「人間ではないってどういう事? じゃあ、彼女は素体なの?」
ツクハは訳が分からぬまま、もう一度問うていく。
「違う」
闇龍はそれにあっけなく答えると、静かに目を閉じていった。
「人でも素体でもないなら何だって言うの? はっきり言ってよ……」
だがツクハは混乱が収まらないのか、なおも悩んだ様子だった。
「龍の肉。それは人の体を作り変えるもの。一部の人間の間では不老不死の秘薬として扱われていたようだな。そしてその効力に目を付けた者によって、龍人が作られた」
闇龍はそれから神妙な面持ちをすると、ゆっくりと語り出していく。
顔つきはほとんど変わらぬままで、どこか深く考え込んでいる風にも見えた。
一方でツクハは威厳のある声が聞こえ出した途端に動きを止め、一言も聞き漏らさぬように集中していく。
険しく睨み付けるような目付きをしているのを見ると、内心が愉快でないのはすぐに気付く。
やはり人に対して好ましくない感情を抱いているのか、表立っての変化はないが機嫌が悪くなっているようだった。
「でもそれは、龍人以外にも思わぬ存在を作り出した。くすくすっ……。それがあたいって事よぉ」
その時、サニが得意気に言いながら話に割り込んでくる。
自分の体を指し示すと、自慢の一品を見せつけるかのように胸を張っていた。
「龍の肉で体が作り変わってしまった。龍人とは別の形態……? 何時の間にそんな事が……。でもそういえば、龍人を作っていた施設でそんな資料を見たような……」
ツクハは闇龍とは真逆で楽しげな様子のサニをじっと見つめ、口元に手を当てながら一人で考察を続けている。
つい少し前の出来事を目の当たりにすればその存在を信じられるが、まだ頭で完全に理解するのは難しいようだった。
「俺自身はお前と同化しているために単独では動けない。一応は力を使えば、他の者と接触を図る分身体くらいは作れるがな」
その時、闇龍が再び口を開いていく。
同時に疑問に答えるかの如く、紋様を浮かばせて自らの力を行使していく。
すぐ側の地面からは水が染み出るように闇が顔を出し、直上に伸びていった。
「だがあまり使い勝手が良くない。今のままでは言葉すら話せん始末だ。もっと同化が進めばあれよりましなものが作れるが、それには時間が足りない」
続けてそう言うと、闇は途中で自らの形を作り変えていく。
やがて大きさは人と同じくらいになり、形も人そっくりになっていった。
人の姿を模したような闇は、服などを着せた上で顔を隠せば人に見えなくもない。
確かに力を使ってこのようなものを作れば、遠くに離れた誰かと接触する事も可能そうだった。
ただ闇龍の言う通りに、本当に限られた事しか望めそうにない。
「だからある程度の戦闘力を備え、なおかつ自由に動かせる手駒を手っ取り早く増やそうと思ってな。こいつを作らせた」
そのためにすぐに人の形をした闇を消し去ると、そう述べていった。
「あははっ、まぁそう言う事。あたいには難しい事はよく分かんないけれどさ。面白そうだからそいつのお誘いに乗ったって訳」
続けてサニは頷きつつ、まるで散歩でもしてきたかのように気楽に話していった。
「こんな人……。いえ、人ではない何かを使役してどうする気?」
しかしツクハはそれにおもねる気はないのか、真面目な顔をして視線を揺らがせる事もしない。
サニは龍によって作り出された存在であり、自分とどこか似ている。
そう思ったからか、見つめる視線にもどこか哀れみが含まれているかのようだった。
「あらら、結構口が悪いねぇ。まぁ陰でこそこそと悪口を言われるよりは良いけどさ。ふふふふっ……!」
だがサニは気付いていないか、それとも初めから知ろうともしていないのかもしれない。
堪え切れぬように笑い出し、純粋にあらゆる物事を楽しんでいるかのようだった。
「あまりこちらも余裕がないの。それともお友達にでもなってくれるのかしら?」
それに対してツクハは、厳しい声と視線を返していく。
容姿だけではなく態度まで普通と違のを見て、闇の力で操られているかと探り出したようでもあった。
「冗談でしょ。でもまぁ、さっきの質問については聞きたいねぇ。あたいに何をしてほしいんだい?」
サニはそれでも態度を変化させず、今度は闇龍の方に視線を流していく。
「これから水龍の元へ向かうのだが先にも言った通り、現段階ではツクハとの同化に不安が残る」
だが闇龍は見返す事はなく、目を瞑ったまま答えている。
まるで他に考える事があり、側で喚かれるのを嫌っているかのようだった。
「へぇ……。じゃあ、あたいは助っ人って訳だ。それはいいけれど、どこまでやっていいんだい。相手をつい殺しちゃうかもしれないよ?」
サニもそれを見て何か思う所があったのか、わずかに目を細めていた。
その時に見せた態度は今までと少し違い、どこか尖った雰囲気がある。
空は未だに雨雲に支配され、しとしとと雨が降り続いている。
黒い雲は朝からずっと居座り、少なくとも夜までは雨が続きそうだった。
「……」
一方でツクハは表情を曇らせ、何か考えを巡らせているようだった。
視線は下がり、開かれた自分の手を見つめている。
手の平にはいくつもの水滴が落ちてきて、一見するとただの雨のように見える。
しかしそれはもしかしたら、すでに水龍の影響下にある事の証明の可能性もあった。
「好きなようにしろ。その辺りはお前に任せる。ただ、失敗は許さん。龍を相手にしても勝てる自信はあるのだろうな?」
やがて闇龍はゆっくりと顔を下げていくと、挑発めいた言葉を投げかけていく。
すでに相手の内心まで見抜き、どうすれば効率的に扱えるか理解しているかのようだった。
「もっちろん。あたいの技をたっぷりと見せてやるよぉ」
サニはすぐに勢いよく腕捲りをすると、煽るかのような言葉にやや過剰に応えていった。
「ふん、ならばさっさと行け。……と言いたい所だが、この霧はお前では突破出来んか」
闇龍は軽く鼻を鳴らした後に視線を外すと、町中へ目を向けていく。
いつからか辺りは濃い霧に包まれていたのか、視界がかなり悪くなっていた。
少し前までは行き交う人の姿を頻繁に見られたのに、今は人影などまるでない。
町自体の雰囲気も変わり、いつもとはまるで違う状況に陥っているかのようだった。
「そうみたいだね。残念だなぁ」
ただサニはそれでも笑顔のまま、楽しそうにくるくると回っている。
どこまでも楽天的な様子を見せ、警戒するという素振りさえ窺わせなかった。
「ならば屋敷まで案内してやれ……」
闇龍は呆れたかのように溜息をつき、自らは姿を消そうとする。
その言葉はツクハに向けられたものであり、いつもと同じならつぶさに反応が返ってくるはずだった。
「……」
だが今回に限ってはツクハは目立った反応を見せず、表情を陰らせて黙考している。
サニの事や水龍への対応で頭が一杯なのか、どこか上の空だった。
「ツクハ」
闇龍は気付くと同時に少し声を荒げ、もう一度呼んでいく。
「え、えぇ……」
それによってツクハはようやく反応を見せ、少し慌てながらも動き出していった。
「ちょっと、あんたぁ。ぼうっとしないでよねぇー? 本当に大丈夫なのぉー?」
サニは急いで歩き出す背を見ると後を追いかけ、文句を口にする。
どうやら初対面の者から見ても、先程の様子はかなり危うく見えたらしい。
目を細めて額にしわを寄せると、疑うかのような視線を向けていた。
「も、もちろんよ……! さぁ、行きましょうか」
それに対してツクハは強気に答えると、力強く前に進んでいく。
そして先程まで頭にあった考えを振り払うかのように、歩みはどんどん速さを増していった。
「はいはーい……。ま、頑張ってよね。あたいはこの体がどこまで出来るか試すだけ。それが終われば、後は自由にさせてもらおーっと」
サニはそれに対してふざけたかのような返事をすると、逆に歩む速度を遅めていく。
続けて誰にも聞こえないような小声でそう呟くと、小さく舌を出す。
手は警戒に動き、持っていた鎖を体に巻き付けていく。
やがて全てを巻き終えると悪事を企むかのような笑みを浮かべ、前を歩くツクハをじっと見つめた。
そこには他人を利用して使い捨てようという、邪悪な意思が介在しているかのようだった。
「ふん……。愚か者め。どちらが利用されているか、気付いた時には遅いだろうよ」
しかし闇龍にとっては、全てがとっくにお見通しだったらしい。
その上で何か特別な考えでもあるのか、サニと同じような表情をしていた。
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