第13話 光


「二人は誰が見てもずっと仲良しで、それはとても微笑ましいものでした。そしてそんな二人の側には、いつも同じ童の姿があったのです」
 脳裏にはどこにでもあるような田舎の風景が広がり、薄暗い部屋の中から明るい世界を見つめているらしい。
「その童は近所に住んでいて、大人しいために一緒に遊ぶ友達もいませんでした。そのためにいつも仲の良さそうな二人の事を羨んでたのです」
 背の低い童は気弱そうで、いつもおどおどと周囲の様子を気にしている。 だが他人との付き合いが下手なために、いつも一人きりでいた。
「自分には決して手に入らないものだと分かっていても諦め切れず……。だからその童は、せめて二人の近くで眺めていようと思っていました」
 そして解説通りに、童は今日も神社で少年と少女を遠くから眺めていた。
 ただしある時、少年と少女は童の存在に気付く。
「二人はそんな浅ましい者をも暖かく受け入れ、共に過ごそうと言ってくれました。それからは三人が一緒になって過ごすようになったのです」
 それからは童も幾分か、楽しい生活を送れるようになっていった。
「ですがある時、村には流行病が起こりました。それには老若男女の誰もが病になり、そして死んでいく」
 しかしそれも長くは続かず、今までとは桁違いの困難が襲い掛かってくる。
「幸いな事に少年と童は無事でしたが、少女は家族も一緒に罹ってしまいました。何とか少女の病は治ったものの、村から迫害を受けて追い出されてしまいます」
 病の広がった村は疑心暗鬼に包まれ、薄曇りの空の下で閉鎖的な雰囲気となっていた。
「それは流行病がまた起きるのを恐れたからと言われていますが、真相は分かりません。かつての童も今や成長し、どこにでもいるごく普通の村人となっていました」
 どこもかしこも暗い空気で淀み、村の中はいつも暗く落ち込んでいる。
 ただ村人はそんな中にあって、昔と変わらない雰囲気を残していた。
「そして少女の身を心配に思いつつも、親に会うのを禁じられておりました。そのため、少女はたった一人で寂しい暮らしを送らねばならなかったのです」
 それから何度も少女の住む神社へと行こうとするが、村人は途中で引き返してしまう。
 少女は誰も来なくなった神社で、ずっと寂しい生活を送っていた。 すでに流行病が収まり、薬が備蓄されても放逐されたままだったのである。
「しかしすでに青年となっていた少年だけは、親に禁じられても少女と逢瀬を交わし続けました。やがて青年と少女は周囲の反対を押し切って結婚し、赤子を授かります」
 青年はそんな状況の中、堂々と少女の元へと通っていく。 他の者達からどれだけ奇異の目で見られようと、嫌がらせをされようと変わらない。
 二人はかつてのように幸せそうな笑顔をして、まだ暗い雰囲気の村の中にあっていつも楽しそうだった。
「ですが残念な事に少女はそのすぐ後、若くして息を引き取っていったのです。そしてその後を追うかのように、青年も原因は不明ですが亡くなってしまいました」
 そう語る声は特に暗く、辛そうな心の内が真っ直ぐに伝わってくるかのようだった。
 同じように二つの墓の前に立つ村人は、何かを決意したような強い意志を携えている。
「残された村人は赤子を引き取り、育てていきます。もちろん親などからは激しく叱られ、何度も止められましたが村人は意に介しません」
 それからというもの、村人は人が変わったかのようにはっきりとものを言うようになる。 誰からの忠告も受け入れず、ただ己の考えを貫き続けていく。
「かつて親の言葉を聞いて少女を一人にした事を、村人は後悔していたのです。だからこそ今度は後悔しないために、村人は精一杯頑張ろうとしました」
 その目には常に、二人の人物が映っていた。 それからは自分のために生きる事も止め、ただ赤子のためだけに人生を捧げていく。
「生まれ故郷である村を離れ、村人は赤子と新たな生活を始めようとします。ですが、その先に待っていたのは決して幸せなどではありませんでした」
 誰の手も借りずに一人で旅を続け、村人は新たな地へと辿り着いたようだった。
 ただしその先に待っていたのは希望ではなかったのか、語る教主の顔は少し曇っている。
「どれだけ働いても一向に暮らしはよくならず、その日のご飯にも事欠く日々でした。年が若く、知り合いのいない村人が新天地で成功しようと思っても難しかったのです」
 記憶の中の村人はひどく苦労し、それでも報われる事は少ない。 生活の中で赤子との触れ合いに癒される事はあっても、基本的には厳しい事の連続だった。
「村人は世間の荒波に心砕かれ、やがて少しずつおかしくなっていきました。科学、宗教、奇跡……」
 ある日の夜、村人は部屋の中で必死に何かの本を読み耽っている。 部屋の中には小さな蝋燭だけが燃え、その光が顔を微かに照らしていく。
「ありとあらゆる方法を使って、青年と少女を蘇らせようとしました。荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、当時の村人はそれが可能な事であると思い込んでいたのです」
 だが表情はひどく歪んで見え、かつての純真な姿とは似ても似つかなかった。
「そんな事は、人ごときに出来るはずもないのに……」
 教主はそこまで言い終えると、無力さを嘆くかのようにそう呟く。
「この話は誰の話なの……? この語り口は、まるで……」
 センカはずっと話す様子を見つめたていたが、戸惑いを隠せないでいた。 どこか違和感を拭えずに、改めて教主の方を眺めていく。
「本当なら残された娘の事を気遣うべきだった。でも、当時はそんな余裕はありませんでした。やがて、村人は一つの伝説に行き着きます。不老不死の存在、龍に」
 しかし当人は自らを訝しむ視線など全く気付かず、また過去を思い出して喋り出していく。 龍という言葉に力を込める時は、特に険しい表情をしていた。
「すぐに村人は行動を起こします。まず人々の間にあった、龍への信仰。それを利用して教団を作り上げ、金を集めました」
 続けて口調を速め、語気をも強めていく。
「さらにはそれを活用して、権力を大きくしていく。そうしてさらに、自身の目的のために躊躇なく行動を広げていったのです」
 力強い言葉を発しながら目をじっと細めるが先には何の変哲もない天井しかなく、そこには薄暗い空間が広がっているだけだった。
「え……。それって……」
 そんな時、センカは何かに気付いた様子で目を丸くして驚いたような声を上げていた。
「そう、私の話です。そして、あなたの話でもあります」
 教主はそう言いながら顔を横へ向け、じっと見つめてくる。
「……!」
 センカは真剣な表情から嘘ではないのだと分かり、言葉を失って呆然としている。
「後は知っての通り、全ては失敗に終わりました。私は何も手に入れる事は無かったのです。目的が達せられる事はありませんでした」
 教主は驚いたままだろうと構わず、どこか力が抜けたように再び顔を上向けていった。
「今では目的も大分形を変えてしまいましたが……。それでも最初の頃はただ純粋な、ほんの小さな願いだったのですよ」
 虚ろな表情で言いながら、両腕を上へ伸ばしていく。 さらに両手をすぼめ、何かを掴むかのように何度も閉じている。
 だがそこには当たり前だが何もなく、何かを掴む事など出来はしない。 だというのにじっとそこを見つめ、わずかに微笑んでいる。
 その様子はすでに全てを無駄だったと悟り、諦観の思いと共に自虐的に笑っているかのようだった。
「それじゃあ、あなたは……。私の、両親のために?」
 センカは目を見開き、震えの混じった声で問いかけていく。 愕然とした表情からは、今までにない衝撃が窺えた。
「いいえ、私のためですよ。全ては自分のためにやったんです」
 しかし教主は目を瞑ると首を横に振り、はっきりと否定していく。 それは相手を落ち着かせるような、思いやる気持ちに満ちた仕草に見えた。
「……きっと意固地になっていたのでしょうね。よりにもよって大事な友の忘れ形見である、あなたを利用してしまったのですから」
 さらに不意に微笑むと、また横を向いていく。
「そう、だから私はどのような罰を受けても当たり前なのですよ。何とか私の命が尽きる前に取り戻したかったのですが……」
 瞳にはまだ唖然としているセンカの姿が映り、いやに落ち着き払った教主に何も言い返す事が出来ずにいた。
「どうやら間に合わないようですね。ごほっ、ごほっ……。本当ならあなたには知られたくはなかった。力を手に入れ、目的を達して……」
 次に視線を外した教主は、また何もない天井を見つめていく。 苦しそうに咳き込みながら、それでもなお喋り続けようとしていた。
「そうすれば死んでしまったって構わなかった。ごほっ、ごほっ……。この身は闇に堕ちても、あなただけは……。光の元で、幸せになってほしかったから……」
 そして安らかな笑みすら浮かべながら、そう言っていく。 何かの使命に突き動かされるかのように、決して口を止めようとはしない。
「あなたは……」
 ずっと話を聞いていたセンカも、その時になって初めて口を開いていった。 両膝の上に手を置き、顔を俯かせたまま体を小さく震わせている。
「センカ?」
 教主はその様子を見て、不思議そうな顔をしていた。
 そしてセンカの顔を覗き込もうとするが、その表情は結局よく分からず終いだった。
「どうしてそうなんですか。勝手に一人で決めて、誰にも相談せずに……。こんな時でもまだ、自分だけで納得して……」
 センカは表情を見せないようにしているのか、俯いたまま話し出す。 声は悲痛だが、自らの感情を押し殺しながら思いを伝えようとしていく。
「今さらそんな事を言われても、私はどうすれば……」
 さらに顔をしかめ、戸惑ったように呟いていった。 手は理不尽な事に対する怒りを堪えるかのように、とても強く握り締められている。
「ごめんなさい、センカ。あなたは何も悪くない」
 教主はその姿を見ると、居たたまれなくなったようだった。 そのままゆっくりと上半身を起こしていくと、センカの顔の方へ手を伸ばしていく。
「全ては私の我がままなんです。だから、泣かないで……」
 そして声をかけながらそっと触れようとしているが、肝心の相手には何の反応もない。
 センカは向き合うのも嫌うかのように、ずっと俯いていただけだった。


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