第13話 光


「ま、まだだ……」
「そう、我……。いや、我等は……」
 一号と二号は意識を取り戻してすぐに、どうにかして巨木から抜け出そうとしていた。 満足に動かない体を無理矢理に動かし、木を引き裂きながら外に出ようと試みていく。
 だが肉体はとっくに限界を超え、全身の至る所は裂けてひどく出血していた。
 それにも関わらず、どちらも決して諦めようとしない。 まるで初めから諦めるなど選択肢にないといった具合で、まさに死力を振り絞っている。
「もう、しぶとすぎるよ……。これ以上、戦う意味なんてないのに……」
 サクはそれを目の当たりにして、憐れみや悲しみに満ちた視線を送っていく。
「ウォォォオオオ……!」
 しかし両者は気付く事なく、遂には巨木を引き裂いて脱出を果たす。
 そして同時に倒れ込むと、血塗れのまま地面に這いつくばっていった。
「グ、アアァァァァ……」
 まだ起き上がれないままでも、目はトウセイ達を睨み続けている。 全身にあるのはひどい傷ながらも、すでに再生は始まっていた。
 ともすればまた、新たな戦いが勃発してもおかしくはなさそうだった。
「よし、まだ動けるようだな。さっさとやってしまえ!」
 フドはこの場にあって一番の歓喜を見せ、けたたましい声を上げていく。
「何故だ。いくら龍人といっても限界はあるはず……」
 トウセイは対照的に怪訝そうな顔をして、今も苦しみに喘ぐ強化龍人達をじっと見つめていた。
「そいつ等はな、他の龍人とは違う特別な処置を施しておいたのだ。どこまで使えるかは未知数だったが、やっておいて正解だったな」
 すっかり余裕を取り戻したフドは、疑問に嬉々として答えていく。
「特別な処置、だと」
 だが逆にトウセイはさらに疑問を深め、きつくした視線を送っていった。
「そうさ! 筋力や回復力は改善し、龍並みになる。加えて痛覚を遮断し、敵を倒せという命令だけを遂行する」
 フドは派手に手を動かし、大胆に持論を述べていく。
「ただ戦い続けるだけの存在になるんだよ! 使い勝手のいい道具のようなものだ!」
 そして強い意気込みと共に、自慢げに強化龍人達を眺めていく。 ただし目線はあくまで、自分の役に立つ物を見ているのと変わらなかった。
「下種が……」
 それを見たソウガはあくまで自分では戦わず、一号と二号を犠牲にしてのさばっているのが許せないようだった。 手を強く力を込めて握り締め、怒りに体を震わせている。
「いっその事、殺せれば楽なんだが……」
 一方でトウセイは冷静に状況を判断し、刀を手にかけていく。 すでに戦うという選択を終えているのか、落ち着き払っていた。
「駄目だよっ。この人達も望んでこの姿になったんじゃないだろうし」
 直後にサクが牽制するかのように前に飛び出し、慌てた様子で言う。
「相変わらず甘い事だな。だが、だったらどうする。こいつ等は死ぬまで戦いを止めんぞ」
 トウセイはそれでも気持ちは変わらないのか、刀の先で強化龍人達を指していく。
「いいや、違うでしょ。命令しか受け付けないなら……。それを強制する奴を倒せばいいってだけでしょ?」
 サクは感情的に対応するかと思いきや、首を振りながらおもむろに顔を動かす。 瞳には全てを見透かすかのような、緑色の輝きがわずかに混じっていた。
「うわわっ……!」
 一方でフドは事実を言い当てられたからか、思いのほか動揺している。
「正直だね。いや、愚直とでも言った方がいいな」
 サクはそれを見ると、目的の相手を探し当てたのを実感してほくそ笑んでいた。
「成程な。どうせなら命令を出す人間は別にして、どこかに隠しておけばいいものを……」
 トウセイも言わんとしている事に気付いたのか、目線を向けると意気込んでいく。 刀には改めて赤い紋様を輝かせ、いつでもフドを追い立てられる準備を終えていた。
「うひゃあぁぁっ……」
 自分にとっては恐怖の象徴である赤い輝きを目の当たりにして、フドはひどくうろたえてその場に尻餅をつく。 さらにそのまま後ずさろうとするが、それはなかなかうまくいかない。
 体に力が入らないせいで逃げる事も叶わず、結局その場に留まるだけだった。
「わ、私を一体どうする気だ! まさかこ、殺すとでも言うのか!」
 まるで強化龍人のように地べたを這いながらなおも言うが、声は勇ましくとも姿はひどく情けない。
「うーん。それっていちいち言う必要ある?」
 サクは焦りを見透かしつつ、顔を傾げながらごく普通に問い返していった。
「や、やめろ! 今は私が本気を出していないだけだぞ! 貴様等などその気になればどうにだって出来るのだからな!」
 フドはあどけない顔つきを見て逆に恐ろしさを増長させたのか、べらべらと大声で喋り出す。
「そ、それが困るのなら無駄な抵抗は止める事だ……。け、結局……。さ、最終的には私の優位性が証明されるだけなのだから!」
 だが声を上ずらせながら言う事は、ほとんどが支離滅裂だった。
「だから?」
 おかげでサクも全く動じる様子はなく、言っている事も全く信用していない。
 それは側にやって来た、トウセイやソウガも同意見のようだった。
「くっ……。わ、分かった。龍人にお前達を襲わせはしない。だ、だから……。私の提案を聞け」
 フドは形勢が不利なのを悟ったのか、譲歩するかのように言ってくる。 ただしこの期に及んで、口調や態度はどこか偉そうだった。
 サク達もそんな上からものを言っているフドを見下ろしながら、全員がひどく冷めた目をしていた。
 辺りにもどこか白けた空気が漂い、すっかり熱を失って冷え込んでいるかのようだった。
「い、いいか。わ、私には決して手を出すな! 何もしないと誓うんだ!」
 それでもただ一人、必死ともいえる態度でフドが口にしたのはよりにもよって命乞いだった。
「……」
 トウセイやソウガは、想像だにしなかった言葉を聞いてただただ唖然としている。
「ぷっ。ふふふっ……。手を出すなって、真顔で偉そうに……」
 片やサクはおかしさが込み上げてきたのか、腹を押さえながら小声でずっと笑っていた。
「わ、笑うな! 私は真摯に教団に尽くしてきただけだ! そう、全ては教団のために。あらゆる利益を捧げ、私腹を肥やした事も一度たりとてない!」
 芳しくない反応に対し、フドは我慢出来ずに言い返す。 顔を凛々しくさせると、真剣に持論を語り出していった。
「そ、そうだ。私はただ、龍人を完成させたかっただけなのだ……」
 自分を信じ切っているのか体を震わせ、まるで義憤に燃えているかのように見える。
「本当にそうなの?」
 一方でそれを聞いたサクは、笑いを収めて聞き返す。 すでに顔は真面目なものとなり、見下ろす視線も少し険しさを伴っていた。
「誓ってもいい。確かに途中に、いくらか暴走してしまった事もあった。だが、私はただ……! そう、無我夢中だっただけだ!」
 対するフドは意地でも、自分の正しさを押し通そうとしている。 今までの言動がなければ、それを信じて良かったのかもしれない。
「それにお前だって龍を求めていたのではないのか! どうせ私と似たようなものだろう! あの時、お前が語っていたのは全て嘘だったのか!?」
 しかし無様ともいえる姿を見ると、到底信じられそうにはない。 自らの罪を分け与えるかのように雄弁に語ると、縋りつくかのように進んでいく。
「そんな事はないよ。僕は龍になりたかった。いや、今でもなりたい。君と初めて会った時に話した事は嘘なんかじゃないさ」
 サクはかつて龍人、そして合成龍にも憧れの感情を抱いていた。 それでもフドの所業には不満があったのか、口調は厳しいものだった。
「なら……」
 だがフドは言葉の端に何とか希望を見出し、助けを求めて手を伸ばしていく。
「でも!」
 次の瞬間、サクの拒むかのような大きな声が挟まれていった。
「……!」
 それに気勢を削がれ、フドは手を引っ込めて黙り込んでしまった。
「僕は確かに龍の力を求めていたけれど……。君みたいに他人を犠牲にしようまでは思わない。君と僕は、違うんだ」
 一方でサクは鎮痛な面持ちをして、静かに語っていく。 それはいつか、誰かが言った事と似ているようだった。
「ぐくっ……」
 フドは言い返す言葉もないのか、俯いてただ唸り声を上げている。
「何のためだろうが、途中に何があろうが関係ない。君の行為が正当化される事はないんだから。ここまでの事態を引き起こす原因の癖に……」
 サクはさらに追い打ちをかけるかのように、厳しい言葉を投げかけていく。
「まだそんな事にすら思い至らないの?」
 そして心底不思議そうな顔をすると、そう問いかけていった。 それは自分よりかなり年下の、幼さすら感じさせる少年からの叱責である。
「は……。はぁっ……。おしまいだ……。これでは私の研究が、人生そのものが……」
 フドはそれが余程堪えたのか、意気消沈したように地面に突っ伏していく。 四つん這いに近い体勢になると、頭を抱えたまま途方に暮れていた。
 その言動からは、未だに自分の事しか考えていないのがひしひしと伝わってくる。
「あぁ……。私はこれからどうすれば……」
 そして地面を見つめたまま呟くフドには、周りが一切見えていない。 そのために自分の方に誰かが近づきつつあるのに、全く気が付いていなかった。
「お前はまだそんな事を言っているのか。まだ状況がよく分かっていないようだな?」
 トウセイは本当に呆れ果てたような表情をして、じっと見下ろしている。
「ぁ……」
 フドは声にようやく気付いたのか、前から伸びてくる影を辿って顔を上げていった。
 トウセイはその顔をを改めて見ると、腹の底からむかむかとした感情が浮かんできたようだった。 すでに鞘に納めている刀に手は伸び、表情には明らかに怒りが浮かんでいる。
 さらにすぐ後ろには侮蔑の表情を向ける、ソウガやサクの姿もある。
 フドがいくら悩もうと、すでにどうにもならない状況になっているのは明らかだった。
「あ、はは……。いや、もう私には選ぶ余地などなかったか。そう、なりふりなど構っていられぬのだったな……」
 当人もやっとその事に思い至ったのか、そう言いながら乾いた笑いを浮かべる。
 脱力したフドから命令がなければ、一号と二号がこれ以上敵対してくる事はないと思われる。 激しい力のぶつかり合いがさらに続くかと思われたが、最後はあっさりと収まっていった。
 ただしその場にはフドの力のない薄ら笑いが残り続け、何故かそれだけが不気味な心残りとなっていた。


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