「光龍……」
センカは心配そうにするが、かける言葉が見つからない。
今まで一番近くにいたにも関わらず、こんな時に力になれない事が何より心苦しいようだった。
「こうして一斉に龍人が元に戻ったという事は……。やはり、私の肉体が龍人を作るのに使われていたのだな」
だが光龍自身は、特に助けを求めている訳でもない。
さらに怒りや悲しみなどがある訳でもなく、ただ虚しさしか残っていなかった。
「申し訳ありません……。全て私のせいです。龍神様……」
そして教主は曇った表情で頭を下げていくと、また申し訳なさそうに謝っていく。
思い詰めた表情は、心の底から悔やんでいるように見えていた。
「で、でもさ……。龍人に関しては、あいつが独断でやっていたみたいだよ?」
サクはそれを見ていたたまれなくなったのか、フドの方に目をやりながらそう言った。
「え? あ、あぁ……」
一方でフドはその時になってようやく、自分に注目が集まっているのに気付く。
それと同時に、逃げる隙がいくらでもあった事にも思い至ったらしい。
「うむ。そう、だが……」
今さらながら退路を目で追うが、どうしようもならない。
目の前で起きた出来事に気を取られてしまっていたのを、後悔しているようだった。
「そうですか、そうですよね……。ニンネ様もそこまでは……」
一方でそれを聞いたセンカは、少し安堵したようだった。
胸の辺りに手をやると、ほっと一息をついていった。
「いいえ、例えそれでも」
だが肝心の教主の表情はあくまで晴れず、依然として険しいままだった。
そして見上げる視線は、目の前に立つ誰かの方へと向けられている。
「あぁ。そんな事は関係ないな」
ソウガはそれに答え、じっと見下ろしていた。
人の姿を取り戻してすでに体調も安定してきたのか、先程よりは落ち着いている。
「俺はあんた達を許さない。俺だけじゃない、あいつ等だってきっと……」
それでも不満げに言うと、周囲を見回していく。
視線の先には意識を失い倒れながらも、同じように人の体に戻った龍人達の姿があった。
「体も心も、人の尊厳すら奪い去って。どれだけの痛みを俺達に与えてきたと思っているんだ……」
ソウガはそれらを見ながら、顔をしかめていく。
語り口はあまり過激ではないが、話す度に新たな怒りが込み上げているようだった。
憎しみに囚われているのは傍目からでもはっきりと分かり、今すぐにでも教主を手にかけてしまいそうに見える。
「はい。私には大きな罪があります。あなた方を地獄のような辛い世界に突き落とし、帰りを待つご家族にも計り知れない心労を与えた」
ただ教主はそんな相手を眼前に見据えても、全く慌てる事はない。
ソウガを見ているだけで死というものを明確に意識出来るにも関わらず、その場でどこか穏やかな表情をしているだけだった。
「私には大き過ぎる罪がいくつもあり……。それに見合わぬとしても、最大限の罰を受けねばなりませんよね」
さらにそう言うと、今度は身を正していく。
その行動はまるで、最後に覚悟を決めたかのようだった。
「あぁ」
ソウガも頷くと、自分のすべき事のために動き出そうとする。
「待ってください、龍人さん……」
その時、センカもほぼ同時に動き出していた。
悲壮感の漂う顔つきのまま、何かを求めるように必死で手を伸ばしていく。
その先には、開かれたままのソウガの大きな手があった。
しかし決意をしたはずの手の動きは鈍く、躊躇するかのように細かく震えている。
「お願いです、待って……!」
センカは思わず掴んでいくと、さらに精一杯の力で握り締めていった。
「……」
一方でソウガは感触に気付いたのか、視線を下げていく。
先には懇願するかのような表情で見上げ、教主への復讐を思い留まるように何度も首を横に振っているセンカの姿があった。
「お前……」
ソウガはそれを見下ろすと、わずかに逡巡する。
その時にはすでに、体のわずかな震えは止まっていた。
そして次に手を動かすと、自身の腕を掴んでいた手を払っていく。
ただしその行動はあくまでセンカを思いやるように、優しくゆっくりとしたものだった。
「ぁ……」
センカは離れた手を見つめ、落胆したような表情を浮かべる。
だが次の瞬間、予期せぬ事が起こっていった。
「え……?」
センカは怪訝そうな表情を浮かべ、顔を上向けていく。
頭の上にはソウガの手が乗せられており、そこからは暖かな体温が伝わってきた。
それはソウガの視線や雰囲気も合わさって、まるで安心しろとでも言うかのようだった。
センカはもうその後は、何故か必死で止めようとはしなくなっていた。
「俺はあんたを許しはしない」
それからソウガはセンカの頭から手を離すと、改めて教主と向き合う。
「……」
対する教主はそれからそっと目を閉じ、いずれ来るであろう裁きに備える。
「だが、まだあんたにはやってもらう事がある」
ただソウガは視線を外すと、そう言いながら不意に辺りを見回していく。
目は何かをじっと見つめ、対象も次々に入れ替わっていく。
視線の先には、意識を取り戻し始めた龍人達の姿があった。
ソウガと同様に体に異常はないのか、次々に起き上がっていく。
「ぇ……」
教主はいくら待てど何も起こらない事に違和感を覚えたのか、ゆっくりと目を開いていく。
そして先にいるどこか穏やかな雰囲気のソウガを見て、少し驚きと戸惑いを浮かべていた。
「お前は、俺と同じように龍人にされた者達を……。望まぬ姿に無理矢理変えられた者達を、元の生活に戻せ」
ソウガは視線に気付くと、まだ龍人達の方を眺めながら呟く。
瞳はとても穏やかなもので、すでに怒りなど浮かんでいなかった。
「それにお前が計画して命令したのだとしても、実行した者達は別にいたはずだ。あのフドのようにな……」
さらに顔を動かすと、今度はフドの方を眺めていく。
その時にはさすがにむっとしたような表情で、目つきはかなり鋭くなっている。
「そいつ等全員に罰を与えねば、俺は到底満足など出来ない。だからお前にもそれに協力してもらう」
だが力に訴えるような事もせず、強く手を握り締めるだけに留めていた。
少し前に壁を破壊してここにやって来た時とは、まるで別人のようだった。
その直後には勢いよく振り返ると、教主を見下ろしていく。
大きな体の影は覆い被さり、一種の圧迫感のようなものを与えていった。
教主はそれでもただじっと見上げ、次の言葉を待っている。
「例えいつまでかかろうと、どれだけ難しかろうと全てが終わるまで努力し続けろ。そう簡単に楽になれるとは思うなよ」
ソウガもじっと見下ろしながら、改めて強く言い切る。
言葉には一切の迷いが感じられず、本気なのだというのがはっきりと伝わってくる。
「でも、私には……。もうそんな時間なんて……」
しかし教主は言葉を聞くと、初めて視線を逸らして顔を俯かせていく。
誰にも聞こえないくらいに小さく呟く顔は本当に無念そうで、ひどく塞ぎ込んでいた。
罪を償うために何らかの裁きを求めていた身からすれば、ソウガの言葉は残酷な宣告に他ならない。
死によって逃げる事すら許されないと直接言われると、顔は一気に暗くなって沈んでいった。
「どうされました、ニンネ様」
その直後、いつの間にか側にやって来ていたセンカが話しかけてくる。
「センカ……」
教主はその存在に気付くと、思わず顔を上げていった。
悲しげな表情はまるで、何かに救いを求めているかのようだった。
「何をそんなに気弱になっているんですか。いつものようにどうすればいいか仰ってください。私は何でもお手伝いします」
一方でセンカはその場にしゃがみ込むと、顔の高さを合わせていく。
「ニンネ様だけに重圧を背負わせたりはしません。もちろん気兼ねする必要はありませんよ。だって、私達は家族同然なんですから……」
さらに真正面から視線を合わせと、悲痛な表情で訴えかける。
辛さを表に出さぬように努力はしているが、やはり心苦しく思っているのは隠せないようだった。
「ありがとうございます。でもあなたの方こそ、私を気にかけずともいいのですよ。あなたは自分が本当にやりたい事を選べばいいのです」
対する教主は少し落ち着きを取り戻し、センカを安心させるように微笑みかけていく。
「は、はい……」
だがセンカは突き放されたように感じたのか、戸惑いを浮かべていた。
「それには俺も異存はない。憎むのは龍人を作るのに関係していたものだけだからな。特にお前のような者には、勝手に死なれては困るんだ」
するとその直後、ソウガがいきなり話に割って入ってくる。
強い口調のまま見下ろす視線の先には、一気に表情を曇らせる教主の姿があった。
「……」
そして教主は都合の悪い事を隠すかのように、俯くと何も話さなくなってしまう。
しかしその態度は明らかにおかしく、見る者に不安を抱かせる。
「え? 死ぬって、どういう事ですか? ニンネ様……」
特にセンカは驚きの表情を浮かべると、真相を求めて顔を覗き込んでいく。
しかし教主は決して答えようとせず、露骨に顔を背けていった。
今まで常に正直に答えてきたのとはまるで違う姿に、センカもひどく戸惑ってしまう。
「龍人さん……?」
仕方なくセンカはその後に、縋るような目付きで頭上を見つめていった。
「実はこいつから感じる気配から何となく感じたのだ。何と言えばいいのかはよく分からないが……」
ソウガは視線を真っ直ぐに受け止めると、少し怪訝そうな顔をしながらも話し出す。
「そう、命の気配とでもいうべきものが極端に弱いのだ。たぶん、体のどこかを患っているのではないだろうか」
あまり自信はなさそうだったが、そう言うと次にゆっくりと視線を下げていった。
「……」
眺める先にいる教主はひどく落ち込み、うなだれている。
見慣れぬ姿は先程までよりも小さく見え、まるで別人のようだった。
「ニンネ様……。あなたは……」
センカも倣うようにじっと見つめていたが、改めて不安そうに声をかけていく。
さらにゆっくりと手を伸ばし、肩へ触れようとしていった。
「えぇ、その通りです。私の命は……。うっ、ごほっごほっ……」
だが教主はそれより早く口を開き、何かを言おうとしていく。
ただし途中で中断されると、いきなり咳き込んでいった。
「恐らくはもう、あと少ししかありません……。すみませんが、あなた方を助けるという約束は出来ません……。ごほっ、ごほっ……」
さらに体をよろめかせると、苦しそうに咳を堪えながら話していく。
口の辺りを手で押さえると、その場へ倒れ込みそうにすらなっていた。
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