第7話 合成龍


「分からないなら教えてやる。いいか、これは……! これは俺と兄さんの問題だ! お前に……。お前達に一体、何が分かるって言うんだ……!」
 だが今のトウセイにとっては、そのような気遣いでさえ邪魔になるのかもしれない。
 先程までとは一転して、今まで抑え込んでいたものを爆発させるかのように激昂していく。
 そうして発した強い口調はその場にいるサクだけでなく、ロウやセンカにも向けられていたようだった。
 雰囲気もいつになく殺気立ち、無愛想ではあるが冷静だったいつもの姿とはまるで違う。
「トウ、セイ……。でも……」
 しかしサクにはその姿はどちらかというと、物悲しく感じられたようだった。
 容赦なく浴びせられた拒絶の言葉と相まって、鼻を鳴らしながら泣き出しそうになっている。
「……ここにいると風邪をひくぞ。早く帰れ」
 トウセイはそれを見ると少し言い過ぎたと感じたのか、気まずそうに顔を逸らしていく。
「分かった……。っ……」
 サクはそれに対して力なく俯くと、目の辺りを腕で拭ったまま顔を上げる事はない。
 まだ気持ちでは納得していないようだったが、無言の圧力を前にしては諦めるしかないようだった。
「これの残りは後で食おう……」
 次にトウセイはそう言うと、余っていた手拭いを自身の服の中から取り出す。
 そして残っていたにぎりをそれで包み、たき火の側に置いていく。
「サク。センカにうまかったと、伝えておいてくれ」
 やがてそれを終えると、今度は一人で木の棺の方に歩いていってしまった。
 だが闇夜を拙く進む姿は昔話をした時から一貫しておかしく、普段と違って危うくすら見える。
「やっぱり、あの時の人がお兄さんか」
 サクはその後ろ姿を目にしつつ、ここから離れようと重い足取りで歩き出す。
「トウセイは、一体これからどうする気なんだろう……」
 それでも最後に一度だけ、後ろ髪を引かれるように立ち止まる トウセイの方へと振り返っていった。
 ただしすでにたき火から大分離れた位置からでは、暗闇に包まれる姿はほとんど視認出来ない。
 音のほとんどしない暗闇は目には見えない不安を表しているかのようであり、それを見つめるサクも苦しそうに胸の辺りをずっと手で押さえている。
 しかし今さら自分に出来る事はないと分かっているからこそ、辛くともその場から離れていくしかなかった。

 そしてトウセイが過去を語り、サクと別れた夜も時間の経過と共に明けていく。
 すでに森の中では朝もやに光が反射し、涼やかな空気で満たされている。
 時折吹く微弱な風は心を落ち着かせてくれ、そこではただひっそりとした時間が流れていた。
 そんな森の中をロウ達は連れ立って歩き、森に残ったトウセイの元へ向かおうとしている。
「ふぁぁっ……。 あくびを噛み殺す 結局、あいつは宿には来なかったな」
「えぇ、体調を崩してなければいいんですけれど……」
 歩きながらロウと雑談をしているのはセンカであり、その顔はどこか心配そうに俯いていた。
 さらにその後方には、それ以上に憂鬱そうな顔をしたサクの姿もある。
「……」
 ただしいつものような活発な姿など欠片もなく、明るい場の雰囲気とは対照的に顔はどこまでも暗かった。
「でも、あのおにぎりはちゃんと食べたんだろ?」
 そんな時、ロウはふと後ろに振り向くと何の気もなしに尋ねていく。
「……」
 だがサクは声に気付いていないのか、何も答えずに歩いているだけだった。
「サク?」
 するとロウは不思議になったのか足を止め、また声をかける。
「あ、うん……。そうだね、食べていたよ。おいしかったって、そう言っていた……」
 サクはロウが間近に現れた事でようやく気付いたのか、顔を上げると小さく答えていく。
 それでも未だに心ここにあらずといった状態は変わらず、目も伏せられたままだった。
「そうか。なら少なくとも、腹が減りすぎているって事はないな」
 ロウはその姿を見てどこか疑問を抱きつつも、そう言うとまた前に向き直って歩き出す。
「うん……」
 一方でサクは小さく頷くと、また何かを考え込むように俯いてしまった。
「ロウさん」
 その時、二人の会話には参加していなかったセンカが小さく声を上げる。 それにはわずかな驚きが含まれ、足も少し先の方で止まっているようだった。
「え、どうかしたのか?」
 ロウもそれに気付くと小走りで近寄り、背後から問いかけていく。
「それが……。トウセイさんの姿が見当たらないんです……」
 対するセンカはロウとサクが話をしている間、トウセイの姿を探していたらしい。
 しかしいくら目を凝らしても周囲には誰も見つけられず、だからこそ不安そうな顔をずっとしていた。
「えぇ?」
 サクもそれを聞くと驚いたような声を上げ、自分でも辺りを見回してみる。
 そうしたのは側にいるロウも同じだったが、やはりトウセイの姿は影も形も見当たらない。
 もしかしたら少し離れた所にいるのかもしれないと思った三人は、それから分かれて周囲をくまなく探してみる。
 だがそうした所で結局は徒労に終わり、トウセイが見つかる事はなかった。
 もちろん合成龍を火葬したと思われる場所も探したが、すでにそこには死骸すら残されていない。
 その代わりにすぐ近くには、土を盛っただけの簡素な墓が建てられていた。
 それは恐らくトウセイが作ったものであり、わずかに残った骨などを埋めたものだと思われる。
「火葬は終えたみたいだけど……。でもまだ、肝心のトウセイは宿には戻ってきていない。なら、どこに行ったんだ……?」
 ロウはその辺りを調べながら、怪訝そうな顔をして小さく呟いていた。
「で、でもロウさん。もしかしたら、入れ違いになっただけかもしれませんよ?」
 その時、側にいたセンカは期待を込めて言う。 ただしそれは、そう思い込みたいだけのようにも見えた。
「そうだ。ね、光龍。火の紋様は近くに感じたりしないの?」
 直後にはさらに確実な答えを得ようとして、少し振り向いて空中に問いかける。
「成程。火の紋様を探す事で、トウセイの位置を知ろうという訳か。ふむ……」
 すると背後には光龍が姿を現し、目を閉じて集中していく。
 それを見つめるセンカは緊張した様子で、ロウも固唾を飲んで見守っていった。
「……いや、どこにもないな。昨晩までは感じていた火の紋様を今は感じないという事は、もうこの近くにはいないという事だ。いくら探してたとしても無駄だろう」
 やがてしばらく周囲を探っていた光龍は目を開くも、静かに首を横に振るだけである。
 その表情はどことなく険しく、目的のものは見つからなかったのだと如実に感じさせた。
「そ、そんな……。トウセイさん……」
 しかしセンカはそんな光龍とは対照的に、口元を震わせながら表情を曇らせていく。
「ねぇ! 二人共、こっちに来て!」
 そんな時、別の場所を探していたサクが大声でそう叫んできた。
 二人はそれにすぐに反応すると、急いでその元に向かって走っていく。
「はぁ、ふぅ……。あ、サク君……。ど、どうしました?」
「何か見つかったのか?」
 やがて二人は少し息を切らせつつも、どちらも慌てた様子で声をかけていった。
「うん。これだよ。さっきは気付かなかったけれど、たき火の近くに置かれていたんだ。これは手紙、なのかな……?」
 対するサクは怪訝な表情を浮かべつつ、小さく畳まれた紙を見せてくる。
「きっとトウセイさんが残されたものですよ。一体、何が書かれているんですか?」
「そうだよ。早く読んでくれ」
 それを見たセンカとロウは気が逸るのを抑えつつ、中身が何なのかとせがむように詰め寄っていく。
「う、うん。分かったってば……。とにかく読んでみるよ。えーっと……。俺にはやる事が出来た。お前達は俺に構わず、自分のやるべき事をやってくれ……」
 サクは次に紙を広げると、そこに書かれてある文字へと目を通していった。
 ただし一文を読んだ後は声が続かず、黙り込んだまま無音だけが流れていく。
「ぇ……? サク君、続きは? その先はどうなっているんですか?」
「……えっと。どうやら、これだけみたい」
 センカはその短さに困惑しているが、それはサクも同様らしい。
 それから手紙を裏返して文字の書かれた部分を見せてくるが、確かにそこには短い文章しか書かれていなかった。
「どういう事だ? トウセイに一体、何があったんだ……?」
 そして顔を見合わせる二人の側では、ロウも訳が分からないといった様子で考え込んでいる。
「……やっぱり、トウセイは火の国に行ったのかな」
 だがそんな時、サクは手紙をじっと見つめながらふと呟いた。
 その口調には確信めいたものが感じられ、わずかに力を込めた手の中では手紙が少し歪んでいる。
「サク君、何か心当たりでもあるんですか?」
 センカはそれを不思議に思ったのか、静かにそう尋ねていく。
 ただし声や表情はあくまで優しく、無理矢理に聞き出そうとはしていない。
「うん、実はね……」
 サクはそのおかげもあってか、落ち着いたまま口を開いていく。
 それでも勝手に個人の事情を話していいのかという葛藤があったのか、いつものような騒々しさや軽々しさは見受けられない。
 しかし話さなければ事態が進展しないと思ったからこそ、意を決したサクの口からは昨夜の出来事が語られていった。
 それはトウセイの幼少の頃の話であり、同時に兄や火龍の事を示唆する内容でもある。
 二人はそれを聞いた当初こそ驚いていたが、それから徐々に落ち着きを取り戻していった。
「そうか、そんな事があったのか……」
 そして話を聞き終えるとロウは軽く息を吐き、じっと考え込んで目を伏せていく。
「あの時、トウセイからは何か変な感じがした。うまく言えないけれど、いつものトウセイじゃないみたいだった……」
 一方でサクは最後に見たトウセイの姿や雰囲気を頭に思い浮かべ、何も出来なかった自分を心苦しく思っているようだった。
 そのために責任を感じているかのように表情は曇り、手にもさらに力が込められていく。
 いつもの生意気な態度などはおくびにも出さず、それどころか泣き出してしまいそうな程に落ち込んでいた。
「あまり思い詰めないでくださいね。別にサク君が悪い訳じゃないんですから……」
 センカはその姿を見ると思わずそう言い、優しく肩に手をかけていく。
「うん……」
 その声と暖かさに心を癒されたのか、サクは頷くと少しだけ表情を明るくした。
「でもどうしましょうか、ロウさん。火の国に火龍がいるのだとしたら、トウセイさん一人では危険です」
 センカもわずかながらに元気を取り戻したのを確認すると、振り返りながらそう言う。
「それに昨日戦った、あの怪物のような存在もまだいるかもしれません。私達も行った方がいいのではないでしょうか?」
 険しい表情で話す言葉に対し、ロウも同じように深刻に受け止めているようだった。
「……でも。トウセイは、僕達の手助けは求めていないと思う」
 だがサクはまたも悲しそうな顔をして、手紙に目を落としたまま呟く。
「……」
 センカも何となく同じ事に思い至っていたのか、それを聞くと俯くと黙り込んでしまった。
「……それでも、俺は行こうと思う」
 しかし二人とは違い、ロウはやけに力強い言葉を口にする。 どちらかというと上向いた顔や目線からは、確固たる決意のようなものが窺えた。
「どうして……?」
 するとサクはまず不思議に思って見上げ、怪訝そうに顔を傾げていく。
「さぁ? 特に理由なんてないよ」
 対するロウは同じように顔を傾げるが、その声はさも当然といったように明るいものだった。
「は?」
「トウセイは俺が姉さんの所に向かおうとした時、ただ協力してくれた。自分とは何の関係もないのにさ……」
 疑問の声を上げながら目を瞬かせるサクから視線を外すと、ロウは次に静かに微笑んでいく。
 それはツクハを思い出したためなのか、わずかに悲しみや寂しさのようなものを感じさせた。
 センカにはそれが何となく伝わったからこそ、ロウ以上に辛そうな顔を浮かべてしまう。
「だから俺も同じように、あいつのために何かしたいんだ。正直、役に立てるかどうかは分からないけど……。俺にも、何か出来る事があるかもしれないだろ?」
 一方でロウはすぐに気持ちを切り替えると、明るい表情でサクとセンカの顔を見回していく。
 その時に口にした誰かのために行動するという事は、ずっと目指している信条でもある。
「でもトウセイは、たぶんロウとは違う道を歩もうとしている。助けようとしても無駄かもしれないよ」
「え、どうしてですか?」
 だがサクはまだ引っかかる事があるようで、その浮かない顔に気付いたセンカは不思議そうな声を上げていった。


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