第13話 光


「隠さなくてもいいの……。それは自分でもよく分かっているから……。それで、ね。私はいつも誰かに迷惑ばかりかけていて……」
 だがルヨウは咎める事もなく、穏やかに話していく。
「でも、そんな私なんかを助けてくれる人が一杯いて……。私はその人達に、せめて少しでも恩返しをしたかったけれど……。でも、もうそれはほとんど出来ないから……」
 ルヨウの目はどこか懐かしげで、遠い日々を頭の中に思い出しているかのようだった。
 ただし顔は徐々に暗さを増し、最後には真剣な様子で呟いていく。
「せめて、残ったわずかな事だけでもやっていこうと思って……。だから、その……」
 そしてそう言いながら、いつの間にかすんなりと出た言葉には淀みがなくなっていた。
「ふーん、そうなんだ……」
 ロウは少し雰囲気が変わったのに気付くと、興味深そうに頷く。
「そ、そうよ。だからロウが、お姉さんに思っている事を何でも言葉にして聞かせてみて……」
 しかしルヨウはすぐに我に返ったようにはっとすると、矢継ぎ早に言葉を並べ立てていった。
「うん、それじゃあ……」
 ロウは言動の怪しくなったルヨウを訝しまず、静かに集中していった。
「誰かのために行動する。俺はこの旅の中でずっとそれを心掛けてきたつもりだけど、誰かのために何か出来た事なんて本当にあったのかって思うんだ」
 深い悩みを抱えていたのか、顔色は火の側にあっても優れない。
「トウセイは自分の兄さんや火の国を救った。サクやセンカだって、誰かの助けになっていた。でも、俺は……。師匠や龍人、その他にも……」
 それから片膝を強く抱えると、自信なさげに話していく。 脳内にはかつての出来事が次々と流れ、その度に後悔が募っているようだった。
「誰かを傷つけた事はあっても、他に出来た事なんてほとんどない。姉さんみたいにうまくやる事はなかなか出来ないな……」
 やがて諦めるように目を閉じて最後にそう言うと、力なく口を閉じていった。
 ルヨウはそんなロウをじっと見つめ、何も言おうとはしない。
 辺りには薪が焼き付ける音だけが響き渡り、漆黒に包まれた空間は静けさに支配されていた。
「あなたは、昔の私に似ているかもね……」
 やがてルヨウは自嘲気味に微笑むと、不意にそう言う。
「え?」
 ロウはそれを聞いて少し驚いたように口を開くと、正面へ目を向けていった。
「ご、ごめんなさい。私なんかと一緒だなんて嫌だろうって……。わ、分かってはいるけれど……。でもね……。心配しなくても、大丈夫……」
 ルヨウは向けられる視線から慌てて目を逸らし、声を上ずらせている。 だが言葉を口にする事までは止めず、横の方を見たまま静かに呟いていった。
「今は、そう思えないかもしれないけれど……。きっと、この先に何とかなるわ」
 口調は珍しく落ち着き、今までになく穏やかなものに聞こえている。
「どうしてそんな事が言えるんだ?」
 対するロウは、相手が纏う雰囲気がまた変わったように感じたらしい。 耳にした言葉も合わせ、少し困惑した様子を見せている。
「私は知っているから……。あなたを助ける、いくつもの輝きを……」
 ルヨウは対照的に落ち着き払い、目を閉じながら自信を込めて言った。
「どういう事なんだ? 話が見えないけど……」
 しかしロウは訳が分からず、若干前のめりになってさらに問いかけていく。
「それは当然ね。詳しい事は明日、現地で聞いてもらう事になるのだから……」
 ルヨウは疑問を避けるかのように急に立ち上がると、勝手に話を終わらせていった。
「……?」
 ロウは唐突な行動に呆気に取られたのか、ただ動く姿を目で追っていく。
「とにかく今日はもう休みましょう……」
 一方でルヨウはそう言いながら、辺りを見回しているだけだった。
 山の中や付近には人家などはなく、自然のものに満ち溢れている。 それらを苦々しく見つめたかと思うと、少し目を伏せていった。
「でも、ルヨウは?」
 だがロウは傍目にはほとんど分からぬ変化には気付かず、重ねて問いかけていく。
「私は、もう少し起きている……。久しぶりに近くまで来たから少し心がざわついているの。今夜は多分、眠れそうにないわ……」
 ルヨウは自ら言った事とは裏腹に、休む素振りも見せない。 背を向けたまま、頭に手をやって長過ぎる髪をゆっくりとすいていた。
「そうなんだ……。分かったよ。じゃあ、お休み……」
 ロウは少し不思議に思いつつも、疲れが溜まっていたのかそう言って横になっていく。
「えぇ。お休みなさい……」
 ルヨウもそう声をかけると、穏やかな視線を向けていった。。
「ふぁぁぁ……。でも……。あの人は一体、どんな人なんだ?」
 やはりロウは山登りが堪えたのか、あくびをしながらすぐに瞼を閉じていく。 ただ眠りに落ちる寸前、ふと何の気もなしにルヨウの方へ目を向ける。
 しかし相手の方は盗み見られている事にも気付かず、ただじっと動かずに景色を眺め続けていた。
「幼い頃に見かけただけで、俺はあの人の事を師匠の知り合いって事以外は何も知らない。それに機の国……。何だろう、この言葉からは懐かしい響きを感じる」
 ロウは考えを整理しようとしているようだが、眠気には勝てないのか徐々に目を閉じていく。 口からは懐かしげな言葉が漏れ、表情はどことなく安らいでいる。
「分からない事だらけだけど……。機の国に行けば、全て分かるのかな……」
 ただしどことなく嬉しそうにしながらも、心は確実にざわついているようだった。 自身でも気付かぬくらいの不安を抱えつつ、深い眠りについていく。
 だが周囲は暗闇に満ちていても、決して寒い訳ではない。
 近くには絶えず火が燃えて明かりと温かさは消えず、ロウの体にはひっそりと大きめの布がかけられていく。
 細やかな気遣いは朝まで続き、眠りが途中で覚める事は一度もなかった。

 やがて夜が明け、太陽の光が木々の間から差し込んでくる。 昨夜の暗闇など欠片も存在を残さず、眩しい程の輝きは即座に体を温めていった。
「ロ、ロウ。朝よ……。起きてくれる……? ね、ねぇ……」
 そんな時、何者かはロウの体を遠慮がちに揺すりながら声をかけていく。 だが小さ過ぎる声ではなかなか起きず、難儀しているようだった。
「あ、うーん……」
 それでもようやくロウは目を覚ますと、寝ぼけ眼のまま起き上がっていく。 さらに周りを見渡していくと、たき火はすでに消えている。
 昨夜に食事を行った時にはあった荷物は片づけられ、すでに身支度は終わっているようだった。
「あれ……。ルヨウはずっと起きていたのか……?」
 ロウはそのあまりに早い行動から、そう言って見つめていく。
 小さな呟きは聞こえていないようだったが、目元にあるくまから想像は当たっているらしかった。

 その後、二人は近くにあった小川で顔を洗ったり朝食を済ませていく。
 諸々の準備を終えた後、火の始末を確認してからルヨウはすっと立ち上がった。
「それじゃあ、行きましょう……。あともう少しで着くはずだから……」
 そしてそう言うと、荷物を抱えてすぐに歩き出していく。
 徹夜をしているはずなのに全く疲労の色は見えず、歩く速度はむしろ昨日よりも速まっている。
「あ、あぁ……」
 しかしロウは対照的に、まだ少し眠たそうに目を擦りながら後をついていった。 まだ足取りは不確かで、ルヨウの健勝さに驚嘆しつつ後をついていく。
 そしてわざわざセンカ達から別れて山を越える理由を胸に秘め、機の国を目指して歩みをさらに進めていった。

 ロウ達が山を越えた時にはいつの間にか上空には薄い雲が広がり、日の光はほとんど遮られつつあった。
 まだ日中にも関わらず辺りは薄暗く、どことなく不気味な雰囲気が漂いつつある。
 二人はそこからもうしばらく歩いた先の方に、何かを見つける事となった。
「ねぇ……。見えたわ、あれよ……」
 ルヨウは立ち止まって前方を指差し、後ろからやって来たロウは目を細めてそちらを窺う。 まだ少し距離があるが、二人の前方には建物がいくつか並んでいる。
 町や村というよりは小さな集落に見えるくらいの規模だったが、それは確かに人工物だった。
「さぁ……。あと少しだから頑張りましょう……」
 そしてルヨウはさらに言うと、また歩き出していく。 顔はどこか安らいでいるように見え、足取りは軽くなっている。
「あ、うん……」
 ロウは少し戸惑いつつも、また後についていく。 ただしルヨウと違い、あまり気分は優れないようだった。
 先程に集落を少しだけ見た時に、わずかに胸の内に去来した違和感をどうにも拭えないらしい。
 わずかに歩く速度は落ち、二人の間には今までにない距離が生まれつつあった。

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