第8話 火


「ふふ、それを誰の力だと思っているんだ? 紋様を持つ者など、所詮は俺が自由に操れる駒に過ぎないんだよ。さぁ、お前も俺に従え……!」
 一方で火龍は遥かな高みから見下ろし、あくまで楽しむように言い放っていく。
「く……! お前が弄んできたのは単なる駒なんかじゃない。人の命と人生、その全てだ。一体、どれだけ多くのものを奪ってきたと思っている……」
 だがトウセイはその言葉や、視線にも決して負ける気はないようだった。 逆に顔を上げていくと睨み返し、静かに怒りを高めていく。
「俺は奪われていった人達の分も抗い続ける。決してお前には屈しはしない! 例え、力がなくとも……!」
 そして強い意志と共に刀を両手で握り締めると、正面に向けて構える。
 どうやら火の紋様が使えなくなろうとも、刀を使って直接火龍と戦おうとしているらしい。
 しかしそれはあまりに無謀であり、万が一にも勝ち目などないように思える。
 火龍にとっても今の状況は、トウセイを返り討ちにする絶好の機会のはずだった。
「そうか。なら、やってみせろ」
 それでも火龍はそう言って嘲笑すると、再びトウセイを楽しげに眺めていく。
 するとその瞬間、トウセイの体には再び赤い紋様が浮かんで輝き出していった。
「これは……。一体、どういうつもりなんだ……!?」
 トウセイからすれば一度は取り上げられた武器をまた与えられ、万全の状態に戻されたに等しい。
 だがそうされる理由が思いつかず、龍の力が高まる半面でひどく戸惑っていた。
「ふん。お前の火の力など、ほんのわずかなものに過ぎん。だがまぁ舞台を盛り上げ、俺をまだ楽しませる事は出来るからな」
 対する火龍はそう言うと今度はリヤを眺め、余裕の態度を保っている。
 自身と相手の力量の差を分かっているからこそ、先程に与えた力程度ではどうしようもないと高を括っているのかもしれない。
「さぁ、最後の幕が開く……。兄弟同士で、死ぬまで争うがいい! くはっはっはっは!」
 その後には天を仰ぎ見るようにして上を向くと、両腕も高く上げながら周囲の火を踊り狂わせる。
 そして高笑いと共に一気に爆発的に自身を燃焼させたかと思うと、その後には跡形もなく消えていった。
 残されたトウセイは翻弄されたまま、次にどうすればいいのかも思いつかない様子である。
 本来ならば火龍にいちいち付き合う義理はないが、リヤが火龍と同化している以上は放っておく訳にもいかない。
 次にリヤの方へ視線を向けると、ゆっくりとだが動き出していた。 どうやら火龍がいなくなった事により、自らの意識を取り戻したらしい。
「ぅ、僕は……」
 それでもまだ意識が朦朧としているのか、頭に手をやったまま少しふらついている。
「兄さん……」
 トウセイはその姿を眺めながら刀を握り締めるが、まだ決心がつかないのかそれ以上は動く事は出来ずにいた。
「そうか……。さっき、体を乗っ取られて……。くっ、火龍め……。また勝手な真似を……」
 やがてリヤの虚ろだった瞳には再び色が戻ってきて、前方へと焦点を合わせていく。
 ただしまだ不調なのか、苦しそうに呟きながら床に膝をついていった。
「ぐ、うぅぅ……」
「あぁぁぁぁぁ……」
 その時、広場の隅の方から倒れていた龍人達の呻き声が聞こえてくる。
 彼等は先程に放たれた火によって深刻な火傷を負っていたはずだが、驚異的な生命力によって全員がまだ生き長らえているようだった。
 しかしなかなか傷が深いのか、どの龍人も弱って立つ事すらままならないでいる。
「こいつ等は……。僕達を、国を守らなかったくせに……。まだ、のうのうと生きて……!」
 一方でリヤはそんな龍人達、いやかつては火の国の兵士だった者を見ると激しい敵意を燃やす。
 その強い怒りはすでに取り払う事は出来ないのか、それから躊躇なく紋様の輝く腕を振り上げていく。
 するとリヤの感情をはっきりと形にするかのように紋様が反応し、その頭上に歪に揺らめく火球を作り出していった。
「僕はお前達の存在を許さない。今すぐ駆除をしてやる……。覚悟しろ……!」
「待て! 兄さん、やめろ!」
 次にリヤは火球を龍人に振るおうとするが、トウセイはそれを止めようと駆け出していく。
「邪魔を、するなぁぁぁ!」
 だがそれに気付いたリヤは、とっさに標的を変えてトウセイの方へ目を向ける。
 同時に先程に上げた腕とは反対の腕を振るうと、トウセイの眼前には横に走る火が走っていった。
 それはトウセイを阻むかのようにその場に立ち塞がり、火の壁とでもいうべきものとなっていく。
「ぐわっ……」
 トウセイはかつて幼い頃に見たものと同じものが眼前に展開され、それに阻まれると立ち止まるしかない。
「僕は……。お前の力を手に入れて、火の力を完全なものにする……。そうして、手に入れる。取り戻すんだ……。よこせ、力をっ!」
 一方でリヤは意識が混濁しているのか、視線もおぼつかない様子だった。
 ただしそうなっても火の揺らめく向こう側にいるトウセイを眺め、冷静さを失ったまま叫び続ける。
 それと同時に右肩を除く全身に赤い紋様が輝くと、持ち得る火の力の全てが組み合わされていった。
 まずは火蔵によって大量の火が生み出され、先程の火球を呑み込んでいく。
 次に火が生き物のように唸りを上げると、およそ自然の状態では有り得ないような激しい燃え方をしていった。
 それは恐らく爆炎を使ったようで、一歩間違えれば火を操る自身が蒸発してしまうのではないかと思える程である。
 そしてかなり濃密な熱気を辺りに広げながら、久遠によって火を巨大な塊に仕立て上げていく。
 やがて頭上に出来たものは最早、地上に現れた小型の太陽といってもいいくらいのものだった。
「何だ、あの火は……!? 俺の力とは段違いだ……。あれが火の紋様の本来の力なのか? あんなものを食らったら、一瞬でお終いだ……」
 トウセイはそれを見つめながら、滝のように流れる汗を拭う事もせずに前方へ意識を向けている。
 すでにその場は呼吸がし辛い上に、ただ立っているだけで汗が際限なく吹き出してくるらしい。
 もう辺りは長時間留まっていられるような環境ではないが、少しでも気を抜けば火の餌食になるだけである。
 そんなトウセイの体はよく見ると震えていたが、単に恐怖を感じていただけではないらしい。 その証拠に転身する素振りすらなく、戦う意思を示すかのようにしっかりと刀を握り締めていた。
「そうだ。言い忘れたな、これが甲火だ。これがあれば僕は火に関するあらゆる影響を無効に出来る」
 一方でそう言うリヤの体には、ぼんやりと光る薄い膜のようなものが張られている。 それは全身をくまなく覆い、そのおかげでこれまで火傷一つ負っていなかったらしい。
 次から次へと出される火の力はトウセイにはないものばかりで、それを見ていると改めて力の差を思い知らされる。
 よく見ればその力の影響は城にまで及んでいるのか、これ程までに火を使おうと全く延焼はしていなかった。
「分かるか、トウセイ? これで燃えるのは、お前だけなんだよ」
 そしてリヤ自身も感情を出し尽くして少しは落ち着いてきたのか、いつもの調子を取り戻している。 ただし顔には強張った笑みが浮かび、どこか狂気も感じられた。
 続けて直後には腕を一気に振り下ろし、それと同時に頭上にあった灼熱の火の塊が落ちてくる。
「くっ!」
 対するトウセイは圧倒的な熱量が、今にも自分に押し寄せてくるのをはっきりと感じていた。
 しかしそれをじっと待っている訳にもいかず、すぐに行動を落としていく。
 直後に素早く刀を振るうと、まずは上方に向けていくつもの赤い線を飛ばしていった。
 それらは灼熱の火の塊と比べれば、一つ一つは小さく見える。
 もちろんその程度では到底敵うはずがないように見えるが、すぐに灼熱の火の塊と正面からぶつかっていく。
 すると複数の赤い線は次々に爆発し、その度に激しい火を散らしていった。
 そして二人の火の力が激突している間に、トウセイ自身は外套を翻しながら床の方へ飛び退いていく。
 その直後に先程までトウセイがいた場所には凄まじい火力が降り注ぎ、何もかもを火で埋め尽くしていった。
 一方でトウセイはその余波に押されるようにして床を転がり、広間中を踊る火が収まるまで耐えていく。
「はっ……。火線刀火で火を散らしたか。あの短時間でよく思いついたね。だが所詮、お前の持つ力なんて出涸らしに過ぎないんだ」
 それを眺めるリヤは火による影響をまるで受けないまま、感心するように呟いている。
 トウセイが先程にした行動は圧倒的な力を前に、己の持てる力で冷静に対処しようとしたものらしい。
 それこそが複数の赤い線をぶつける事であり、そうする事によって灼熱の火の塊に対してわずかな時間の猶予が生まれる。
 そのとっさの機転により、トウセイは何とかあの凄まじい力を避ける事が出来たようだった。
 だが結果として直撃は防げても、全くの無傷という訳にはいかない。 トウセイは体の各所に傷を作り、今は床に這いつくばっていた。
「僕のように多くの火を生み出したり、操ったりする事も出来ない。そもそも火から自分すら守れない中途半端な力だ。そんなもの、持つ意味はないんだよ」
 リヤはそれを眺めながら嘲るような言葉を吐き、小馬鹿にするように笑っている。 その雰囲気や姿などはどことなく、火龍とそっくりになっているかのようだった。
「いや、こんな力でも出来る事はある。そう、兄さんを止める事くらいは……!」
 それでもトウセイは勢いよく立ち上がると、刀を握り直して立ち向かっていく。
「戯言を……。そんな事は有り得ない!」
 対するリヤはその強い意志が気に入らないのか、距離を詰めながら怒りと共に新たに火を放っていった。
「ぐ、ぉぉお……!」
 トウセイはそれを先程と同じように火の力で相殺しようとするが、うまくはいかない。
 例え一つの火を相殺する事が出来ても、その後に次から次へと新たな火が飛んでくる。
 リヤの持つ力はやはりトウセイとは比べ物にもならず、火力は桁違いで動きも自由自在だった。
 しかもトウセイの力はリヤに完全に無効化され、圧倒的なまでに開いた二人の力の差はどうあっても埋められそうにはなかった。
「どうした! 自分で言った事くらい、きちんとやってのけろ! それが出来ぬなら、いっそ潔く諦めてしまえばいい。そうなれば僕が、きっちり引導を渡してやる!」
 それでもリヤが手を抜く様子はなく、拳を握り締めて体を捻りながら思い切り引いていく。
 続けて一気に開くと同時に、生み出された火はリヤの手と同じ形になっていった。
「こんな、風にな……!」
 次にリヤはありったけの力を込めて手を押し出すと、同時に手の形をした火は一気にトウセイの方に押し寄せていく。
 圧倒的な力は今まで以上に強く、そして速い。 すでに反撃はおろか、回避も間に合いそうにはない。
 残された行動として、トウセイは外套を身に纏いながら防御に重点を置くしかなかった。
「ぐぁぁああ……!」
 そしてトウセイは今度こそ火の直撃を受けると、圧倒的な力の奔流に押し流されて後ろへ吹き飛ばされていく。
「ぐっ……。がぁぁっ……」
 それから再び床の上を転げ回ると、壁の付近でようやく止まっていった。
 その口からは自然と苦悶の声が漏れ、受けた衝撃のせいで痛みが延々と続く。
 もう辛い思いをしたくないのならばそこで諦める事も出来たが、トウセイにそうする気はないらしい。
「何もしなければ、こちらの負けだ。ただでさえ実力で劣っているのに、持久戦などやっていられるか」
 少しふらつきつつもすぐに立ち上がっていくが、服は所々が焼け落ちて体にはいくつも火傷を負っている。
 こちらは有効な攻撃など全く出来ていないのに、あちらからの攻撃ですでに体は満身創痍の状態になっていた。
「勝つには……。前に出るしかない……!」
 それでも目からまだ闘志は消えておらず、すでに体は動き出している。
 直後に刀を振り被るとリヤに向けて勢いよく振るい、赤い線を飛ばしていく。
「はん、お前には本当にこの程度の力と覚悟しかないのか。それでよくここまでやって来たな」
 しかし並大抵の力では、リヤに届く事さえない。
 つまらなそうなリヤによって軽く迎撃されると、その途中で簡単に相殺されてしまった。
「まさか僕を舐めているのか? 僕を劣った存在だとでも思っているのか? ずっとそういう風に見てきたのか!? ふざけるなよ、トウセイ……!」
 むしろ生半可な攻撃が逆鱗に触れたのか、リヤは鬼気迫る表情で再び先程の体勢を取っていく。
 手を開いて体を引くと、先程よりも巨大な手の形をした火を生み出していった。
 一人で怒りを募らせるリヤの目はひどく血走り、実の弟に対しても憎しみを全面に曝け出している。
「兄さん……!」
 トウセイはその変わり果てた姿を目にすると、どんどん表情を曇らせていく。
 すでに火龍と同化したリヤは、どうあっても元には戻らないかもしれなかった。
 一度でもそのような考えに至ると、もはや悲しそうな目で見つめるしかないらしい。
「くっ……」
 それでもやがて遂に覚悟が決まったのか、トウセイは刀を握る手に力を込めていった。
 すると次の瞬間には、腕に赤い紋様が浮かんでかなり強く輝いていく。
 さらにそれは輝きを保ったまま、手を伝いながら少しずつ刀にも流れていった。


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