第3話 土


「それは土龍のせいなのか?」
 ただ光龍だけは淡々とした口調のままで再び問いかけ、その質問に関してはロウも少し考え込む。
「いや……。あいつが直接手を下した訳じゃない。師匠は自分で。俺を守るために……。でも結局は、土龍が師匠を殺したようなものなんだろうな……」
 やがて幾らか間を開けた後に口を開くと、持ち上げた手を強く握り締めていく。 何とか感情を抑えようとしているようだが、その声や表情には隠し切れない思いが垣間見えていた。
「あ……」
 その辛そうな横顔を見て、センカは声をかけようとする。 ただし途中まで手を伸ばしても、それはすぐに引っ込められていった。
 悲痛な顔をして立ち尽くしているロウに対しては、かける言葉がまるで見つからないらしい。
「なぁ……。龍って一体、何なんだよ。まるで、人を物みたいに扱って……。あんなにひどい事を、いとも簡単に……」
「……」
 さらに呟くロウの姿を見つつ、トウセイは徐々に眉をひそめていく。 何か思う所があるのか、その時はいつになく強い反応を見せていた。
「そうか。お前は龍のせいで大切なものを失ってしまったのだな。では、ロウ……。お前は龍が憎いのか? 復讐を遂げたいと思っているのか?」
「いや……。そうじゃない。俺が今すべき事はきっとそんな事じゃない。そう……」
 やがて光龍が問いかけてくると、ロウは迷うかのように視線を右往左往させる。
 それでも逡巡の後には動きを止め、それからゆっくりと口を開いていった。
「俺が今、本当にすべき事……。それは師匠のように誰かのために動く事。姉さんを探す事だけだと思うんだ……」
 視線の先にはすでに土の壁はなくなり、そこには暖かい日光が差し込んでいる。 それは丁度、ロウがジュカクやツクハと過ごしていた時のものとよく似ていた。
 次にある方向へと顔を向けていくとそこには、今しがた作り上げたジュカクが埋葬された墓である。
 そしてそう言う頃には、自然と体の力は抜けて握り締めていた手も開かれていく。 その中には、一握りの砂の欠片が残されていた。
「誰かのため、か。そういえばお前と初めて出会った時もそんな事を言っていたな。お前にとってそれは、絶対に譲れないものなのだろうな……」
 光龍は視線を追ってそれに気付くと、そう言って目を閉じて黙り込む。
 ただ目を閉じる直前、わずかな間だけだが目には光る女の姿が映っていた。 それはロウに寄り添っており、かつて光龍がロウの側で見た女の姿と酷似している。
 その女はロウの心の中にある光が具現化し、それを偶然に光龍が捉えただけかもしれない。 だが結局それは、誰にも気付かれる事なくすぐに消えてしまう。
 そしてそれ以降、光龍は何かを考え込んで何も言わなくなってしまった。
「で、でもロウさん……。本当にそれでよろしいのですか? ジュカクさんの死を悼む間もないままで……」
 センカは怪訝そうにその姿を一瞥しつつ、何歩かロウに近づくと心配そうに問いかける。
「いいんだ。俺はあの時の師匠の最後の言葉を信じる。だから、俺は……。決して立ち止まりなんて……。しない……」
 対するロウは静かに答えると、相手の反応などは待たずに一人で歩き始めていく。 その歩みは緩慢としているがしっかりと土を踏み締め、確実に前へと進んでいった。
 まだ手には砂の欠片があり、大事そうに抱えて一緒に持っていくつもりらしい。
「ロウさん……」
 センカはその後ろ姿を見つめたまま、ずっとその場に立ち尽くしている。 その顔は自信なく俯き、見つめる瞳も下がっていく。
「行くぞ」
 一方で今まで黙っていたトウセイは、横をすんなりと通り過ぎながら声をかけてきた。
「えっ……?」
「奴は自分で選んだんだ。先に進む事を。なら、俺達が口を挟む事などない」
 まだきょとんとしているセンカに対し、トウセイはなおもそう言いながら歩いていく。 その視線はずっと、前を行くロウの背中に注がれていた。
 目的のためには振り返る必要などなく、休憩も無駄でしかない。 トウセイはそう言わんとするロウの姿に、自分と重なるものを見たのかもしれなかった。
「そんな……。トウセイさん……」
 そしてセンカは遠ざかる背を眺めながら、浮かない表情で何かを考え込んでいる。
 やがて二人がいなくなったその場には、センカと光龍だけが残されていた。
「すまんな、センカ……」
「え、いきなりどうしたの。光龍?」
「先程からロウの言葉が頭の中にずっと響いていてな。お前の体を思いの通りに操っていた私なんかに……。あいつに何かを言う資格など、初めからなかったのだ」
 光龍はセンカに話しかけるも、いつになく塞ぎ込んだ様子で地面を見つめている。
 そして伏せた目で眺める先には土龍の力で荒れ果てた、ぼろぼろの地面が広がっていた。
「ううん。そんな事ないよ、光龍。さっきはあぁしなかったら、ここに入れなかったんだから。仕方のない事だったんだよ」
「いや、違う。私はお前と向き合う事を省いて、まるで便利な道具のようにお前の体を利用した。その事実は確かで、その点では私も土龍と一緒なんだよ……」
 対するセンカは首を左右に振りながら優しく応じているが、光龍は納得せずに強く決めつけるように言う。
 どうやら宿した後悔の気持ちはかなり強いのか、それからも一向に顔を上げようとはしなかった。
「光龍。あなたはあの時、私にちゃんと確認してくれたでしょ。そして私は、それを受けて自分で答えを出したんだもの。だからあれは、私が決断した事なんだよ」
 対するセンカは微笑みを浮かべつつ、優しく否定する。 それはいつも通りの自然な姿で、気休めや嘘を言っているようには見えない。
「センカ……。ふっ、そうか。そう言ってくれるか。やはりお前は、本当にたくましいな……」
 光龍は顔を上げるとその姿を驚いたように見つめていたが、次の瞬間には苦笑しながら小さく呟いていった。
「へ?」
 ただセンカには意味が分からないのか、きょとんとした顔を傾げている。
「センカ。お前は躊躇なんてするな。今のようにただ、普通に声をかけてやればいいじゃないか。それが一番お前らしいと私は思うぞ……?」
「ぁ……」
 しかし光龍の言葉を聞いた直後、センカは何かに気付いたように自分の手を見下ろしていく。 それは先程にロウに対して伸ばし切れず、下げてしまったものだった。
 さらに視線を横に移すと、何故か自分の肩を見つめていく。
 そこには何の変哲もないが、かつて町で転びそうになった時にロウに支えられた部分でもある。
「そうか……。うん、そうだよね。ロウさんを手伝う事、助ける事くらいは出来る。私にだってきっと、ロウさんのために何か出来る事があるはずだよね……」
 やがてセンカは段々と表情を明るくしていくと、先に行った二人を追いかけるために駆け出していった。
 光龍はそれを見ると安堵したかのように頷き、その後をついていく。
 姉を探して旅に出たロウは、道中で二つの出会いと別れを経た。 それはジュカクと土龍に出会い、そのどちらとも死別したという事である。
 その結果としてロウは龍の力を得られた訳でもなく、ジュカクを助ける事も出来なかった。
 だがそれでも、全くの無意味だった訳ではない。 ロウは龍という存在、そしてジュカクの心の内に思いを知る事が出来た。
 それはこれからのツクハを探すための旅に、必ず何らかの意味を持つ。
 ロウが歩みを止める事なく進み続ける姿からも、それを証明するかのような強い意思が感じ取れた。


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