第13話 光


「え、これは……」
 やがて集落に辿り着いたロウは違和感の正体に気付き、愕然としている。 隣にいる平然としたルヨウとは違い、口を開いたまま立ち尽くしていた。
 そこには確かに小さな集落のようなものが広がり、住人らしき人達もいる。
 石造りなのか材質のよく分からない建物がいくつもあるが、どれもが崩れかかっていた。 ひどい災害にでもあったかのように、そこにあるどこを見渡そうと廃墟ばかりだった。
 さらに住人らしき者達は誰もが無気力な様子で壁にもたれかかったり、地べたに座ったりしている。
 本当に最低限の人と物があるだけで、そこには文化的なものは一切存在しない。 そこはとても国とは呼べない、非常に粗末で退廃的なものだった。
「ここが機の国……? 師匠のいるっていう……」
 ロウは集落を見渡しながら、小声で尋ねていく。 周りに向けられる視線には疑いが含まれ、信じられないといった表情はいつまでも続いている。
「えぇ。そう……。ここが、機の国よ……。えっと……。あぁ。目指す場所はあっちね……」
 だがルヨウは自信満々で言って、訂正する様子もない。
 さらに動揺したままのロウと違って、至極当然といった感じに道を進んでいく。 懐かしい故郷だからなのか、道に迷う素振りもない。
「お、おいおい……。どういう事なんだよ……」
 一人になったロウは未だに理解が追いつかないが、ここに残る訳にもいかずに慌てて後を追っていく。
「ロ、ロウ……。あなたが驚き、疑うのも無理はないと思う……」
 先にいるルヨウは崩れかかった建物の影を歩きながら、背後の方に話しかけている。
 一方でロウはまだ驚いたような顔を浮かべて、周囲を見回す。
 何があったのかは分からないが、どの建物もひどい傷を負って穴やひびが各所に数え切れないくらい見られた。
 それらは他の国では見られないような形や構造をしており、元々は立派なものだったのだと予想出来る。
 ただしもしそうならば、次は新たな疑問を感じざるを得ない。 何故そのような高度な知識や技術を持った国が、今はこうまで落ちぶれているのだろうか。
「今の機の国はかつてのものとはまるで様相が違うの……。で、でも……。本当にここは、かつて機の国と呼ばれて繁栄していた。他の国とは比べ物にならないくらい……」
 ルヨウはそれに答えるかのように、瓦礫の散らばる狭い路地を歩いていった。 顔はやや俯き、途切れ途切れながら昔の事を語っていく。
「そして彼等はか、かつて機の国にいた住人達……。いえ、その生き残りね……」
 やがてそう言って立ち止まると、前方へ目を向けていく。 先には大きな道が横に広がり、そこには幾人もの人々の姿を確認する事が出来た。
 しかしそこにいる人の衣服はどれもみすぼらしく、体も汚れ切っている。
 ひどい悪臭に加えて飛び回る虫や走り回る鼠なども気に留めず、誰の目も死んだ魚のように濁っていた。 虚ろな視線はひたすら地面や中空に向けられ、何も見てはいない。
 隣り合っていようが集まっていようが、誰も何も言葉を発さず滅多に動く事もしない。 彼等はロウ達の事など視界にすら入っていないのか、誰も気に留める様子はしなかった。
 何かをする気力など初めから湧いてこないようで、最早生きているのかどうかすら怪しく見えている。
「ひどいな、これは……。今まで行ったどの国よりも……」
 歩き辛い道を超え、ようやく追いついたロウは、思わず顔をしかめてしまった。
 眼前に広がるのは今まで見た事のない光景であり、心には強い衝撃が走っているようだった。
「あの時に生き残った人達は全てを失い、散らばって……。そ、それでもまたここに戻ってきてしまった……」
 ルヨウはそれからも躊躇せず、何かに引かれるように歩き出していく。
 ロウはここに来てから少し様子が変わったと思いつつも、声はかけずに後をついていった。
「もう、何も残ってないはずのこの国に……。それでもきっと、彼等や私には……。過去にすがる事でしか、傷ついた心を癒す事が叶わないから……」
 顔を俯かせるルヨウはわざと周りを見ないようにしているかのようで、言葉からは後悔と共に懺悔の念が感じられた。 顔は最後に一度だけ上がり、横顔はとても悲しそうに見える。
 その時は今までに見た中で、一番感情が露わになっているかのようだった。
「ルヨウ……。一体、何の話をしているんだ? この国、そしてあの人達に一体何が……」
 ロウはそれを見つつ、聞いた言葉の意味を考えている。 それでも到底理解は出来ず、ただ戸惑うだけだった。
 すでに足は止まり、目は忙しなく周囲の光景に向いている。
「あ、こっちね……。ロウ、私を見失わないでね……」
 その時にはすでにルヨウは少し先に進み、目的地への道を見つけていたようだった。
 後ろに振り向いてそう言った後には、建物の間の小さな脇道に入っていく。
「この先に師匠が待っているのか。そして恐らく今までに感じた全ての疑問に対する答えも……」
 一方でロウはほとんど日の差さぬ真っ暗な道の前まで来ると、寸前で足を止めていた。
 明らかに躊躇するかのように止まった足は、不安そうな表情と共になかなか動こうとしない。
「だったら、迷う必要なんてないよな……!」
 だがすぐに気持ちを切り替えると、自らを鼓舞するような言葉と共に再びルヨウの後へと勢いよく進んでいった。

 その頃、センカを乗せた籠と行列は長い道のりを経てようやく目的地に辿り着いたようだった。
 大所帯のために歩みは決して速くはなく、宿を中継しての旅は緩やかなものだった。
 おかげでトウセイ達も後を追うのが苦ではなく、気付かれたり見失う事もなかった。
 そして今は高く昇った日から刺すような陽光が降り注ぎ、辺りを朝日で明るく照らしている。 ふと前方に目をやると、先には大きな建造物が見えてくる所だった。
 龍神教の本拠地と思われるそこは、自然に囲まれた中でも明らかに異彩を放っている。
 敷地の周囲には太く高い木の柱を何本も並べられ、堅固な壁を作り上げていた。
 分厚い壁に囲まれた敷地内の中心には大きな広場があり、周りにはいくつもの建物がある。 それらは住居用の小さなものから、集会などに使われるような大小様々な建物に分かれているらしい。
 施設内には老若男女を問わず、多くの人間が行き来をして賑わっている。
 しかしそれとは別に、壁際には見張り台を備えた小さな砦のようなものもあった。 そこには武装した者が多数いて、何かに対する備えを欠かしていないようだった。
 さらに施設全体の入口には複数人の門番もおり、絶えず侵入者に対して目を光らせている。
 外からざっと様子を窺っただけで、中に入り込むのは容易ではなさそうだった。
「ねぇ、トウセイ。これからどうするのさ?」
 サクは少し離れた場所から眺めつつ、側にあった藪に身を潜めていた。 顔は隣の方へ向けられ、小声で話しかけていく。
「……見張りが数人、か。まだあまり派手には動きたくないな」
 対するトウセイは藪の隙間から細めた目を向け、厳重な警備の様子を窺っている。
 見張りに見つからないように身を屈める二人は音も立てず、その場でじっとしていた。
「うん、それで?」
 だが妙案は思いつかず、サクは期待を込めて問いかける。
「……分からん」
 しかしトウセイは、真顔のまま呟く事しか出来なかった。
「え、他には何か考えはないの? これからどうするつもりなのさ……」
 サクは次の瞬間、先程より声を大きくして文句を言うとうっかり立ち上がりそうになってしまう。
「いいから落ちつけ。それを今、考えているんだろうが……」
 トウセイはそれを手で押さえ付け、何とか落ち着かせようとする。
「そんな……。ここにこうしていつまでもいたら、見つかっちゃうよ……」
 だがサクは焦った様子で、気だけが逸っているようだった。
「おい、静かにしろ。騒ぐと見つかるだろ……!」
 トウセイはすぐに口を塞ぐと、乱暴にでも黙らせようとする。
「だって……! センカがどうなったかも分からないのに……」
 しかしサクは振り解くように暴れると、段々と話す声も大きくなっていく。
 このままでは見張りに見つかってしまうという不安が的中するのも、時間の問題のように思えた。
 だがその時、二人のすぐ後方からは不意にいくつかの雑音が聞こえてくる。
 それは藪をかき分けるものであったり、誰かの足音でもあった。 どうやら何者かが、こちらに近づいてきているらしい。
「トウセイ……」
「あぁ。分かっている……」
 サクとトウセイは同時に気付くと、一気に緊張感を増していく。
 二人は警戒した様子で動きを止めると、何も喋らなくなっていった。
「……!」
 そして直後には呼吸を合わせたかのように、同時に後ろへと振り返っていく。
 するとそこには見た事のない、全身に布を被った大男の姿があった。
「む……?」
「だ、誰?」
 二人はそれを見ると、同時に不思議そうな表情をする。
 目の前にいる大男はどうやら龍神教の者ではないようだったが、かなり怪しげな風貌をしていた。 頭から被って全身を覆う布は所々に穴が開き、薄汚れてぼろぼろである。
 しかし筋骨隆々とした体はそれだけではとても満足に隠せはせず、逆に目立っている有様だった。
 二人はそんな予期せぬ乱入者に対し、あからさまに怪しむような視線を送っていく。
「そうか。このままでは誰だか分からんな」
 大男はそれに気が付いたのか、そう言うと顔の辺りに巻かれていた布を外し始めた。
「久しぶりだな、お前達。元気だったか?」
 さらに服と呼べるかどうかも分からないぼろぼろの布を取り払いながら、見た目にはそぐわぬ穏やかな話し方をしている。
「お前は……!?」
「君は……!?」
 そして二人大男の正体を見た瞬間、またほとんど似たような反応を見せた。 見張りに気付かれる可能性も考慮せず、目を丸くすると驚愕の声を上げていく。
 どうやら今目にしているのは、本当に予想だにする事も出来ない人物のようだった。


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