第13話 光


「いや、そうだとしてもこいつは駄目だ。外見は普通でも中身が腐り切っている……」
 ソウガは笑みを目ざとく見抜くと、ほとんど発言してこなかった口を大きく開いていく。
 トウセイのような激情を無理に抑えるよう努力し、今まで平静を保とうとしていたのかもしれない。 だが今となっては、もう苛つきを隠す事は出来なくなっているようだった。
「殺すか、それとも生かすのか……。どうするにせよ、許す事だけは出来んな」
 睨み付けながら動き出し、憎い相手の元へ近づいていく。
「ひ、ひぃぃっ……」
 足音や振動は大きく辺りに響き渡り、フドは改めて怯えたような表情を浮かべていた。
 やがてソウガは眼前までやって来ると、首を鷲掴みにして片手で軽々と持ち上げていく。 それは先程のトウセイと似たような行動だったが、ほとんど遠慮はない。
「ぐぇぇっ……。ま、待って……」
 大きな手で首を絞められ、フドは苦しみながら顔を青ざめさせていく。
 ソウガがあとほんの少し指に力を込めれば、首など簡単に捻じ切れてしまいそうだった。
「待て、ソウガ!」
「ちょ、ちょっと!」
 トウセイやサクもその事を懸念したのか、慌てて止めに入ろうとする。
 しかし龍人を、ただの人間が止める事など簡単に出来はしない。 ソウガは我関せずといった様子で、フドの事をさらに上へと持ち上げていった。
「ぐぉ、ごほっ……。そ、その辺にしておくんだな……」
 だがその時、息もまともに出来ないような状態にも関わらず口の端はつり上がっていく。 何故か口からは笑みをこぼし、それからも余裕の態度を崩さない。
 ソウガの気分次第で命をすぐにでも失うかもしれないというのに、フドは気が狂ったかのように笑い続けている。
 明らかに異常な姿に対してトウセイやサクはもちろん、ソウガも怪訝な表情を浮かべていた。
「こ、こっちには……。お前達には想像もつかないような、切り札があるんだ……」
 さらにフドはそう言いながら、視線を横へと滑らせていく。 見つめる視線の先には、こちらへ向けて大きく手を振る教団員の姿があった。
「そら……。それは、もうすぐ……。こ、ここに……」
 すでに命令は行われているという合図だったのか、それを見るとますます歓喜の表情を浮かべていく。
「何?」
 一方でソウガはここまで追い詰められてもなおも変わらぬ態度に対し、いい加減に困惑してきたようだった。 手は自然と緩まって、重力に従ってフドは地面へと落ちていく。
「ぐっ! ごほっ、ごほっ……」
 そして今度は尻を勢いよく地面に打ち付け、ひどく顔をしかめていった。
「はあっ、うぇっ……。そ、そうだ。あれさえ目覚めれば、お前達など……」
 まだ苦しそうに呼吸を繰り返しながらも、フドはあくまで強気な態度を崩さない。 ここに来て強化龍人を連れていた時のように、勇ましく辺りを睨み付けていった。
「えぇっ……。どうせはったりじゃないの……?」
 しかしサクは一切信じていないのか、ただ戸惑いと共に顔を傾げるだけだった。
「違う! あれこそ私に残された最後の遺産。正真正銘の、最終兵器だ!」
 フドはそんな態度は許せないのか、腰の辺りを擦りながら声を上げていく。
「あの二体の強化龍人……。さっきの奴等以上のものがいるとでも言うのか?」
 ソウガはじっと見下ろすと、少し緊張した様子で問いかけていった。 龍人という体が何かを敏感に察知しているのか、表情はどこか険しく見える。
「ふっふっふ……。そうだとも。ごほっ、ごほっ……」
 フドはそれ見ると満足そうに笑い、また何度か咳き込んでいった。
「ふ、ふひひっ……。嘘でも妄想でもなく、あれ以上のものがいるんだよ。私とお前達の、真下にな」
 そして嬉しそうに笑いながら手を逆さにすると、おもむろに地下を指差していった。
 一方でそれを見たトウセイ達は、訳が分からずともとりあえず足元に広がる地面へ目を向けていく。 当然だがそこには特別なものなどなく、見て分かる異常などもない。
 少なくともトウセイ達はそう思っており、先程の言葉もただの負け惜しみだと考えるのが自然である。
 それでも地面の底からは、何か不吉な雰囲気のようなものが感じられた。
 だからこそフドの言葉を流す事も出来ず、全員がただ黙り込んで険しい顔をしていたのだった。

 その頃、地下ではまた別の異変が起こっていた。
 地上から数人の教団員が、慌ただしく降りてきたのだった。 彼等は護衛にいた教団員とは、若干その服装も違っていた。
 その者達は地上でフドから何らかの命令を受けていた教団員であり、重そうな何かを抱えていた。
「よし、一旦ここでいい」
 そして最下層に辿り着くと、大きな荷物を地面へ下ろしていく。
「な、何ですか……!? 貴方達は……」
 教主は光龍の肉体に起きた変化に加え、いきなりやって来た教団員達に度肝を抜かれたようだった。 目を何度も瞬かせながら、戸惑いの表情を浮かべている。
「ご心配なく。すぐに済みますから」
 教団員の内の一人は、安心させるかのように力強く答えた。
 さらに他の教団員達は、周りに目もくれずに急いで何やら準備を始めていった。 きびきびと動き、持ってきた大きな荷物に掛けられていた布をほどいていく。
「……」
 教主やセンカは口を挟む事もなく、ただそれを見ている事しか出来ない。
 やがて教団員達が持ってきたものが、その場に姿を現す。 それは大人が数人で持つ必要があるような程の、あまり見た事のない形をした大きな槍だった。
 刃の形は独特で、柄にも特別な装飾が施されている。 どうやらそれは武器ではなく、祭祀用の道具なのかもしれなかった。
 刃の先端部分はまだ少し布がかけられており、全容はいまいち掴めない。
「よし、持ち上げるぞ」
「傷つけるなよ……。慎重にな」
 教団員達は珍しい槍を手に取ったまま、何かを始めようとしているようだった。
「へ、へへ……」
 なお準備をしている教団員の中には、笑みを浮かべて作業をしている者もいる。 その者は傍から少し見ただけでも、普通の人とは違うと分かるくらいの狂気のようなものを漂わせていた。
「待ってください。それは何なのですか?」
 教主は意図や目的がまるで不明なのを不審に思ったのか、声をかけていく。 さらに検分するかのように真剣に槍を見つめながら、今も作業を続けている所へ近づいていった。
「……」
 そして改めて、教団員達が持ち上げている槍を眺めていく。 一見すると武骨に見えるが、よくよく見てみると教団員達と同じでどこか不気味なものが感じられた。
 それを見ると少し恐怖を感じたかのように、勝手に身震いが起きていく。
 一方で教団員達もさすがに教主には逆らえないのか、その場でしばらく留まったままだった。
「……ここは光龍様の御身体が眠られている、神聖な場所です。それを持って、今すぐにここから出て行ってください」
 やがて教主は口を開くと、階段の方を指し示す。 どうにも信用出来ないのか、いつになく厳しい態度をしていた。
 だが教団員達は誰一人として従おうとせず、それどころか見向きもしていない。 統一された態度はまるで、従う相手は別にいるとでも言わんばかりだった。
「貴方達、聞いているのですか?」
 ずっと穏やかだった教主もそれを見ると、やや語気を強めて詰め寄っていく。
 しかしそれでも答えは返ってこず、相手は動きもしない。
「おい……」
 そんな時、降りてきた教団員の内の一人が護衛の者と何やら話をしていた。 顔を近づけてぼそぼそと小声で耳打ちをする姿は、明らかに怪しく見える。
「分かった。それがフド様の命なのだな」
 やがて話を聞き終えた護衛は、納得したかのように深く頷く。
 教団員はそれを確認すると、槍を持っている者達へ向けて手で合図をしていった。
 そして槍を持っていた教団員達はそれを見た途端、一斉に動き出す。 乱れのない統率された動きからは、迷いのようなものが全く感じられなかった。
 そのまま教団員達は、槍を抱えながら光龍の肉体の方へと近づいていく。
 一方で光龍の肉体は光を放ち続けてはいるが、それ以外は眠り込んでいるかのうように目立った反応がなかった。
 両者の距離は少しずつ近づきながら、それに同調するかのように辺りの雰囲気も不思議と変わっていったように感じられる。 だがそれはあくまではっきりとせず、何が起こるかは不透明なままだった。
「貴方達、それ以上近づいてはなりません……!」
 ただ教主はあからさまに不審な行動を見ると、いよいよ我慢が効かなくなったようだった。 すぐさま小走りで向かっていくと、前に回り込んでいく。
「武具を持ったままなど、龍神様に対して無礼でしょう。即刻、立ち去るのです」
 そして両手を広げて立ち塞がると、改めて警告をしていった。
 しかしその時、おもむろに近づいてくる者の足音が響いていく。
「教主様、ここは危険ですからひとまずお下がりください」
 現れたのは護衛であったが、手助けしようとする様子ではない。 それどころか遮るような進言をすると、その位置から下がらせようとすらしていった。
「いいえ、それは出来ません。教えて下さい。彼等は何をしようとしているのですか?」
 だが教主は首を何度も振って、意地でもそこからどこうとはしなかった。 悲しげな顔をすると、今度は護衛達へ問いかけていく。
「申し訳ありませんがお教えする事は出来ません。どうか、こちらへ……」
 護衛の内の一人はそれを直視出来ず、ばつが悪そうに視線を逸らしていく。
 そしてこのままでは問いに答えてしまうとでも思ったのか、他の護衛達が強硬手段に出る。 教主の体を優しく掴むと、無理矢理にでもそこからどかせようとしていった。
「いえ、待って……。待ってください……」
 教主はそれに抵抗しようとするが敵わず、階段の辺りまで連れていかれてしまう。
「あっ……」
 それから護衛達によって周りを厳重に囲まれ、もう戻る事は出来ずに遠目から様子を窺うしかなくなっていた。
 センカも同じようで、不安げな瞳で事の成り行きを見つめている。
「よし、では改めて始めるぞ」
 教団員達はその場にいるほとんどの人間からの注目を受けながら、改めて作業を再開させる。
 槍の刃の先端にわずかに残っていた布を取り除くと、そこには奇妙なものがたくさんついていた。 それはやけに白い装飾品のようなものであったが、柄などに刻まれているものとはまるで違う。
 あまり大きくないそれらは不思議な存在感を放ち、誰もの視線を釘付けにしていった。
「あれは……。貴方達、まさか……?」
 特に教主は驚いたような声を上げ、信じられないといった表情で目を丸くしている。
 さらに光龍も何かに気付いたのか、目を見開いて絶句しているようだった。
「やるぞ」
「あぁ」
 ただし教団員達はすでに周りからの反応など気にする事もなく、力を合わせて大きな槍を持ち上げていく。
 そして勢いをつけて走り出すと、光龍の肉体との距離は見る見るうちに狭まっていった。
 やがて真っ直ぐ前に構えられた奇妙な槍は、地面に横たわったままの体に深々と突き刺さっていく。
「!?」
 それを見たセンカや教主は思わず自分の目を疑い、驚く表情を強張らせている。
「な、何をしているのです! 止めてください!」
 特に教主の取り乱しようは凄まじく、慌てて光龍の肉体の方へと向かおうとする。 しかしそれは敢え無く護衛に阻まれ、ほとんど前に進む事は出来なかった。
「何と言う事を……。そこまで禁忌に手を出すとは……」
 一方で光龍は怒りと驚きが綯い交ぜになったかのような表情のまま、ただ愕然としていた。
「光龍……」
 センカはその様子に気付くと、心配そうに見上げていく。 まだ何が起こっているのかも分からない状況だが、光龍を思う気持ちに変わりはないようだった。


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