第8話 火


「うーん、トウセイが変わっていないか……。でも、本当にそうなのかなぁ?」
 そんな空気の中でもサクだけは自分の調子を保ち、顔を傾げながら疑問を呈している。
 一方で他の者はそれに気付くと、誰もが訝しげな顔をして注目していった。
「だってさ、トウセイは僕の事をよくいじめてくるんだよ。この前もあったでしょ。今だってあの時に叩かれた頭が痛むくらいなんだから……」
 するとサクはそう言って顔をしかめ、自分の頭を擦るように触っていく。
 ただしその様は見るからに大げさで、泣きそうな顔はしているがどこか嘘くさかった。
「それでもトウセイの心根が昔と一緒っていうならさ。きっと小さい頃から乱暴で、常に暴力を振るっていたんだよ。間違いないって!」
 次にころっと表情を変えたかと思うと、腕を組みながら強気に言葉を発していく。
 真実に到達したかのような言い草は自信に満ち溢れているが、鼻息を荒くする様はあまりに子供じみている。
「……」
 そのためにロウ達も呆れ返るしかなく、爺も突然の事に唖然とするしかなかった。
「はぁ、せっかくいい話だったのに……。そもそもあの時はサクがふざけすぎたり、不必要にトウセイを挑発したりするからだろ」
「そうです。いいですか。これに懲りたら、あまり人をからかったりしてはいけません。頭が痛いのはむしろ私達の方ですよ……」
 ロウはそれから深い溜息をつき、センカの方も頭を抱えるように手を当てていく。
 それでもサクの発言によって場の空気は弛緩し、緊張や不安などはほぐれつつあった。
「え? 僕、そんな事したっけ?」
 だがサクは周囲の反応が不可解なのか、ぽかんとしたまま顔を傾げている。
 どうやら本人からしてみれば不満を述べただけであり、特にふざけたつもりはないらしい。
 それでもサクの発言によって場の空気は弛緩し、少し前まであった緊張感も失せつつあった。
「あぁ、もう……! とにかく今はそんな事はどうでもいいんですっ。それよりも、早くトウセイさんを探しに行きましょう」
 しかしそんな時、センカの一喝によって再び辺りは緊張感を取り戻していく。
「おっと、そうだったな。じゃあ俺はまず、この先の様子を軽く見てくるよ。龍人の後を追えば、何かが分かるかもしれない」
 するとロウは意気込むように頷き、霊剣を携えながら歩き出そうとする。
「あ、でもロウさん。もしも龍人さんがたくさんいたら……」
「大丈夫。その時はすぐに戻ってくるって。というか、俺一人じゃ龍人に勝てるかどうかも怪しいしな」
「ロウさん、本当に無理はなさらないでくださいね……!」
 それを見たセンカが不安そうな視線を送る中、手を上げたロウは一人で軽快に駆け出していく。
 つい先日には合成龍という強大な敵に出会い、すでに何体もの倒れた龍人を目の当たりにしている。
 この後にどのような相手が出てきてもおかしくない状況だが、ロウはどこか生き生きとした様子さえ見せていた。
 それは誰かの事実になれるという事が、予想以上に充実した活力をもたらしてくれるからなのかもしれない。
「何と……。あの方はこのような危険な状況でまだ外を出歩こうというのですか?」
 一方で爺はその様子に対し、かなり驚いた表情を浮かべていた。
「そうですね。確かに自分達から危険に飛び込んでいくような事はしたくないですが……。ここにトウセイさんがいるのなら、放っておけません」
「うん。さっさと見つけないと、トウセイ一人じゃ何するか分かんないもんね。ただ、うーん。この広い国中を闇雲に探すってのもあれだよね……」
 センカはやや苦笑しながらそれに答え、サクも同様に頷いた後にふと考え込んでいく。
「若様を探される……。し、失礼ですが……。まさかあなた方も行かれるおつもりですか? この辺りにはまだ大勢の化物がおるのですよ」
 見た目にはただの子供しか見えない二人の言葉に対し、爺は先程以上に驚きを浮かべていった。
「うん、行くつもりだよ。龍人がいるって言っても、そこまで厳しい相手じゃないしね。今までのと比べ物にならないくらい、ものすごくつよーい相手なら話は別だけれどさ」
 だがサクの方は特に気負う訳でもなく、さも普通の事のように頷いている。
「そ、そうですか……。最近の方は随分と、こう……。たくましいのですな……」
 爺はその姿に圧倒されたように目を瞬かせつつ、その後には顔をしかめると考え込んでいく。
「どうしたの?」
「いえ、実は若様の向かわれる場所に心当たりがありまして……。それを教えて差し上げたいのですが……」
 サクはそれを見上げながら顔を傾げるが、対する爺は歯切れがかなり悪い。
 目も合わさずに顔を背けるのを見ると、センカも態度がおかしいのに気付いた様子だった。
「何か問題でもあるの?」
 そしていい加減に痺れを切らしたのか、サクは正面に回り込んでいくと再度尋ねかけていく。
「……いいえ、こちらにはありません。むしろ若様をお助けしてほしいと頼み込みたい程です」
 対する爺は心の片隅にひどく重いものでも抱えているかのように、ずっと難しく考え込んで目を伏せていた。
「じゃあ、教えてくださるんですか? ぜひ、お願いします。私達はどうしても、またトウセイさんにお会いしたいんです……」
 センカはその回答にようやく何か話が聞けると思い、表情を明るくしていった。
「はい。ですが、あなた方は本当にそれでよいのですか? この国は最早、普通の国ではありません。火龍様は乱心され、化物が好き勝手に町中を闊歩しています」
 センカがそれを聞いて表情を明るくするも、対照的に爺は表情を険しくしていく。
 さらに町中へ視線を向けると、傷ついた龍人が何体も倒れているという異様な状況が目に付いた。
 そこには他に動く者もおらず、町は死んだかのように静まり返っている。
 サクやセンカも町を見渡していくと、その他に形容しようのない雰囲気を肌で感じ取ったらしい。 二人は日中にも関わらず、寒気でもあるかのように体を震わせていた。
「すでに王は存在せず、不安な情勢も終わりが見えません。ですから報奨なども期待出来ないですし……。それでも、あなた方は行ってくださいますか……?」
「うん、もちろん。僕達は別にお金とかが欲しい訳じゃないんだ」
 次に爺は言葉を濁しつつも問いかけるが、返ってきたのは笑みを浮かべたサクの明るい声だった。
「そ、そうですか。では、一体どうしてそこまでよくしてくださるのでしょうか……?」
「うーんとね。さっきまでいた彼はロウって言うんだけれど……。誰かのために動くのを心情としているような、変な奴なんだ」
 爺はその答えに驚きながら疑問を浮かべているようだが、対するサクは肩をすくめながら軽口を叩いている。
「サク君。私の聞き間違いでなければ、何だか随分と失礼な言葉が聞こえてきたような気がしたのですが……?」
 するとセンカはそう言いつつ、ゆっくりとサクの方へ詰め寄っていく。 一応笑顔を浮かべてはいたが引きつっており、内心では怒っているであろう事は容易に想像出来た。
「あぁ、うん。ごめん、ちょっと言い過ぎたね……。まぁとにかく、ここに来たのに下心なんてないって言いたいんだ。ロウはもちろん、僕等もね」
 やけに迫力のある顔を間近に見ると、サクは目を逸らしながら苦笑していく。
 そして気を取り直すと改めてそう言い、センカもようやく怒りを鎮めて離れていった。
「あぁ、そうだったのですか。それはとても有難い事です。うっ……。わざわざ危険を顧みず、若様のために……」
 一方でそれを聞いた爺は深く何度も頷き、目の辺りを指で押さえていく。
 さらに体を震わせるとくぐもった声を出し、どうやら涙さえ目に浮かべているようだった。
「き、急にどうされたのですか? どこかお体の調子でも?」
「あぁ、すみません。いえ、わしは嬉しいのです。若様があなた方のような素晴らしい御友人と巡り会えた事がとても……」
 それを見たセンカは驚きの声を上げるが、直後に爺は目の辺りを拭うと照れ笑いのようなものを浮かべていく。
「ゆ、友人か……。果たしてトウセイの方がそう思ってくれてるかどうか……」
「サク君。今はちょっと黙っていてください」
 しかしサクはその言葉に苦笑いを浮かべ、それを聞いたセンカは爺には見えないようにサクの体をつねっていった。
「若様は何の因果か、常人では味わう事のない困難を幾度も味わってきました。国や家族を失い、一人きりで放浪する身となられてしまい……」
 爺はそれからわずかに顔を上げると、懐かしそうに昔を思い出していく。
「一体、その間にどれ程の苦労をなされたのか……。若様の居場所さえ分かれば、わしはすぐにでもお側に馳せ参じたかった次第です」
 ただし語る表情や雰囲気などは決して楽しそうではなく、逆に悔しそうに顔をしかめていった。
「……」
 互いに体をつねり合っていたサクやセンカもそれに気付くと、声をかける事すら躊躇ってしまう。
「しかし国の状況も芳しくなかったために、それも出来ず……。胃を壊す程に悩み、歯痒さに身を焦がしていたそんな時……」
 爺のゆったりとした語りはなおも続き、今度は徐々に言葉に力が込められていく。
「ようやく、苦しむ若様の現況を助けてくださる方達が現れるとは……。わしはとにかく、嬉しくてたまらんのです……」
 やがて感極まったのか、その目からはまた涙が流れていった。
 それでも今度は涙を隠す様子もなく、乾き切った地面を何度も湿らせていく。
「ちょっとお爺さん、こんな所で泣かないでよ……」
 ただ見ているサクやセンカからすれば驚きしかなく、手を揺らしながら狼狽えていた。
「いや、申し訳ない……。年をとると、どうにも涙脆くなりまして……。確か、若様の行く場所の見当でしたな。恐らくは城に向かわれたのだと思いますよ」
 対する爺はそう言うと鼻をすすり、恥ずかしそうに笑い飛ばしていく。
「城? それってあの大きいやつ?」
「はい、あれは王族の方が住まわれていた居城です。ここからも見えるので迷われる事はないと思います」
 サクがそれを聞いて視線を遠方に向けると、爺も頷きながら同じ方へ目を向けていった。
 その先には確かに、町にある他の建物より一際大きな城が見えてくる。
 遠目から見てもかなり立派なそれは、誰かが陣取るとしたら場所として最適なように思えた。
「あそこか……。よし、じゃあ早速行こうよ」
 それを見つめるサクは気を逸らせたのか、足踏みをしながらすぐにでも歩き出そうとしている。
「ではお爺さん、私達はそろそろ失礼しますね」
 センカもそれに少しつられたのか、そう言うと早々に立ち去ろうとしていった。
「あぁ、長々とお引き止めして申し訳ありません。どうか若様の事を、くれぐれもよろしくお願い致します……」
 爺は二人の心を汲み取ったのか、そう言うと心からの思いを込めて頭を下げる。
「はい、お任せを」
「大丈夫、大丈夫。僕達がいれば万事、うまくいくって!」
 センカはそれに優しく微笑んで頷き、サクも元気よく答えていく。
 そして二人はまずはロウと合流するため、揃って勢いよく駆け出していった。
「……」
 爺はその後ろ姿を複雑な表情でずっと見つめ、そのすぐ背後では大勢の町の人達が家の中から顔を覗かせている。
 ただし大多数の人達は、あのような子供だけで大丈夫なのかと不安そうにしていた。
「頑張ってね……」
 そんな中でもただ一人、盆を手にした少女だけは家の玄関から微笑みながら手を振り続けている。
 今も走り続けるサクやセンカは、そんな町の人達の感情にまで気付く事はない。
 だが知らず知らずの内に想像以上の数の人達から、多くの心配や期待を背負う事になったのは間違いないようだった。


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