第13話 光


「あぁ、これで失った人生を取り返せる。本当の意味で俺達は元通りになれるんだ」
 ソウガはさらに力強く頷いた後、青く澄んだ空へ向けて顔を上げていく。
 雲のほとんどない空に浮かぶ太陽からは、暖かな日差しがさんさんと降り注いでいる。
 サクやトウセイも追随するかのように顔を上げ、眩しい輝きに目を細めていく。
 日の光はソウガ達を含め、地上にあるあらゆるものを平等に優しく照らしていった。
「ところで、お前はこれからどうするんだ?」
 それからトウセイは顔を下ろすと、ふと気になったのか尋ねていく。
 するとソウガも顔を下ろし、何かを考え込んでいるのか黙っていた。 表情は引き締められ、やがて真剣な顔つきへと変わっていく。
「……俺はここに残ろうと思っている」
 そしてソウガはトウセイの方を見据え、しっかりと口を開いていった。
「え、何で?」
 サクはその答えを聞くと顔を傾げ、不思議そうな視線を向けていく。
「見届けようと思うんだ。教主と、龍神教の行く末を」
 ソウガは真面目に答えつつ、龍神教の建物の方をじっと見つめていた。
「うーん。本当に大丈夫なのかな?」
 サクはそれを聞くと心配そうな顔をして、にわかに呟いていく。
「問題ない、全ては終わった。誰もが元に戻ったんだ。お前達が成長という変化をしたように、これから俺も変わってみせるさ」
 対するソウガは落ち着き払い、安心させるように口元を緩めて見下ろしていった。 目付きはただ憎しみに任せ、暴れるだけだった龍人の頃には見られないものだった。
 穏やかな雰囲気は空気を伝い、周りへと静かに広がっていく。
「龍人さん」
 そんな時、その場で唯一の暗く沈んだ声が響いてくる。
 全員が声のした方へ振り向くと、センカが申し訳なさそうな表情で立ち尽くしていた。
「本当にご迷惑をおかけしました……。龍人さんが望むのなら、どうか私にも罰を下してください。私はどんな事でも受け入れますから……」
 そして一定の距離を開き、俯いたまま話し出す。
 当人は落ち着こうと努めているようだったが、体は小さく震えている。 どことなく目も伏しがちで、まるで怯えているかのようだった。
「おいおい、俺をもう龍人なんて呼ぶなよ」
 だがソウガは怒ったりなどせず、むしろ明るく言って肩をすくめながら近づいていく。
「俺の名はソウガ。もう、紛れもない人間なんだ。いいな?」
 さらにゆっくりと屈み込んで視線を合わせると、諭すように話していった。
「あ、はい……。本当に、ごめんなさい……」
 センカはそれに頷きつつも、まだ表情を曇らせている。 目は潤んでおり、今にも泣き出しそうなくらいだった。
「そんな顔をするな。せっかくの可愛らしい顔が台無しだぞ」
 ソウガはそれを見ると笑いかけ、サクにしたのと同じように頭を優しく撫でていった。
 センカもようやく微笑みを取り戻し、少し恥ずかしそうにしながら大きな手を受け入れている。
「なんか、ソウガの印象って変わったよね」
 サクはその光景を見ながら、ふとそう呟いていた。 怒りに身を任せていたソウガを間近で見ていた者からすれば、目の前の出来事は驚きに値するらしい。
「あぁ。だがあるいは、あれがあいつの本当の姿なのかもしれないな」
 トウセイも同じ事を考えているのか、腕を組んだまま頷いている。
「センカ。もう旅立つのですね……」
 その直後、門の奥からは何者かが姿を現す。 現れたのは教主であり、侍女に体を支えられながらかろうじて姿勢を保っている。
 ただし顔色はかなり悪く、痛みや苦しみを我慢しているかのようだった。
「ニンネ様……! 起き上がられて大丈夫なのですか?」
 センカはそれを見ると驚いた様子で、身を案じて急いで駆け寄っていく。
「えぇ、体調は大分良くなりました。あなたを見送るくらい容易いですよ……」
 対する教主は明るく答え、弱々しいが微笑んでいく。 ただしそれは心配をさせないよう、あえて無理をしているかのようだった。
 今も横に付き添う侍女は、顔に浮かぶ汗を丁寧に拭いている。 表情はあまり芳しくなく、センカと同様に体の具合を懸念しているらしい。
「ところで、どうしても旅に出るのですか? もう少しここに滞在してはどうです?」
 しかし教主はまだ話足りない様子で、じっと見つめながらそう言ってきた。
「はい、そうしたいのですが……。ロウさんの事が心配なんです。あの人は目を離したらすぐに無茶をしてしまいますから」
 センカは名残惜しそうに答えつつも、首を横に振りながら力なく微笑んでいく。 目は自分の手をじっと見下ろし、脳裏にはあの時に掴めなかったロウの手が浮かんでいた。
「すでに決めているのですか……。なら、もう止めはしません。あなたはあなたのやりたい事を見つけられたようですからね。それはとても素敵な事なのですよ」
 教主は考えを譲らぬように見えたのか、頷きながら割とあっさりと納得していく。
「私は愚かにも途中で進む方向を違えてしまいましたが……。あなたなら大丈夫でしょう」
 さらにセンカの目をじっと見据えながら、優しく声をかけていった。 相手を思いやる気持ちに満ち溢れた姿は、ソウガと同様に昨日とは別人のようだった。
「はい。でも、私だって間違えるかもしれません……。ニンネ様の導きなしでは正直、自信がありません……」
 センカも視線を交わしながら一度は頷くが、それからすぐに心細そうに俯いてしまう。 そして地面に視線を落とすと、表情をさらに暗くしていった。
「大丈夫。例えあなたが間違ったとしても、きっとすぐに止めてくれます」
 だが教主は対照的に微笑み、はっきりと言い切っていく。
「え?」
 センカはそれを聞くと思わず、驚いたような顔を上げていった。
「だって、あなたには素敵な方達が共にいるのですから」
 そう言う教主の目は持ち上げられ、センカを飛び越えてその後方へと向けられている。
「……」
 それを聞いたセンカは驚いた様子で、すぐに後ろへと振り返った。
「いいんだな。ここに残らなくて」
 視線の先にはトウセイがおり、無表情ながらもそう言ってくる。
「はい、ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします……」
 センカは少し呆然とした様子ながら、呟くように答えていく。
「まぁ、どうしてもって言うなら助けてあげてもいいよ。ほんのちょっとだけならね」
 続けてすぐ側にいるサクが、無邪気に笑いかけながらそう言ってきた。
「サク君……」
 直前と同じように呟くセンカの背後には、さらに何かの気配を感じる。
「その通りだ、センカ。最も、お前がそうやすやすと道を誤るとは思えんがな」
 いつの間にか光龍がそこには現れ、何やら確信めいた言葉を口にしていた。
「光龍……」
 共に旅をする心強い仲間達を見ると、センカは嬉しそうに微笑む。 目元は潤み、光を反射しながら輝いていた。
「センカ。私は変わろうと思います。昔よりさらに輝きを増し、見事になったあなたのように。今すぐには無理でも、必ず。ですからお互いに頑張りましょう、センカ」
 教主は麗しいものを見つめるように目尻を下げ、その姿からは昨日までとは明らかに違う希望のようなものが感じられる。 いつからか呼吸も平静になり、汗も引いているようだった。
「……ニンネ様」
 センカはまた振り返ると、じっと見上げながら呟いていく。 目を見張る姿からは、変わりように驚いているようだった。
「でも、変わらないものもあります。光の先にこそ救いの道はある。私のやり方は間違っていましたが、今度は別のやり方で人々を救う方法を探し続けていきます」
 さらに教主はそう言うと、体を支えられながらだが少しずつ近づいてくる。 語り掛ける顔はどことなく、空に浮かぶ太陽のように晴れ晴れとしていた。
「もちろん今度は誰も見捨てはしません。こんなに澄んだ気持ちになれたのは……。あなたが目を覚ましてくれたおかげですよ。本当にありがとう、センカ」
 やがて教主はすぐ目の前まで来ると、そこで立ち止まる。 そして話しかけながら、センカを優しく抱き寄せていった。
「……いいえ、私は何もしていません。私はあなたの教えの通り、光を目指していただけです」
 始めは驚いていたセンカだったが、すぐに嬉しそうに微笑んでいく。
「だから本当に凄いのは、そんな純粋な思いを持ち続けていたニンネ様なんです。きっとニンネ様なら出来ますよ。私が保証します!」
 さらに教主を見上げながら、誇らしげな顔で抱き返していく。 純真で屈託のない顔や姿は、幼い頃と重なって映るかのようだった。
「ふふっ、そうですか」
 まるで子供のように甘えてくるセンカを見つめ、教主は顔を綻ばせていった。
「はい、そうです。そうなんです……」
 センカは続けてそう言いながら、教主の体に顔をうずめていく。 しかし体は少し震え、どうやら顔を見せないようにしながら密かに泣いているようだった。
「ふふっ……。センカ、大丈夫ですか?」
 教主はなおも愛おしそうに抱き締め、声をかけていく。
「はい。分かっています。あと少しだけですから、ちょっと待ってくださいね……」
 センカは体を離しながら、目の辺りを腕で拭っている。 ただし肩などはまだ小さく震え、どことなく無理をしているようだった。
「ははっ……。ほらっ、私は大丈夫ですよ。ははっ、あはは……。あははははっ……」
 そして続けてそう言うと、元気な姿を見せようとしている。 だが目元はまだ腕で隠されたままで、楽しそうな声とは裏腹に辛そうに見えた。
「うっ、うえぇぇぇ……。うっ、あぁぁぁっ……」
 やがて大きく開かれていた口も狭く閉じられ、声は涙交じりになっていく。
 その姿を見れば誰もが泣いている事に気付き、悲しみを懸命に堪えているのだろうと思い至る。
 それでもどうすればよいものか誰もが戸惑い、その場には嗚咽が響いていくだけだった。
「……」
 ただしその時、教主だけが動き出していた。 今度は侍女に力を借りる事なく、改めてセンカの事を抱き締めていく。
「ひっく、ひっく……。うぅぅ……」
 センカもまた教主の体に顔をうずめ、静かにすすり泣いていく。
 それからしばらくの間、教主はセンカが落ち着くまでじっと待ち続けていった。


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