第13話 光


「そう……」
 センカはゆっくりと目を開きながら、かつての出来事に思いを馳せている。 だが表情は曇り、あまり良い気持ちではないように見えた。
 前に向ける視線の先には、昔とほとんど変わらぬ教主の姿がある。 姿や雰囲気はどこか神がかっており、周りにある全てのものを暖かく輝かせているかのようだった。
 その姿を一目見た人間は誰もが驚嘆や畏怖といった感情を覚え、自然と跪いていく。
 教主とセンカが歩いた後ろには、大勢の人間が地べたに這いつくばっていた。
「あの時の教主様は、私にとって闇の中に現れた一筋の光明。いえ、先の見えない暗黒の中でも輝く星そのものだった」
 センカは後方を進みつつ、小さな声で呟いている。 前方をじっと見つめる瞳は、かつてと何ら変わっていない。
「それは視界の効かない中でとてもよく目立ち、見ているだけで暖かい気持ちに包まれていった。でも今は……。とてもそんな気持ちには……」
 だが自身の心の内は変容しているのか、表情はどこか重苦しかった。
 そのために自然と俯きながら呟き、気が付いたらその場に立ち止ってしまっていた。
「どうしました、センカ? 行きますよ」
 教主はそれに気付いたのか、立ち止まって振り向くと声をかけてくる。
「あ、はい……」
 センカは小さく声を上げると、思い出に浸るのを止めて慌てて歩き出していった。
「さぁ、こちらです」
 教主はそれを見ると再び歩き出し、外を歩くために履物に足を通す。
 センカもそれに続いて、二人は建物から外へと出ていった。
「ニンネ様……」
 だが顔はやはり悲しげで、何かに躊躇するかのように足取りは重かった。
「光の源だと……? この魂を揺さぶるような感覚は一体……」
 一方で背後にいる光龍も、正体の分からぬものに動揺している様子だった。 それはらしからぬ姿であり、珍しいくらいにうろたえているように見える。
「くっ……。何なのだ、それは……」
 そして教主の背中を眺めながらなおも言っていたが、ここで止まっていても答えなど得られはしない。
 そう思い至ったからか、どこか心を乱した様子ながらもセンカの後ろをついていった。

「お前は……」
 トウセイは自分の目の前にいる相手を見つめ、心底驚いているようだった。
「龍人……?」
 サクも同様に目を見開き、驚愕した様子で言葉も少なげだった。
 そしてそんな二人の前にいるのは、普通の人間ではない。 全身は鱗に覆われ、筋肉で肥大した体は普通の人とは似ても似つかなない。
 眼光は異様なまでに鋭く、纏う雰囲気は刀のように研ぎ澄まされている。 そこにいたのはかつてトウセイと戦い、どこかに旅立っていった龍人だった。
「あ、やっぱりそうだ。見た目がそっくりだから分かりにくいけれど、あの時の龍人だよね? 元気だった?」
 まだ驚きながらもサクは正体に気付いたのか、近づくと体に馴れ馴れしく触れていく。
「あぁ、だが……。俺は龍人ではない」
 龍人は見下ろしながら、深く息を吸って一呼吸置く。 そして次に小さな手を受け止めると、真剣な様子で言った。
「え?」
 サクは少し怒ったような口調や雰囲気に、戸惑ったような反応を見せている。
 それはすぐ後ろにいるトウセイも同様で、不思議そうに龍人の方を見つめていた。
「俺の名はソウガだ。これからは間違えるな」
 直前までと違い、以前に会った時よりも殺伐としている風に思える。
「あ、うん。そうなんだ……」
 サクは豹変した態度にまだ少し戸惑っているようで、小さく答えを返して浅く頷いていた。
「ところで……。お前達はここで何をしているんだ?」
 次にソウガは気を取り直すと、遠目にある龍神教の敷地の方に目をやる。
 どうやら元々、龍神教の方に用事があったから来ていたらしい。 視線には強い憤りや怒りの感情が含まれ、並々ならぬ闘志に満ち溢れている。
「あ、そうだよ。その事なんだけれどね……」
 サクはそれを聞くと思い出したように身を屈め、藪の隙間から再び敷地の方を見ていった。
 トウセイもそれに倣い、同じように藪に身を隠す。
 それを見たソウガも逡巡した後、同じように身を低くしていく。 しかし当然ながら、大きな体が完全に隠れる事はなかった。
 それでもひとまずは三人は藪の中で、これからどうするか話し合おうとする。
「あの中にセンカが入っていったから、僕達も後を追いたいんだけれど……。見張りがいるから、とりあえず様子を窺っているんだよ」
 サクは慎重に辺りに目をやりながら、少し声を抑えて話していく。
「あの見張りをどうするか、考えないとな……」
 トウセイはそう呟きながら目を細め、敷地の入口の方を見つめていた。
 そこにはまだ門番の姿があり、人間相手に龍の力を使う訳にもいかないので正面から突破するのは難しそうだった。
「だがいつまでもこうしていても何も状況は変わるまい。こんな意味のない事、続けるだけ時間の無駄だ」
 ソウガはそんな二人に呆れたように言うと、自分は堂々と前に出ていこうとする。
「やめろ。真正面から行ってどうする気だ。まさかあそこにいる全員と戦う気か?」
 だがトウセイは慌ててその場に押し留めると、そう言って宥めようとした。
「ふむ……」
 ソウガはそれを聞くと納得したのか元の位置に戻り、何かを深く考え込んでいる様子だった。
「どうするの、トウセイ……? 何かいい考えは浮かんだ?」
 サクはそれからも何か方法がないか模索したが、特には思いつかなかったようだった。
「いや……」
 トウセイは横から向けられる視線に対し、顎の辺りに手を当てて悩む声を返すだけだった。
「はぁ……。行き当たりばったりじゃ、そうそううまくいく訳はないよね……」
 サクはそう言いながら溜息をつき、視線を外してソウガの方を見ようとする。
「ん? あれ……? ねぇ、トウセイ」
 そして何度も辺りを見回していくが、そこには誰の姿もない。 つい先程まで自分の側にいた、あれ程の巨体が全く見えなくなっていたのである。
「どうした。ん……!?」
 トウセイは慌てる声に気付き、同じように辺りを見回すがやはり誰も見つけられなかった。
「まさか……!」
 その直後、二人は同時に全く一緒の結論に至ったようだった。
 二人は鏡写しのようにそっくりの動きで、敷地の方へと一気に顔を向けていく。 すると先には予想通りに、悠然と歩いていく巨体があった。

「……」
 ソウガは見張りが守っている入口からは少し離れた位置にある、木で作られた分厚い外壁の前にいる。
 次に自分の顔の前に握り拳を持ってきて、力を込めて強く握り締めていく。 目と体には活力が漲り、骨が鳴る小気味いい音が連続で響いていった。
「あ、ちょっとぉ……!」
 サクはそれを見ると慌てて立ち上がり、藪から顔を出して止めようとするがとても間に合いそうにはない。
「おぉぉっ……!」
 一方でソウガは躊躇う事もなく、力の込められた拳を思い切り高く振り上げていく。 頭上から降り注ぐ太陽の光によって、木の壁には巨体の影が映っていった。
 そこから伸びる拳の影は一瞬で木の壁に近づき、凄まじい勢いを伴って激突していった。
 次の瞬間、何かが爆発したのかと思える程に強烈な音と衝撃が辺りに広まっていく。 破片や埃が舞い散った後に残った木の壁は、ソウガの力に耐え切れずに粉々に砕け散っていった。
 一見するとかなり堅牢そうに見えていた木の壁も、今や大きな穴が開いてしまっている。
 ソウガはそこに自らの巨体を押し込めると、堂々と内部への侵入を果たしていった。
「あーあ、もう……。仕方ないなぁ……」
 しばらく呆気にとられていたサクも、それから背中が見えなくなると諦めるように溜息を吐く。
 そしてもう隠れる必要のなくなった体を藪から出し、とぼとぼと歩き出していった。
「意味のない事、か。確かにあいつに偵察なんて必要ないな。おかげで何もかもぶち壊しだ……」 
 トウセイも今までで一番深い溜息をつくと、刀に手をかけながら立ち上がる。
 視線の先ではソウガという侵入者に気付き、門番達が揃って敷地内に戻っていく。
 二人はその後へ続くかのように、誰もいなくなった正門へと向けて歩き出していった。


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