第7話 合成龍


「……」
 その頃、トウセイはロウや龍達などの全てから離れて一人で佇んでいた。
 すでに体も本来の調子を取り戻してきたのか、現在は普通に自分の足だけで立っている。
 ただし表情は変わらず険しいままで、目が見つめる先には物言わぬ状態となった死体があった。
 合成龍はすでに命を失い、今は死を迎えてただの骸となっている。
 元々何らかの方法で龍同士の肉を繋ぎ合わせていた事に無理があったのか、肉などは溶解し出していた。
 そしてかつては巨大だった体も、今は以前の半分程の大きさにまで縮んでいる。
「こいつもこうなる前は人だったろうに……。この姿のまま、死ぬ事になるなんてな」
 それを見つめるトウセイは目を伏せたまま、ずっと浮かない顔をしていた。 ただしあまり見たくないものを見ているようであっても、決して目を背ける事だけはしない。
 そして何を思ったのか、トウセイはその状態から一気に刀を抜き放っていった。
「おいおい……。一体、何をする気だ?」
 するとロウが不穏な動きに気付いたようで、そう言いながら驚いた様子で側に寄ってくる。
「こいつを燃やして、埋めてやるんだ。せめて、最後くらいは人らしくしてやらないとな……」
 対するトウセイはそちらへ見向きもせず、淡々と答えていった。
「火葬するって事か?」
「うーん。でも、時間かかるんじゃない?」
 一方でロウは怪訝な表情を浮かべ、二人のやり取り耳にしたサクもこの場に現れる。
「そうですね。もうすぐ日も沈みますし、今日の宿も探さないといけませんよ?」
 その隣には同意するように頷きつつも、やや顔を曇らせているセンカも加わっていった。
「ここは俺一人でやるから、お前達は宿に泊まればいい」
 トウセイはそんな三人に対し静かに答え、あくまで表立った感情は見せてこない。
 それ自体はいつもと変わらないが、何故かこの時は普段とどこか違う違和感のようなものが感じられた。
「え、じゃあトウセイはどうするのさ……? すぐに戻って来られるの?」
 だがサクはいまいち真意を図り切れないのか、不思議そうに顔を傾げている。
「俺の事は気にするな……」
 トウセイはそれにきちんと答える気がないのか、ここに至ってもずっと合成龍の方を向いたままだった。
「でも……」
 その様子を見るとセンカも心配そうに呟き、一向に立ち去ろうとしていない。
 やがてその場では誰も言葉を発しなくなり、わずかな間ながら静かな時が訪れる。
「……分かった。じゃあ、そうしよう」
 ただし不意にロウが口を開いたかと思うと、納得するように頷いていった。
「ロウさん?」
 突然の言葉に対し、センカは怪訝そうな顔をして見上げようとする。
「さ、行こう」
 しかしロウもトウセイと同じように深く語ろうとはせず、そう言うとさっさと振り向いていく。
 さらにぐんぐんと進んでいく様は、二人について来るのを促しているかのようだった。
「えぇと……。あの、トウセイさん。じゃあ、先に行ってますね……」
 センカはまだトウセイを心配しているのか、それから迷ったように何度も振り返っている。
 それでもロウに何か考えがあると信じたのか、トウセイに声をかけてからロウの後を追っていった。
「もう、皆して勝手だなぁ……。協調性のない人ばっかりで困っちゃうよ」
 そしてサクも仕方なさそうに呟きつつも、頭の後ろに両手を回すとその場から離れていこうとする。
「トウセイ。あまり思いつめるなよ」
 そんな時、ロウは最後に振り返ると穏やかに声をかけていく。 向けた視線も相手を気遣うようなもので、思いやりの気持ちに溢れていた。
「……分かっている」
 ただトウセイはそれを聞いても振り向かず、静かに答えると火葬の準備に取り掛かろうとする。
「あ、待って」
 するとその直後、サクが突然何かを思い出したように声を上げた。
 そして前に進んでいた足を止めると勢いのままに回転し、急いで戻ってくる。
「どうした」
 トウセイはそれに気付きつつも、無表情なままで何も気にする様子はない。
 顔は無論振り返っておらず、ここまで来ると後ろめたい事でもあるかのように感じられた。
「うーん、ちょっと待って……。すぐに用意出来るからさ」
 一方でサクの方も特に気負う様子はなく、いつもと同じように接していく。
 次の瞬間には体に紋様を光らせると、辺りの地面が細かく揺れ出していった。
 やがてそこからは、木が合成龍を囲むかのように次々と生えてくる。
 それは全方位から遺骸を包み込み、まるで木で出来た棺のようなものを作り上げていく。
「これ、火葬に使ってよ」
 そして完成したそれを満足そうに見つめて指差すと、サクは明るい顔で見上げていった。
「あぁ、遠慮なく使わせてもらう」
 トウセイはそれを一瞥して頷いた後、木の棺を真剣な表情でじっと眺めていく。
「……いいよ、気にしないで。あんまり根を詰めないでよね」
 サクはその様子をしばし眺めた後、そう言ってから走り去っていった。
「どうしたんでしょうか? トウセイさん……」
 一方でそのやり取りを離れた位置から眺めていたセンカは、まだ心配そうに呟いている。
「そうだな……。あんまり感情を出さないのはいつもだけど、やっぱり変だよな」
 ロウもそれが気になるのか、森を出るために歩きながらも深く考え込んでいた。
「何かあったみたいなのは分かるんだけれど……。あの時に話していた、誰かと関係があるのかな」
 そんな時、二人に追いついたサクはすぐ後ろについたまま小さく呟いていく。 表情もいつになく真面目で、顔に手を当てたまま長考している。
「うーん、まぁ……。宿を見つけたら、ちょっと様子を見に行こう。俺達の助けがいるなら、何か言ってくれるかもしれないし」
 とはいえ原因が分からなければ解決のしようもないため、ロウはひとまずそう結論付けるしかない。
 それは問題の先送りのようなものだったが、今の所は他にどうしようもなかった。
「えぇ、そうしましょうか」
 センカも同じような考えに至ったからこそ、その提案に同意するように頷いている。
「……」
 普段ならサクも騒がしく同意するのだろうが、今日はいつもとは違う。
 何か思う所でもあるのか、歩いていく途中にふと後ろを振り返った。
 ロウやセンカはそれに気付かずに歩いていく中、サクはじっと後方を見続ける。
 その視線の先では、トウセイが一人きりで立ち尽くす背中が見えた。
「……すまないな。俺の兄のせいで、本来なら失うはずではなかったお前の命を失わせてしまった」
 トウセイは深刻そうな表情をしたまま、木の棺を前にして立ち尽くしている。
 刀を握り締める手には力が込められ、悔やんだような言葉と共にわずかに震えていた。
「俺はお前に恨むなとも、憎むなとも言わない。ただ、失望しないでほしいとは思う」
 それでも次にそう言うと顔を上げ、刀を横向きにして持ち上げていく。
 すると刀は先程とは違って活力が戻った顔の前で止まり、その先にある木の棺を真っ直ぐに見つめる事が出来た。
「兄さんは俺が必ず止める。だから、今は静かに眠っていてくれ……」
 トウセイはそのまま木の棺から目を離す事はなく、音もなく刀を後ろに振りかぶる。
 そして流れるような動作で刀を一気に振り抜き、空気を裂く音を響かせていく。
 腕にはその間にも赤い紋様が光っており、同時に刀も赤い光を帯びていた。
 それは赤い刃状となって飛び出すと、木の棺へと鋭く向かっていく。
 やがて二つが衝突すると、その瞬間に大きな爆発が起きて大量の火が燃え上がっていった。
 そして木で出来た棺を燃料代わりとして、火はなおも燃え盛っていく。
 結構な大きさをしていた木の棺は、火の粉と煙を吐き出しながら合成龍と共に一気に火に包まれていった。
「……」
 トウセイはその赤い輝きを瞳に映しつつ、黙ったまま刀を収めていく。
 穏やかな青空に漆黒の煙が立ち昇っていく中、ただ真摯に取り組む様は一つの命が失われた事を本当に悼んでいるようだった。

 やがてトウセイが火葬を行いだしてから、幾らかの時間が経過していく。
 すでに日が暮れると辺りは薄暗くなり、その頃には火葬もほとんど終わっていた。
 今は木の棺も中にあった合成龍の遺骸も大部分が燃え尽き、わずかに煙が立ち昇っているだけとなっている。
「……」
 そしてすでにトウセイはそこから離れており、休息を取るためか地面に座り込んでいた。
 目の前には小さなたき火がたかれ、それは音を立てて赤く燃え上がっている。
 なおも暗さを増しつつある中にあって、その場だけが一点の光明となっているかのようだった。
 するとそんな時、そこを目指しているかのように誰かの足音が聞こえてくる。
「やぁ、調子はどう?」
 やがて暗闇の中から姿を現したのはサクであり、明るく声をかけてきた。
 その側には他に人影は見られず、どうやらロウやセンカは一緒ではないらしい。
「……」
 一方で声をかけられたにも関わらず、トウセイには何の反応もなかった。
 そもそもトウセイならサクが近づいた時点でその気配に素早く気付きそうだが、今はそんな様子はまるで見られない。
「ねぇ、聞いてる? おーい、トウセイ」
 サクもそれに気付いておかしく思ったのか、やおら近づいていくと顔を覗き込む。
「……」
 するとそこにいたのは座った状態で顔を俯かせ、静かに寝息を立てているトウセイだった。
 今日は兄との再会に加え、合成龍との戦いや火葬まで行ったために疲労が溜まっていたのかもしれない。
 そのためにサクの来訪に気付かず、あまり休息には向かない姿勢ながらも眠りについている。
「なぁんだ、寝ているのか……。せっかく食べ物を持ってきたのに、無駄になっちゃったかなぁ。まぁでも、珍しいものを見れたからいっか……」
 サクはその不用心な姿に呆れたように呟きつつも、そこまで不満そうではない。
 むしろ普段は見られないトウセイの無防備な姿という珍しいものを見ると、楽しそうですらあった。
 その手には布がかけられたかごがあり、それを持ったままたき火を挟んでトウセイの正面に座り込んでいく。
 かごの中身は食料らしいが、届けようとした相手は未だに眠りの中にある。
 そして辺りではたき火の音くらいしか響かない中、暗闇だけが全てを呑み込むかのようにその濃さを増しつつあった。


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