第13話 光


 その直後、教団員達がなおも掴んでいた槍が突然揺れ始める。
 光龍の肉体の筋肉が痙攣しているといったような、明確な理由があるかは分からない。 とにかく槍は刺さったまま、どんどん揺れを大きくしていく。
 やがて柄などは必要なかったのか、異物を排除するかのように先端を残して抜けていった。 だがそこにはつい少し前に見た装飾品が見当たらず、すでに肉体の中に取り込まれてしまったかのようだった。
 これでは回収など到底出来ず、後には歪な傷跡だけが残っている。
 だがそれもほんのわずかな間の出来事であり、出来た傷は見る見るうちに治っていく。
「やったのか……?」
「あぁ、恐らく成功だ」
 それを目の当たりにした教団員達は誰もが恐れをなすかのように、少しずつ後ずさりしていった。
 その間にも光龍の肉体は変化を続け、艶を取り戻してさらに強い光を放ちつつあった。
「光龍、どういう事……? あれは光龍の体なんだよね……」
 センカはそれを見ながら怯え、ひたすら体を震わせている。 さらに横を向くと、光龍の方へ縋るように近づきながら問いかけていった。
「いや、違う。あれはもう私の体ではない……」
 光龍は感情を何も込めずに俯き、静かに言い返すだけだった。 いつもとは様子がまるで違い、悲しみに打ちひしがれているかのように見える。
 センカはそれを見ると、何と声をかけたらいいのか分からないようだった。
 そんな時、光龍の肉体に今までにない変化が訪れる。 何と突然動き出すと、巨体をゆっくりと持ち上げていったのである。
「!?」
 それを見たその場にいる全員が驚き、ただ愕然としていった。
「そんな、何故……」
 中でも教主はあまりの事に言葉を失い、全く理解が追いつかぬままひたすら戸惑っている。
「あれは、ただの怪物だ……」
 光龍は先程の問いに対し、ようやく答えていったらしい。 悲しげな目は、かつての自分の肉体をじっと見つめている。
「オォォオオオ!」
 そしてそれに応えるかのように、光龍の肉体は大きな口を開いて吼えていく。
 地下は少し前とはまるで違い、昼間と変わらないくらいの明るさに包まれている。
 そんな異様な地下の底に、光龍の呟きと咆哮は同時かつしばらくの間響き渡っていた。

「うわっ、何!?」
 その時、地上にもわずかな振動と何かの叫び声のようなものが届いてきた。 サクは驚いた表情をすると、おずおずと音のした足元へと視線を向けている。
「これは……」
 トウセイも眉間の間にしわを寄せながら、地下の方を覗き込んでいく。
「さっきの音、いや叫び声……。あれは龍なの?」
 さらにサクは少し怯えるように言うと、答えを求めて横を向く。
 しかしトウセイは難しい顔をしたまま、明確な答えを出せずにいた。
「もしや、これが奴の言っていた切り札……?」
 一方でソウガはそう言い、じっとフドの方を眺めていく。
 それを耳にしたサクとトウセイは、声に導かれるように同時にそちらへ顔を向けていった。
「へっへっへ……。いいぞ。これで私は……」
 ただし当のフドは一人で不気味に笑っているだけで、向けられる視線など意に介していない。
 そのせいでトウセイ達は、はっきりとした答えを得られずにただ困惑するしかなかった。

 丁度その頃、地下では光龍の肉体が派手に動いた事で大量の砂埃が舞っていた。 それは狭い空間の中にあって、眩い光を反射して輝いていた。
「……!?」
 だが不意に辺りは暗闇に包まれると、それらもいきなり見えなくなっていった。
 教主やセンカはその事に驚き、思わず身を固くする。
「どうした、何が起きている……?」
「大丈夫です、問題ありません。異なるもの同士が混じり切る前に無理をしたために、一時的に機能を停止しているだけです」
「えぇ。少し待てば、今度こそは完全な復活を果たすはずですよ」
 それとは対照的に光龍の肉体の側の方からは、数人が語り合う声が聞こえてくる。
「後は放っておいても大丈夫なはずです。だから早く、上へ戻りましょう……」
 教団員達はそう言うと、目的を果たしたからか足早に退散していった。 ただその姿は間近にある龍の姿に激しく動揺し、恐れおののいているかのように見える。
 そして教団員達の気配もなくなると、薄暗さも相まってかなりの不安感が押し寄せてきた。
 先程まではここも地上より明るいといっても過言ではないくらい、眩い光に満ちた区間となっていた。
 しかし今となっては、自分のすぐ周りの様子を窺うのも難しくなっている。 それは光龍の肉体からほとんど光が放たれなくなったのが原因のようであり、すでに辺りは一気に静寂を取り戻しつつあった。
 もちろん光龍の肉体がどうなったかなどは、いくら目を凝らしても分かりようがなくなっている。
「龍神様……」
 それでも教主は、暗闇の中から姿を探し当てようと苦心していた。
 だがすでに周りの壁にあった蝋燭の火は、先程の咆哮によって全て消えてしまっている。
「ど、どちらにおられますか……。今、御側に参ります……」
 おかげで足元もおぼつかない状態になってしまったが、意を決して前へ足を踏み出そうとしていた。
「さぁ、教主様。どうぞ、こちらへ……」
 その瞬間、何者かの手がいきなり腕を掴んでくる。
「……!?」
 教主が驚いた様子でそちらへ顔を向けると、そこには護衛の姿があった。
 どうやら安全な場所まで連れて行こうとしているのか、それから階段の方へ引っ張られていく。
「巫女様もお早く!」
 すぐ側にいたのだろうがほとんど存在を感じさせなかった教団員も、声を張り上げている。 手には新たに明かりをつけた松明を持ち、何とかここから教主やセンカを連れ出そうとしていた。
「ニンネ様……」
 しかしセンカはそこを動こうとせず、ただ心配そうに立ち尽くしている。
 その頃、光龍の肉体はまるで動く様子はなかった。 先程の咆哮が精々だったのかと思える程、今はただ静まり返っている。
「……」
 教主はよく見えずともそちらを眺め、腕を引かれながら歩いていった。
 それでも階段の直前まで来ると、足はそこで不意に止まってしまう。
「待ってください。あれはどういう事なのですか? 貴方達は何のためにあのような事をするのですか」
 そして手を振り払うと、真剣な様子で問い詰めていく。
「えっ、いえ。それは……」
 対する護衛はいつもと様子の違うのに気付き、驚いたまま戸惑うだけだった。
「説明をしてください。何故、あんな事をしたのです。貴方達は私に何を隠しているのですか?」
 教主はそんな教団員の手を取ると、優しく問いかけていく。 目はやや悲しげで、言葉もどこか憂いを帯びていた。
「いえ、それは出来ません。我々にはその権限はありませんので……」
 護衛は暖かさや悲しさを直に感じ取ったせいで、心にわだかまりのようなものを感じていったのかもしれない。 苦しそうな表情をすると、あっさりと顔を逸らしていく。
 それでも口は閉じられたままで、決して求められる答えが口にされる事はなかった。
「……」
 教主はそのせいで目的の情報などを得られず、がっかりとした表情を浮かべていく。 さらに他の護衛達を見回していったが、誰一人として答える者はいない。
 護衛達は誰もが顔を逸らし、じっと口をつぐんだまま耐えていた。
「……そうですか。ならば、私はここを動きません。どうか貴方達だけで上に戻ってください」
 だがそれで諦める教主ではなく、失望したかのように目を閉じていく。 そして顔を俯かせたまま、おもむろに背を向けていった。
 反対側にはいつまた動き出すともしれない光龍の肉体があり、全く危険がない訳ではない。 だというのにそちらを向いたまま、拗ねたように黙り込んでしまった。
 おかげで護衛達は互いに顔を見合わせ、どうしらいいものか思案していった。
「教主様……。分かりました」
 それから少し経った後に覚悟を決めたのか、教主の元に集まると一人が険しい表情で話し出す。
「……」
 教主もそれを背で感じ取ったのか、無言のままながら振り返っていった。
「先程にご覧になった通りに、あの者達は龍神様の御体にあるものを埋め込みました。それはある意味で仕上げのようなものです」
 それから護衛は意を決したかのように、真面目な顔で答えていった。 そこには虚偽などは一切なく、仕草などにも不審な点は見当たらない。
 真摯に話す姿を、教主も同じくらい真剣な眼差しで見返している。
「仕上げ?」
 しかし発せられた言葉の意味が、いまいち分かっていないようだった。 疑問を隠さずに顔を傾げると、次の言葉を待っていく。
「龍神様の御体はここに運ばれてこられてから今まで、腐敗する事さえありませんでした。まるでただお眠りになられているかのようだったのです」
 それから護衛は少し遠い目をすると、光龍の肉体の方を眺めながら話していく。
「紋様を宿したままの神聖な姿を保っておられるのを見ると、もしや蘇って頂けるのではと考え……。その方法を暗中模索しながらも、遂に見つける事が出来たのです」
 語り口はどこか誇らしげであり、あまり間違った事をしている自覚があるようには見えない。
「答えは、龍人を作る過程にありました。龍人は異なる二つのものを混ぜ合わせた結果、体は著しい活性化を果たしたのはご存じのはず」
 さらにそう言いつつ、光龍の肉体の方へ手を差し向ける。
 静かに佇む姿は語られた言葉の通りに、安らかに眠っているだけのようだった。
「要はそれと同じ事をすれば良かったのです。龍神様の御体に人の体の一部を取り込んで頂く。その結果、一度は死を迎えた龍神様もあぁして見事に蘇られたのです」
 そして護衛は報告を終えると、恭しく頭を下げていく。 動きや仕草は素晴らしい事をしたかのような、自信に満ちた姿をしていた。
「え、嘘でしょう……!?」
「どうして私に報告もなく、そのような事を……」
 だがそれとは違ってセンカや教主は、ただただ驚きと困惑に包まれていた。
「先程の行為は龍神様を貶めるようなものではありません。あれはただ、擬似的な同化を完成させるために必要な行為だったのです」
 対照的に護衛達にはほとんど驚きもなく、さらにそう語っていく。 視線の先には教団員達が持ち込んだ、特別な槍が横たわっていた。
 先端を紛失した槍は、今は役目を終えてただの金属の固まりに成り果てている。
「詭弁ですね。恐らくライリに唆されたか、フドの独断に押し切られたのでしょう。せっかくセンカが龍神様を連れて帰還し、後少しで本当の意味で蘇られたのに……」
 そんな時、教主は先程の話を否定するかのように浮かぬ顔で話していく。 口惜しそうに呟く姿は、言い表しようのない焦燥感に苛まれているかのようだった。
「槍の先端の装飾は、幾人もの骨で出来ていたのだろう。龍と人の肉体を組み合わせる。あれはそう言う事だったのか……」
 一方で光龍はそう見立てながら、槍をじっと見つめている。 しかし納得するように頷きつつも、顔や声は難しそうなままだった。
「どういう事なの? 私にはよく分からないよ、光龍……」
 その時、センカはまだ理解が追いつかないのか混乱を隠せずにいる。 視線は右往左往し、不安げな瞳は何も映していなかった、


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