第12話 追憶


「あ、サク君……」
 丁度その時、センカが向こうから姿を現す。
 ホウテンと別れた後からずっと探していたのか、この場の雰囲気とは真逆に明るい表情を浮かべていた。 そしてそのまま、意気揚々と近寄ってくる。
「僕は龍になる。ならなくちゃ、いけないのに……」
 一方でサクは、背後からひっそりと訪れる足音に気付く様子はない。 他に誰かいるなど思いもせず、そのまま言葉を呟いていた。
「……サク、君?」
 そしてセンカは近づく途中で、様子がおかしい事に気付いたようだった。 不審に思うと歩く速度を緩め、様子をじっと窺っていく。
「ねぇ、木龍。僕が龍になったら、この気持ちも失ってしまうの? 君の事も、忘れてしまうのかな?」
 サクは悲しげな声を出し、肩を小刻みに震わせていた。 それでも目からは、決して涙は出てこない。
「君はかつて僕を孤独から救い、ずっと側にいてくれた。僕は君を失いたくない……。君が消えてしまうなんて、嫌だよ……」
 だがまだ感情の残ってる内に、自分の思いを精一杯ぶつけようとしていた。 顔を俯かせて声を絞り出す姿は、それでしか感情を表現出来ないかのようにとても苦しげに見える。
「……サク。すまん」
 木龍は見ていられないかのように、頼りなく両の目を静かに閉じていった。 その行動はまるで逃げるかのようであり、あまり木龍らしくはない。
 そう訴えかけるかのような視線を向け、サクはなおもじっと見つめ続けていく。
 しかし木龍はそれに気付きながらも、一向に答える様子はない。
 センカが見つめる先では、いつもとは全く違う異様な空気が流れていた。
「サク君……」
 それを目の当たりにすると戸惑いつつも、顔を覗き込んでいく。
 だが心配そうに様子を窺うセンカに対し、サクは何も答えはしなかった。
「大丈夫ですよ」
 それを見たセンカは、そう言いながら背後から体を抱き寄せていく。
「センカ……」
 サクはその行動に驚きつつも、無下に跳ね除けるような事はしなかった。 あるいはそれだけ、心細さを感じていたかもしれない。
「何があろうと、サク君はずっとサク君のままです。変わる事なんて有り得ませんよ。だから、そんな悲しそうな顔しないでください……」
 センカは優しく微笑みかけると、間近からはっきりと言い切っていく。 自身もどこか辛そうな顔をすると、抱く手には力が込められていった。
 そこにはサクを心配する、純粋で疑いようのない気持ちが含まれている。 それは暖かな体温を通じて、ゆっくりと染み込んでいくかのようだった。
「でもっ……」
 しかしサクはそれでも、未だに落ち込んだままだった。
 それは直に触れているセンカにも、はっきりと感じられている。 サクの悲痛な表情や声の震えからは、心の中にある不安がそのまま伝わってくるかのようだった。
「大丈夫です。きっと何か方法がありますよ。一緒に考えましょう? 私やロウさん、トウセイさんと……」
 だがセンカはそう言うと、努めて明るく笑いかけていく。 ただし言葉にはあまり根拠はなく、自身でも不安げに思っているようだった。
 そのために元気づけようと何とか頑張ってはいるが、あまり自信はないように見える。
 サクにもそれは伝わっているのか、励ましとも慰めともつかない言葉に納得出来ずにいるようだった。
 そしてその場には再び、気まずく重い空気が流れていく。
 だが丁度その時、それを打破するかのように二つの人影が現れた。
「あれ、どうしたんだ?」
 まずその場に現れたのはロウであり、いつもと明らかに違う場の雰囲気に驚いているようだった。
 後ろからはトウセイも現れ、怪訝そうな顔をして一緒に近寄ってくる。
「あ、あの……」
 センカはそんな二人に対し、今の状況をどう説明したらいいものか悩んでいるようだった。 とりあえずはサクから離れたが、焦りのせいで考えは纏まらずに口もうまく動いてはくれない。
「何だ、泣かせでもしたのか?」
 トウセイはただ慌てるだけのセンカを見ると、淡々とした表情で尋ねてきた。 それは真っ先に話の核心を突こうとしているもので茶化すつもりなどはなく、トウセイらしいと言える。
「ち、違います。私はサク君を泣かせていませんよ……!」
 しかしそれはセンカにしてみれば身に覚えのない事であり、手を振り回して即座に否定していく。
「確かに泣いてはいないみたいだけど……。でもどこか雰囲気がおかしいな……?」
 ロウはその反応を見ると、何故か深刻そうな顔をして疑うような目を向けていった。
「え!? それは、その……」
 センカは視線を受け止めつつ、どう答えたものか思案を続けている。 サクに関する事情を詳細に語っていいものか悩んだようで、瞬時に答えを出せずに言い淀むだけだった。
「言えないって事は、やっぱりセンカが何かやったんじゃ……」
 ロウはそれを見るとますます疑惑を深め、最早完全に疑っているかのように表情を険しくしていく。
「い、いえ! だから、違いますって……! 私はですね、えっと……」
 対するセンカはというと、一向に信じてもらえない事態にどんどん焦り出していた。
 言い訳をするつもりはないが、とにかく何かを説明しようと必死になる、 だがなかなかうまい言葉が見つからず、目を右往左往させながら手や口をただ動かすしか出来ずにいた。
「ふふ……。あぁ、分かっているさ。そんなに取り乱すなよ」
 やがてロウは口元に手をやり、笑いを堪えながらそう言った。
「え……」
 だがセンカは初めの内は、何の事か分からずにいるようだった。
「センカが変な事をするなんて初めから思っていないよ。冗談だってば、ははっ……」
 ロウはそれを見ると説明をしていくが、なおも抑え切れない笑いが漏れていく。
「ぁ……。もう、ひどいです! 私をからかっていたんですね!」
 数秒の間をおき、センカは完全に理解したようだった。 一気に憤慨すると、顔を赤くして詰め寄っていく。
 あまり迫力はなかったが、どうやらかなり怒っているようだった。
「ははは、悪かったよ」
 ロウは先程とは打って変わって、明るい笑顔を見せている。 そこには疑念など欠片もなく、初めからセンカの事は信じていたようだった。
「何なんですか、二人して! ひどいですよ!」
 しかしセンカの憤慨はなかなか収まらず、次に何故かトウセイの方へも怒りが向けられていった。
「いや、俺は何もしてないだろうが……」
 対するトウセイは溜息を突きつつ、それを避けようとするがセンカは聞く耳を持たない。
 いつになく怒り心頭でそのまま文句を言い続け、ロウやトウセイは宥めるのに大層苦労していた。

「成程。そんな事があったのか……。サク、何かあるのなら気軽に相談してくれていいんだぞ?」
 それから少し経った後に、ロウは落ち着いたセンカから事情を聞いたようだった。 納得するように頻繁に頷くと、難しい顔から一転した穏やかな雰囲気を向けていく。
「いいってば、別に……」
 だがサクはそれに迎合せず、つっけんどんに返していくだけだった。
「本当に大丈夫なのか?」
 ロウはそれでも気遣うかのように、そう言って顔を覗き込んでいく。
「いいって言っているでしょ。しつこいってば……」
 しかしサクは不満気に口を尖らせ、顔を逸らしていくだけだった。
「ごめん、ごめん。でも、あまり元気のないサクって珍しいからな。ちょっと気になっちゃってさ」
 ロウは苦笑しながら謝りつつ、顔を掻いていく。
 誰かのために何かをしようと思い、そのように行動する。 それはツクハを倣った、ロウの信条のようなものだった。
「そういえば、ロウってそういう奴だったっけ……。本当にお人好しなんだから……」
 サクもそれを思い出したのか、少し気まずそうな表情で目を伏せていく。 さらに鼻をすすると、両目の辺りをごしごしと手で擦っていった。
 ただしそこはいつまでも湿り気がなく、今までずっと乾いたままだった。
「えーっと……。そろそろ食事の支度をしませんか? もうすぐ日が暮れてしまいますよ」
 その時、センカが手を上げるとそう言ってくる。 どこか落ち込んだ辺りの空気を払拭するかのように、心なしか明るい声をしていた。
「そうだな、だったら久しぶりに俺が料理をしようか?」
 そしてそれに追随するかのように、ロウも明るく提案していった。
「え、えぇ……!?」
 だがそれを聞いたセンカはかなり驚いたような声を上げると、絶句してしまう。
「冗談だろう……」
 トウセイもまるで信じられないものを見るかのように、目を大きく開いていった。
「何でそんなに驚くんだよ。傷つくなぁ……」
 ロウはそんな二人に対し、不満気な視線を送りながら呟いていく。
「い、いえ。特に意味はありませんよ、あははっ……」
 センカは誤魔化すように目線を横に動かすと、乾いた笑いをしていった。
「いや、お前の料理を食うくらいなら次の町まで干物で凌いだ方がましだ」
 一方でトウセイは真顔のまま、辛辣な物言いをする。 前回のロウの料理が余程堪えていたのか、センカの努力をふいにするとしても一切の迷いはなかった。
「い、いくらなんでもそれは言いすぎだろ」
 ロウも一応は自覚があるが、さすがに心外だと思ったらしい。 すぐに反応すると、そう言い返していった。
「そうですよ、トウセイさん」
 センカもそれに加勢する気か、険しい顔をして歩み寄っていく。
「む、そうか……?」
 トウセイはわずかに押されるが、あくまで悪気はなかったのか純粋に戸惑いの表情を浮かべている。
「センカ……」
 それを見たロウは、自分を庇うかのような言動に感動しているようだった。
「えぇ。干物だって立派な食べ物なんですから、そんな言い方は失礼です」
 しかしその直後、センカはトウセイ以上にひどい事を口にしていく。
 そしてさらにたちの悪い事に、自身はトウセイ以上に悪気がないようでもあった。 発言後に胸を張ると、ロウの方へ自慢げな視線を送ってすらいた。
「そっちかよ……」
 ロウはそれを見て文句を言ってもしょうがないと思ったのか、ただがっくりと肩を落としていく。
「ふふっ。もう、皆は本当に……。悩んでいる僕が馬鹿みたいじゃないか」
 一通りの騒ぎを間近に眺めていたサクは、顔を俯かせて呟いている。 ただ呆れたような声を出しつつも、口元はわずかに微笑んでいた。
 だが今までのように感情をさらけ出し、大声で笑うような事はしていない。
 目を閉じたままでまだ何かを考え込むかのように、それからもずっと静かなままだった。


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