第13話 光


「トウセイ。後は僕が一人でやっちゃうからね」
 だが次にの瞬間には振り向くと、微笑みながらそう言う。た。 その時だけは、いつものサクのような純真な笑みを湛えていた。
 トウセイはもちろんの事、木龍やソウガもその姿をただ眺め続けている。
「グゥ……」
 ただしその場にあって、強化龍人達だけは警戒を明らかに強めていた。
「グゥゥゥウ……」
 一号と二号は姿や雰囲気の変わったサクに対し、一目で危うい何かを感じ取ったようだった。 それは本能による直感的なものだったのかもしれないが、とにかくいつでも戦えるように改めて構えていく。
「……」
 しかしサクは対照的に体から力を抜き、無言のまま手を前にかざしていく。 それと同調するように、体の紋様は強く輝いていった。
「ガァッ……!」
 二対の強化龍人達はそれを見ただけで緊張してくが、その後には何も起きる様子はない。 辺りにはただ、静寂だけが漂っていた。
「……?」
 そのせいで強化龍人達はもちろんの事、トウセイ達も何も起きないのを不思議がっていく。
 だがサクが手をかざしてから数秒くらい間を置いた後、地面は激しく揺れ出した。
「グゥァアッ……!」
 さらに辺りには大きな音が響き、強化龍人達の足元の地面はひび割れていく。
 そして次の瞬間にはそこから天へと伸びていくように、太い木がいきなり大量に生えていった。
「グァァ!」
「ガハァ……!」
 圧倒的な木の量によって、強化龍人達は瞬時に木の奔流に呑みこまれていく。 それはいくら強靭な肉体を持っていようと、抗いようのないものだった。
「半分同士なら、あっちと土俵は同じ」
 サクは前を見据えたまま、真剣な顔つきで手をかざし続けている。 紋様は思いに応えるかのように、ずっと輝きを保ち続けている。
「龍の力。見せつけてみろ……!」
 そしてそう言いながら力を込めるサクには、いつもとは違う人格が見え隠れしているかのようだった。
「グウゥゥアアア……」
 それからなおも太い木々は、強化龍人達を埋め尽くすように生え続けている。 必死でそこから抜け出そうとしてはいるが、その姿もすぐに見えなくなっていく。
「グゥアア……」
 さらに凄まじい速度で成長していった木々は、強化龍人達を内部に抱えたまま天に向けて伸び続けた。 勢いは自然のものとは似ても似つかぬ、尋常ならざる勢いをしている。
 やがて動きがようやく止まった時にはもはや強化龍人の体の一部、いや欠片すら見当たらない。 最後にその場に残っていたのは、二本の巨木だけだった。
「……」
 トウセイやソウガ、フドなどそこにいる全ての者は目の前の光景にただ圧倒されている。
 誰もが緑色の紋様の輝きに彩られるサクと、持ち合わせている龍の力の強大さに息を呑んでいた。
 辺りはまるで時が止まったかのように静寂に包まれ、言葉を発する者はいない。 それどころかわずかに手足をよじらせる事もせず、全員が改めて龍の偉大さを思い知らされていた。
「ふぅ……」
 それから少しして、サクは溜息と共に声を漏らす。 そして目を閉じながら、上げっ放しだった手をゆっくりと下ろしていく。
 サクがそうする事によって、辺りの緊張感に溢れていた空気はようやく弛緩していった。
「やったね。見てた、トウセイ?」
 そのまま背後に勢いよく振り返ると、いきなり笑顔を見せる。 すでに体からは紋様の輝きは消え失せ、表情は明るく元気なものに戻っていた。
「僕、凄かったよね。あれが龍の力なんだよ!」
 さらにかなりはしゃいだ様子で、一人で騒ぎ立てている。 その様は先程の落ち着き払った姿を見た後だからか、余計に子供らしく見えていた。
「全く……。いくら龍を倒す程の力を持とうと、あのざまでは迫力も形無しだな……」
 間近から見ていたトウセイは衝撃も相当なようだったが、緊張も解けてきたらしい。 今はただ、嬉しそうに飛び回るサクを眺めながら呆れるように呟いていた。
「龍を倒した……。あいつがか……!?」
 ソウガも動揺した様子だったが、さらに驚きを隠せずに呟く。
「あぁ。今のあいつはもう人というより、龍に近いのだろうな。その思考も、持ち合わせた力も……」
 トウセイは頷きつつ、静かに呟いていく。 すでに自身の体から紋様は消え失せ、じっとその場に立ち尽くしている。
 そんな時、サクはトウセイやソウガの反応が芳しくないのも気にせずにまだ一人で嬉しそうに跳ねていた。
 しかしそれを見つめるトウセイの背中はいつになく寂しげで、サクが遠くに行くのを惜しんでいるかのようだった。
「あいつが、龍を……。そうか、そこまで……」
 そしてソウガはまだ驚いた様子で、目を大きく見開いている。 心中に去来する思いは定かではないが、何かを深く考え込んでいるのは確かのようだった。
「あ……」
 サクはその頃には一通り騒ぎ終え、二本の巨木の前で足を止めていた。 さらに間近から見上げつつ、おもむろに近づいていく。
 それは巨木の中にいる龍人達の身を案じているのか、自分の力の事を考えているのか分からない。 ただ黙ったまま、じっとその場に佇んでいた。
「でも半同化か。あんな便利なものがあるなら、もっと早く教えてくれれば良かったのに」
 やがて目を細めると、先程の事を思い出しながら呟く。 その言葉は、すぐ隣にいる相手に向けられたもののように思える。
「サク。お前はどうしても完全同化を選ばぬつもりか。半同化が成功したからいいようなものの、先程は死んでいてもおかしくなかったのだぞ」
 木龍はそれに答えるかのように現れると、そう口を挟んでいく。 言葉は厳しいもので、口調や表情もやや険しかった。
「うん。君が消えるかもしれないのにそう簡単には決められないよ。だから、もう少し待ってくれる?」
 だがサクも聞き入れる様子はなく、少し表情を曇らせながら言う。 表情はどことなく悲痛な感じがして、いつものような軽い態度などは窺えない。
「……分かった。我はそれで構わない。お前の思う通りに動くがいい」
 木龍もそれに気付いているからか、真剣な表情で答えていった。
「うん……」
 頷くサクは強く異論を挟まず、自由にしていいと言われたのが嬉しそうだった。 それだけ自分を信頼してくれるのだと分かったからか、少し緊張が解けて微笑んでいる。
「だがな、サク。半同化とは完全な龍になる方法ではない。半端な人の体で龍の力を扱うという事は非情に危険なのだ」
 しかしすぐに木龍は口うるさく言うと、険しい表情のまま警鐘を鳴らしてきた。
「あれはあの時だけの、言わば緊急措置。急場しのぎの方法であり、今後は使うな。お前の体をいたずらに酷使するだけだからな」
 さらにそう言い、念を押すようにじっと見据えていく。 その訓戒からは心配している気持ちが伝わってくるが、やや力が入り過ぎているように感じられる。
「もう、木龍……。僕の思う通りにするんじゃなかったの?」
 サクも少し大げさだと思ったからか、不満気に口を尖らせていった。
「う、うむ。そうだったな……。だが、サク。いざという時は決断する事を恐れるな。楽な方へと目を背けてはならない」
 木龍も自分の行動を省みたのか、横に目を逸らすと口をつぐんでいく。 それでも最後に確認をするのは止められなかったのか、静かに話し始めていった。
「うん。分かってる……」
 サクは諭すような言葉に対し、目を伏せながらじっと聞き入っていく。
「例え何を失う事になっても構わぬと、お前はすでに決断したはず。後はそれをもう一度するだけだ」
 さらに木龍はサクを真正面から捉え、厳しいながらも真剣な様子で言った。
「そうだね。もう逃げるのは終わりにするよ」
 サクはそれを聞き終えると、静かに目を瞑りながら深く頷く。 次に顔を上向かせると今一度、巨木の方を見上げていった。
「ここで君にもう一度誓う。僕は龍になる。悩み、迷うのはこれでお終いにする。だから後少しだけ、待っていてもらえるかな?」
 龍の力によって生み出されたものに触れつつ、大人びた顔で宣言する。 そして言い終えると、振り向きながら優しく微笑みかけた。
 その時になると、いつもと同じ雰囲気に戻っているようだった。
「あぁ。あともう少しだけな……」
 木龍はそれを見て静かに頷くと、眺める目を細めていく。 言葉や表情にははっきりと出ていないが、目元はどこか嬉しげに感じられた。
「あの時はただの子供の戯言と思っていたが……。強い意志と心。それさえあれば人は、本当に変われるものなのだな……」
 一方で両者のやり取りを離れた場所から眺めていたソウガは、まだ深く考え込んだ様子で呟いている。 さらに言葉を発しながら、自分の両の手をじっと見つめてもいた。
 ソウガが最初にサクと出会った時、そこにいたのは龍になりたいと言うただの子供だった。
 だが少し見ない内に一気に成長した子供は、今や龍を倒して龍に近づきつつある。
「だとすれば俺も……。いや俺だけではなく、龍人全てが……」
 ソウガは今の自分とサクの違いを感じつつも、可能性の大きさに希望を感じているようだった。 だからこそ手の平は力強く握られ、目は日の輝く空へと上向けられていた。
「サク」
 その時、トウセイは近づきながら声をかけていた。 時間が経って調子を取り戻したのか、いつもと同じ様子に見える。
「あ、トウセイ」
 サクはそれに気付くと楽しげな表情をして、くるりと回転するように振り返っていく。
「へへー、どう? 僕の事、褒める気にでもなった?」
 さらに嬉しげに言うと、トウセイの方へ駆け寄っていった。
 それは褒めてもらいたがっている子供のようであり、傍から見れば純真な普通の少年に見える。 とても先程のように凄まじい、龍の力を操れるとは信じられなかった。
「全く……。あぁなった所で、結局中身はいつも通りか……」
 トウセイも頭に手をやると、軽く溜息をつきながら呟いていた。 ただし口元は心なしか緩んでいるようにも見え、変わらない姿に安堵しているかのようだった。
「は、は……。私の、全てが……」
 その頃、平穏なトウセイ達とは対照的にフドは呆然としていた。 自信満々に送り出された強化龍人達も倒され、力なくへたり込む様からは先程までの自信など欠片も見られない。
「あそこまで強化と調整が完璧に出来た龍人は……。もういないというのに……」
 ただ哀れさの固まりとなって顔を俯かせ、地面に向けてぶつぶつと呟いているだけだった。
「本当に強くなったな、お前達は」
 丁度その頃、ソウガもサクの方へと近づいて声をかけていた。
「ふふ、これでもまだ半分なんだけどね」
 サクはまたもや得意げな顔で振り向き、そう答える。 フドと違って深い自信に裏打ちされた表情は、とても幸せそうなものに見えた。
「そうか、半分か。そいつは恐ろしいものだ」
 ソウガも嬉しそうな笑みにつられたのか、柔らかな表情で答える。
「……ところで、あいつ等は大丈夫なのか?」
 しかしすぐに浮かない顔をすると、巨木の方を見つめてそう言った。 心配そうな視線は、未だに木の中に囚われている一号と二号に向けられている。
「うん、たぶん生きているよ。ある程度は隙間を作っておいたから、息も出来ると思うし……。この木を切り倒せば助け出せるんじゃないかな?」
 サクは巨木をじっと見つめながら、おもむろにそこへ向けて歩いていく。 そして見上げると、幹にそっと触れながらそう言った。
「そうか……」
 ソウガはそれを聞いて安堵したのか、目を瞑って静かに頷く。
 ようやく戦いは終わり、辺りに静寂が訪れたかと思われていた。
 だが次の瞬間、サクの眼前にある二本の巨木がわずかに軋む音を立てていく。
「え……!?」
 サクが驚いた表情で見つめると、その音はどうやら巨木の内部から聞こえているようだった。


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