故なら、私も同じだから」
「ね、姉さん……」
 一方でツクハは再び微笑み、不敵にも映るそれを見るとロウは勢いを失って立ち止まってしまう。
「それで、どうなのかしら。彼等はあなたにとって何なの? もしかして、旅の同行者みたいなものなのかしら。ねぇ、ロウ?」
 すると今度はツクハがおもむろに近寄ってきて、茶化すような口調で問いかけてくる。
「それは……」
 対するロウは顔を逸らすと、思い悩むように口をつぐんでいった。
 ツクハが言っているのはセンカ達の事だと分かるが、彼等との特殊な関係性は一言で言い表せるものではない。 そのためにロウは答えに窮し、それからも黙ったままだった。
「答えられないの? その程度の関係性なら気にする必要ないじゃない。放っておきましょう。あなたがいなくても、彼等は勝手にそれぞれの旅を続けるんじゃないかしら?」
 ツクハはそれを眺めながらさらに表情を緩めるが、それとは対照的に口にする言葉は手厳しい。
 それはまるで初めから答えられないと分かっており、さらにその上で相手を言いくるめようとしているかのようだった。
「……いや。違うよ、姉さん」
 だがロウは決して思う通りにはならず、目を瞑ったまま首を横に振っていく。
「あら……?」
 すると当てが外れたのか、ツクハは声を上げながら眉をひそめていった。
「師匠にも似た事を聞かれたけど……。センカ達はただの同行者じゃない。それなら今はとっくに別れているさ」
「何か共通の目的でもあるのかしら?」
「いや、それもない。皆それぞれに旅の目的は違うんだ」
 それからロウは顔の辺りを掻いて苦笑しつつ、ツクハの訝しむような視線も首を左右に振って躱していく。
「じゃあ……」
 ツクハはそれを見ると希望を感じ取ったのか、表情を明るくして口を開こうとしていった。
「でも……。それでも、センカ達は共に旅を続ける大切な仲間。まだ一緒に過ごした時間は少なくても、俺には確かにそう思えるんだ」
 しかしそれより早くロウが言葉を発し、ツクハは思わず動きを止めてしまう。
 ロウの視線はツクハを正面からしっかりと捉え、以前にジュカクに答えた時と同じように自信を持って答えている。 その声や視線、姿などのどれもが先程までとは違って見えていた。
「本当に……?」
「あぁ」
 それを見るツクハの方が今度は困惑しているようで、対照的にロウは態度を変えぬまま深く頷いていく。
「……果たして彼等もそう思っているのかしら。それはあなたの一方的な思い込みかもしれないわよ?」
 するとツクハもすぐに気を取り直し、また揺さぶりをかけるつもりなのか意地の悪い質問をしていった。
 だが妖しさを漂わせる微笑みを向けられても、ロウはずっと余裕を保ったままでいる。
「さぁね、それは分からない。でも、例えどう思われていても……。俺のこの認識は変わらないよ」
「そう……。ロウ、本当に成長したわね。あれから幾らかの時間が経って……。残念ながら私は側にいられなかったけれど、私なんていなくても一人でこんなに立派に……」
 そして本当に穏やかに笑い返すロウを見ると、やがてツクハは満足気に目を閉じていく。 その姿はこれまでと違い、とても安らぎに満ちた幸福そうなものだった。
「もうあなたは昔とは違う。本当にずっと前だけれど、私の後をよちよちとついてきていた幼い頃のあなたとは違うのね……」
 それからツクハはゆっくりと目を開き直すと、懐かしそうにロウをじっと見つめていく。 ただしその表情は少し曇り、どことなく寂しげでもあった。
「え、っと……。姉さん……?」
 とは言えロウからすればいきなり相手の雰囲気が変わった事により、またひどく戸惑ったような反応を浮かべている。 その手は心配そうに前に伸ばされ、ゆっくりとだが近づこうともしていた。
「でも、私だって昔とは違う。簡単に諦めたりなんかしない。例えあなたと、彼等の繋がりを絶ち切ってでも……」
 しかし次の瞬間にはツクハが口を開き、これまでにない強い決意を顔に浮かべていく。 その体にはしっかりと力が込められ、目から放たれる視線も一気に鋭さを増していった。
「何を言っているんだ、姉さん。どうしたんだよ……」
 一方でそれを見るロウは思わず怯み、途中まで動かしていた手を引っ込めてしまう。
「ねぇ、ロウ。お願いだから私と来て。そうすれば何も心配する事はないわ。昔みたいに一緒に暮らせるようになる。ね、いいでしょ?」
 だがツクハはそんな反応などお構いなしに、ロウの手を強く取っていく。 さらに先程までとは違う悲壮にも見える表情で、懇願するように話しかけてきた。
「……姉さん」
 対するロウはその姿を眺めながら、なおも深刻な顔で呆然とし続けている。
 片やツクハはそんなロウの目をじっと見つめつつ、ただ答えを待ち続けていた。
「駄目だよ。俺は、行かない」
 そして深く呼吸をした後にゆっくりと口を開くと、そう言いながら首を横に振っていく。
「どうして……! 私が信じられないの……!? あなたはいつも私の言う事を何でも聞いてくれたじゃない。今度だってそうしてちょうだい。ね、ロウ?」
 するとツクハは拒まれたのが余程衝撃だったのか、絶望の表情を浮かべていった。 両手もロウから離れていくと、そのまま腕は力なく下げられていく。
「まず、何があったのか俺に話してくれよ。何で突然いなくなったんだよ……。どうして龍の力を持っているんだ」
 ロウはそんなツクハに対し、今まで伝えられなかった思いを言葉に乗せてぶつけようとしている。 その悲痛な面持ちは、真摯に自分の心情を訴えかけようとしているかのようだった。
「それは……。その……」
 ツクハはそれを黙って聞いていたが、やっと我に返ったのか気まずそうに俯いてしまう。 その目は激しく泳ぎ、かなり大きな狼狽を隠せずにいた。
「く……」
 しかし次の瞬間には、いきなり苦しむような表情を見せていく。
 加えて紋様の浮かぶ場所を強く押さえると、痛みを堪えるかのように体を折り曲げていった。
「姉さん!? どうしたの?」
「はぁ……。うっ、くっ……。だ、大丈夫。あの子は必ず私が連れていく。だから、私に任せて。闇龍……」
 それを見たロウは目を見開いて驚くが、ツクハはまともに応じる様子はない。 息を乱したまま口にする言葉も、ロウに対して向けられたものではないようだった。
 その体には先程よりはっきりと浮かぶ黒い紋様があり、不気味な光を放ち出している。
「闇、龍……?」
 ロウがそれを眺めながら怪訝な顔をしていると、直後にツクハはいきなり身を起こす。
「ふぅ……」
 そして急激とも言えるくらいに落ち着きを取り戻すと、深く息を吐きながら左手を大きく広げていった。
 すると首筋には改めて紋様が光り、左手の辺りには黒い円形のものが広がっていく。
 空中にある黒いものは周りの暗い空間よりさらに色濃く、向こう側は全く見通せない程だった。 それはまるでこの世のものではない、完全な闇のように見える。
 続けてツクハはその中に左手を突っ込むと、中から何かをゆっくりと引き出していく。
 やがて全てが露わになった時、そこにあったのはツクハの身長よりさらに大きい漆黒の剣だった。
「ロウ、あなたが拒んだとしても私は……。力づくでもあなたを連れていく!」
 ツクハはそれから柄の部分から刃の先に至るまで黒く染まった大剣を、躊躇う事なくしっかりと握り込む。
 さらに意気込んだように言葉を発すると、そのまま大剣を一気に振り抜いていった。
 それはツクハとしては大剣を軽く振ったようだが、風圧を伴う振動は広い部屋の端にまで一気に届いていく。
「姉さん……!? 一体、何がどうなっているんだよ……!」
 ロウはそれを全身で感じ取りつつ、体は勝手に警戒するように強張ってしまう。
 ツクハが黒い紋様をその身に宿していた時から、このような事態は予測出来た。 だが肝心のロウは未だに目の前の事態を認められず、それからもただその場に立ち尽くしている。
 その表情はこの部屋でツクハを見つけた時とほとんど変わらず、自分の姉が龍の力を使っているのがやはりどうしても信じられないようだった。


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