第3話 土


 ロウ達は順調に旅を進める途中、とある町へと辿り着く。
 まず見えてきたのは大きな通りで、商店や飲食店がいくつも並んでいる。 そして路地を入っていくと民家も多くあり、中規模の栄えている宿場町という印象を受けた。
 町の中心にある大通りでは店を覗く人や歩いている人も多く、かなり賑わっているのが分かる。
「きゃっ……!」
 センカはそんな町中を珍しそうに見るのに集中していたからか、すれ違った通行人と肩がぶつかった。
 そして体勢を崩すと、ふらついて転びそうになってしまう。
「お、大丈夫か?」
 だが側にいたロウが気付くと、手を伸ばしてそれを支えていった。
「はい、すみません……」
 何とか倒れずに済んだセンカは、恥ずかしそうに謝りながら離れていく。
「ずいぶん人が多いんだな、ここは」
 ロウは次にそう言いながら、賑やかな周りを見渡した。
 視線の先では人の流れは留まる事は無く、立ち止まったロウ達の横を多くの人が通り過ぎていく。
「そ、そうですね。私、こんなに多くの人が歩いているのを初めて見ました」
 センカはもうぶつからないように人の動きを注視しながら、声を上ずらせている。 ただしまだ驚きが残っているのか、目は少し泳いでいた。
「これくらいで人が多いなんて思うのか? お前等は一体、どんな田舎から出てきたんだ……」
 そんな二人の後ろで、トウセイはふとそう言う。 その心情は少し呆れているようで、冷めた視線を送っている。
「え? じゃあ、ここよりもっと人が多い所があるんですか?」
 嫌味のような言葉にも怒らず、逆にセンカは新たな驚きと共にそちらへ振り向いた。
「あぁ、当たり前だ。もっと都会に行けばこれ以上に人が多い所を見られるぞ」
「そうなんですか……。でもそんなに人が多いと、すぐ迷子になりそうですね」
「まぁ、それはそうかもしれんが。行く前から迷子の心配なんてするものなのか……?」
「いえ。私は町から離れた場所で巫女の修行をしていたので、ほとんど町に出た事がないんです。そんな私なんかが都会に行ったら、きっと人混みの中に埋もれてしまいます」
 対するトウセイがやや怪訝そうな顔を浮かべていると、次にセンカは心配そうに俯いていく。 その手は口元に添えられ、頭の中にはこことは別の光景でも浮かんでいるのかもしれない。
「もしもそうなったら迷子になって、一人ぼっちでずっと彷徨って……。あぅぅ……。考えただけで恐ろしい。都会とはこんなにも厳しい所だったのですね……」
 次の瞬間には顔を青くすると震え出し、怯えた様子でうずくまっていった。
 意図していないのだろうがその姿は路上で目立ち、行き交う人達から少し注目を浴びてしまっている。
「そ、そうか……。まぁそれは分かったから、とにかく立て。そんな所にいたら、俺まで見られるだろうが……」
 一方でトウセイは周囲からじっと見られている事に狼狽えたのか、やや慌てた様子でセンカに手を伸ばす。
 それからセンカを近くの店の表に出ていた椅子に座らせると、わずかに出来た人だかりもすぐに流されるようになくなっていった。
 ただし辺りにはまだ何とも言えない奇妙な空気が残り、センカやトウセイは少し気まずそうに黙ってしまっている。
「はは……」
 ロウは先程からずっと、そんな光景を微笑ましく眺めていたらしい。 やがてひとしきり笑い終えた後は、ふと何の気もなしに遠くの人混みの方へと目をやった。
「……!?」
 しかし次の瞬間、その先に何かを見つけたのか血相を変えると走り出していく。
 まだその場に残る二人の事などすでに眼中にないのか、ひたすら真っ直ぐに走る様は只事ではないように見える。
「えぇっ!? ちょっと、ロウさん!」
「な、何だ……!?」
 センカとトウセイはそれに気付くと、その突然の行動に驚いて同時に声を上げた。
 そして二人は間髪入れずに駆け出すと、どこかへ行ってしまったロウを懸命に追いかけていく。
「師匠!」
 一方で町中を勢いよく駆け抜けたロウはそれからすぐに、目の前にいた人物にそう呼びかけていった。
「……ん?」
 するとそこにいた誰かは、声に気付いたようで振り向いていく。 その人物とは立派な髭を生やした、体格の良い中年の男だった。
 顔には深いしわが刻まれ、厳しさと同時に慈しみを感じさせる暖かい瞳をしている。
 さらに腰には斧を差し、他にも荷物を肩から下げる格好は旅人のようだった。
「ロウ……! ロウではないか! こんな所で出会うとは、信じられんな……!」
 続けて師匠と呼ばれた人物はそう言うと、何かを思い出したように目を見開く。 そして驚いた表情を浮かべながら、ロウに近寄っていった。
「それはこっちの台詞だよ……。どうして師匠がここにいるんだ? 家や道場はどうしたんだよ?」
 ロウもそれを迎え、嬉しそうな顔で声を上げる。 懐かしい再会を喜んでいるのか、目元は本当に緩んでいた。
「あぁ、それらは信頼のおける人に任せてあるから心配いらん。それより……。全く、馬鹿者め! 勝手になくなりおって! 今までどこにいたんだ!」
 さらに師匠はそう返すと、その手はロウの肩を何度も強く叩いていく。 それでも顔には満面の笑みが浮かび、本当にロウと出会えたのを喜んでいるようだった。
 そして丁度その時、その場にセンカとトウセイが追いついてきたが明らかに戸惑った様子でいる。
「どうなっているんです? あの方とロウさんの関係は一体……」
「さぁな……」
 それからも二人は非常に親密そうに話すロウと男の姿を交互に見たまま、間に入れずに固まってしまう。
 ロウがそんなセンカやトウセイに気付いたのは、それからしばらく経った後の事だった。

 そして唐突な出会いから幾らか時間が経過した後、ロウ達は話をするためにひとまず近くの店へと入っていく。
 飲食を専門とする店は閑散としている訳ではないが客は少なく、ロウ達以外には隅の方に何人かいるだけだった。
 それからロウは師匠という男と向かい合い、センカとトウセイがその隣に向かい合うように座っていく。
 続けて注文を済ませるとすぐに料理が運ばれてきて、それを見た男は自身の腹を撫でながらまずは食事を済ませていいかと尋ねてくる。
 聞けば昨日から何も食べていないそうで、それを聞いたロウ達に反対する者はいなかった。
 こうして食事が始まっていったものの、普通に食事を楽しむ男やロウと違ってセンカやトウセイは何故か固まっている。
 その視線はずっと目の前の男に向けられ、手にした箸も動かせずにただただ圧倒されていた。
「うむ、うまい。なかなかここの食事はいけるな……」
 一方で視線などまるで気にしない男は大きく口を開け、そこにどんどん食事を運んでいく。
 注文した量が多かったのか料理は数人分は確かにあったはずだが、それはあっという間に平らげていった。
 ロウが続けて注文をしてそれからも机の上には料理が次々と運ばれてくるが、どれもあっという間になくなってしまう。
「凄い方ですね……」
「あぁ、師匠はいつもこれくらい食べるんだ」
 センカが直後に思わずぽつりと呟くと、ロウは当たり前とでも言うように平然と食事を続けている。
 どうやらこれくらいは何ら特別な事でもなく、ロウからすればごく普通な日常の光景のようだった。
「そ、そうなんですか……」
 センカがそれからも呆然としている前では、トウセイは未だに目を瞬かせているだけである。
「ふむ……。あー、うまかった」
 それから男はようやく満足したのか、そう言いつつ口を拭いていく。
 そして一息ついた後には、表情を引き締めるとセンカやトウセイの方へと向き直った。
「はっはっは! いや、失敬しました! ここに来るまで食事がなかなか取れなかったので、腹が空いてしまって……。名も名乗らずに、無礼な事をしてしまいました」
 次に食事の時と同じくらい大きく口を開けると、豪快に笑った後に机に両手をついて丁寧に頭を下げてくる。
 生真面目な性格をしているのか、それからもなかなか頭を上げようとはしない。
「いえ、いいですよ……! どうか、頭を上げてください」
「そうですか? ではお言葉に甘えて……。改めて初めまして。わしは、ジュカクと申します」
 センカが恐縮した様子で声をかけると、男は顔を上げてまた豪快な笑みを見せていく。
 それからジュカクは完全に状態を起こすと今度は姿勢を正し、真面目な表情をして口を開いた。 背筋を伸ばしてはっきりとした物言いをする姿からは、並々ならぬ力強さが感じられる。
「あ、はい……。えっと、私はセンカと申します。ロウさんにはいつもお世話になっていまして……。どうかよろしくお願いします」
 センカはそれを見ると自身も佇まいを直し、先程のジュカクと同じかそれ以上の礼を返した。
「俺はトウセイだ」
 横ではトウセイが相変わらず険しい顔のまま、自分の名を名乗る。
 ただし特に礼などはせず、先程に出来なかった食事へとようやく箸を伸ばしていく。
 会話する事より食事を選んだトウセイは、そちらだけに集中しようとしているようだった。
「そうですか。いや、ロウがお世話になっているようですな。全く、こいつと一緒だと大変でしょう?」
 ジュカクはそれに何か言う事もなく、センカと一緒にトウセイの顔を順に見て確認している。
 その時、ほんの一瞬だが目が鋭くなったように見えた。 それはまるで目の前の人物を見定めるかのようで、鷹のような目つきである。
「やめてくれよ、師匠。そんな事を言うために、わざわざやって来たのか……?」
 だがその事に気付く者は誰もおらず、それより先に隣の窓際の席にいるロウが恥ずかしそうな顔をしていた。 手にある箸はすでに止まっていて、睨むように目を細めて抗議の声を上げている。
「むっ、そうだったな。すまん、すまん。はっはっはっは!」
 ジュカクは恨めしそうな視線を受けて、先程までの態度をごまかすように大きな笑い声を上げていく。
 そして二人のやり取りや笑い声によって場も弛緩し、わずかだが緊張は解けて和やかな雰囲気が流れていった。


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