第2話 霊剣


「ねぇ、光龍」
 村を出てしばらく歩いていた時、センカはふと背後に話しかける。
 いつの間にか歩みの遅くなっていたのか、今は二人から少し後ろの方を歩いていた。
「ん?」
 光龍は現れてすぐに、いつもと違うセンカの様子に気付いたらしい。 少し前に出て横に並び立つと、そこから顔を覗き込んでいく。
「霊剣と火の紋様。……そして龍を憎んでいる人もいるんだね。私、何も知らなかった。それに、私もあの人と同じなのかもしれない」
「……あの人とは先程、トウセイに敗れた男か?」
「うん。私もトウセイさんの火を初めて目にした時、破壊以外に使い方を思いつかなかった。見た瞬間に恐怖に囚われてしまった」
 憂鬱そうな顔をしたセンカは、光龍に対して伏し目がちなまま呟いている。
「ふふっ、馬鹿だよね。見た目で全てを理解しようとするなんて……。あなたのような存在だったらまた違うのかもしれないけれどね……」
「あまり自分を卑下するな」
「でもね、光龍……。私は書物を読んだり、人の話を聞いただけで分かった気になってた。何だって知ってるって思ってた」
 それからいくら励ますような声を受けても、相変わらず気持ちは晴れないようだった。 本人は巫女として龍に精通し、その事に対して確かな自負もあったらしい。
「でも、実際は違ったよ。きっと今まで気付かなかっただけで、世界にはもっとたくさんの知らない事があるんだろうな……」
 だがそれは今日になって打ち砕かれ、だからこそ落ち込んでいるようだった。
「センカ。お前の誰かを理解しようとするその姿勢は、持っているだけで人の中でも充分に立派な方だ。それこそ、人にしておくのが惜しいくらいにな……」
「うん……。そう、だといいけれど……」
 センカは暖かな言葉にようやく頷くが、顔は持ち上がらずに俯いていく。 そのせいで体勢はやや歪になり、地面を見ながら歩くような格好になってしまった。

「いや〜、それにしても最初は冷たい印象を受けたけどそれは間違いだったな。あの戦いを見れば分かる。トウセイは充分心が熱い男だって事がさ」
 その頃、前方ではロウが陽気な声を上げていた。 さらに隣を歩くトウセイの方を向くと、肩を気軽に叩こうとしていく。
「ふん……。俺は、今のお前の方が余程暑苦しいがな……」
 しかしトウセイはそれを簡単に避けると、皮肉を込めて言い返す。 冷たく押し返すような味気ない口調からは、打ち解けようという気はなさそうだった。
「そ、そうなのか。あはは、自分ではそういうのは案外分からないものなんだな。うん、これからは気を付けるようにするよ……」
 ロウはその雰囲気に圧倒されたのか、空笑いしながら独り言のように呟いている。 普通なら無礼な物言いに怒ってもおかしくはないが、そのような素振りは見られない。
「……」
 対するトウセイはそれがさらに癪に障ったかのように、顔を横へと向けていく。
 ただしそれで懲りた訳でもなく、ロウはそれからもトウセイに対してほとんど一方的にだが話しかけていった。
「はぁ……。全く、やかましい事この上ないな。これがどこまで続くのか……」
 トウセイは今まで一人でしてきたような、静かな旅を期待していたのかもしれない。 だが実際は真逆であり、話しかける合間に項垂れていく。
 さらに呆れるような溜息も絶える事はなかったが、最低限の受け答えくらいはしていく。
 だがそうして会話をしていたために、二人は後ろにいるセンカの様子に気付いていないようだった。

「……それに、私にだって知らない事はあるさ」
「え?」
 センカは光龍の呟きを聞くと、呆けたような声を上げて足を止める。
「例えばお前の事だ。センカ、お前はどうだ? 私の姿は恐ろしくないか」
 同時に光龍も動きを止め、真面目な顔で問いかけていった。 その目つきはいつになく弱々しく、不安や寂しさといったものがわずかに感じ取れる。
「人も獣達とも違う。空にも大地にも、海にも似た者などいない。私のこの体を見て震える事などまるでなかったと言えるか? 怯える事や、恐怖する事も……」
 さらに緊張した様子で語った後は、ぴくりとも動かずに答えが返ってくるのを待っていった。
「うん、もちろん。そんな事ある訳ないよ。私は昔からあなたに憧れていたんだもの」
 対照的にセンカは大して思い悩む事もなく、即答すると強く頷いていく。 その答えは自身が常日頃から思い、それ以外に含むものなどないかのようだった。
「実際に会った時なんて一目で気付いた。私はあなたと会うために生まれてきたんだって。本当よ。それくらいあなたはとても美しく、気高く見えた」
 そしてそう言いながら明るい顔を浮かべると、ゆっくりと近づいていく。 まるで自分の事のように嬉しそうに話しながら、その顔には穏やかな笑みを浮かべていた。
「は、はは……。そう来たか。お前は本当にどこまでも純粋で……。そこまで心が澄んでいるのだな……」
 対する光龍はずっと驚いたように目を見開いていたが、不意に笑い出す。 しかし視線はずっと正面に向けられ、たった一人だけを捉えていた。
「? 光龍。あのね、私……」
 一方のセンカは不思議そうな顔を傾げていたが、わずかに表情を曇らせると何かを言おうとする。
「いいさ」
「え?」
「お前の旅はまだ始まったばかりなんだ。少しずつ知っていけばいい。その目や耳、全身を使って……。せっかく私と同化したのだからな……」
 次に光龍はそう言うと、呆けたように固まっているセンカの方を改めて見つめていった。
「……うん!」
 センカはそれに応じるように、先程とは一転して嬉しそうな笑顔を見せる。
 光龍はそんな姿をそれからもじっと見つめ続け、その瞳に晴れ晴れとした明るい顔を映していく。
 やがてセンカはすでに大分先に進んでいたロウに呼ばれると、それから光龍と共に再び旅へと戻っていった。
 今回の一件でロウ達はどんな意図があるかは不明だが、自らの力を人へばら撒く龍の存在を知る。
 さらにそれに振り回される人も実際に目の当たりにするが、それでもセンカと光龍の絆は切れる事はない。
 それどころか両者は以前より、互いの信頼を深める結果となっていったのだった。


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