第13話 光


「ごめんね、こんな事になって。私やニンネ様はあなたにたくさんひどい事をして……。一体、どう謝ったらいいかも分からないけれど……」
 センカは真正面から向き合い、光龍と視線を交わしながら見つめ合っている。 感極まったかのように目からは涙がこぼれ、さめざめと泣いていった。
「いらんさ」
 だが光龍は怒るどころか、むしろ楽しげな様子で答えていく。
「え?」
 センカは驚いたような顔をして、目を丸くしながら聞き返した。
「何故、私がお前の内心に気付いていながら同化を解かなかったかを教えてやろう。あの日、同化したその瞬間から私達は一つになったな」
 光龍はなおも澄ました顔をして話していく。 優しげな目を細めると、じっと前だけを見つめている。
「そうして分かたれた別個の存在でなくなったからこそ、私はお前の心を知る事が出来た。離れて久しかった人の温もりに触れる事が出来た」
 光龍がその先に見つめるセンカの瞳には、今も言葉を紡ぐ自分が映り込んでいる。
「だから私にとってお前は、もう別の命ではない。お前は私そのものなんだ」
 その姿はまるで鏡越しに己に語り掛けているかのようであり、いつになく穏やかさに満ちていた。
「センカ。自分に大していちいち謝る必要も、遠慮する事もあるまい。そして自分が自分の事を信じるのは、当たり前の事だろう?」
 さらに瞳を覗き込んだまま、励ますように言葉をかけていく。
「光龍……。うん、私もそう思うよ……」
 センカはそれによって直に光龍の優しさに触れたからか、また涙ぐんでしまう。
「泣くな、センカ。お前には笑顔が一番よく似合う」
 それを見た光龍は明け透けに、だがあくまで優しく話しかけていった。
「う……。うん……」
 センカはその意図をちゃんと汲み取ったのか、わずかに微笑みながら涙を拭っていく。
 後に残ったのは爽やかな雰囲気と、改めて互いを信じて見つめ合う両者の姿だった。
「光龍。あなたの体を眠らせてあげよう? もう、苦しまなくてもいいように」
 そしてセンカはわずかに間を置いた後、表情を引き締めるとそう言った。 前を向いて光龍の肉体を見つめると、静かだが力のこもった声を発している。
「そうだな。そうしなければならないのだろうな。あのまま拒絶反応に苦しみながら息絶えていくよりは、ずっとその方がいいはず。だが、そのためには……」
 光龍も頷きつつ、見るも無残な姿になったかつての体を見つめていった。
 ただし考え自体には同意しつつも、最後には何か言いたげに口をつぐんでいく。 前方にいる自身の肉体を視界に捉えつつも、センカも見つめている光龍は何かを思い悩んでいるようだった。
「いいよ。あなたの考えは分かっている」
 センカは前を向いたまま、多くを語る事はしない。 振り返らずとも相手の考えを読み取り、穏やかに答えていく。
「だって私達は一つ、なんだもんね」
 そしてそう言うと、優しく微笑んでいった。 その時の姿は不思議なまでに落ち着き払い、まるでいつもとは別人のように見えていた。
「本当にどうしたの、センカ? 何か、今までと違うよ……」
 サクも驚きと心配の意味を込めた視線を送りつつ、そう呟いていく。
「あぁ、まるで別人のようだ……」
 トウセイも頷くと、これからの様子をじっと窺っていった。
「すまん、センカ。お前の体を借りるぞ……」
 次に光龍は申し訳なさそうに言うと、ゆっくりと目を閉じていく。
 センカはそれに答える事なく、同調するかのようにゆっくりと目を閉じていく。
 すると次の瞬間、光龍の姿は眩い光と共に消えていった。
 そのすぐ後には、センカの体に輝きを放つ紋様が次々と現れていく。 紋様は全身に拡散しながら、複雑に絡み合っていった。
 変貌を遂げつつある姿はまるで、全ての力を託されたかのようだった。
「あれは僕と同じもの……? 全身に紋様が現れ、龍とさらに強く結び付く。センカと光龍は、あの時の僕達のように完全同化を果たそうとしているの……?」
 サクは目の前で起きている光景に目を奪われながら、そう呟いている。
 しかし答える者はおらず、誰もが眩い金色の輝きに釘付けになっていた。
「……」
 そんな中で、センカは全身に輝く紋様を纏っている。 やがてそれらは右手の辺りに移動し、一つに重なり合っていく。
 光り輝く手の平を返すと、その上には形の良い光玉が出来上がっていった。 宙に浮かぶ光の玉はこの世のものとは思えないような、とても美しい輝きを放っている。
 だがそれをじっと見つめるセンカの体は、直後に揺らいでいった。
「く……。やはりまだ無謀だったか……?」
 表情のない顔をしながら、センカは憂慮するような声を出す。 ただし声はセンカのものではなく、光龍のものだった。
 そして心配が見事に的中するかのように、光玉は形を崩していく。 光の紋様が集まったようかに見えるそれは完全に混ざり切らず、一色に染まる事もない。
「これでは……」
 センカはそれを見ると、諦めるかのように目を閉じていこうとした。
「諦めちゃ駄目だよ!」
 その時、少し離れた位置からは激励の声が聞こえてくる。
「君ならきっと出来る! どうすればいいのかはよく分からないけれど……。でも……!」
 声の主はサクであり、両手を握り締めて大きな声を上げている。 言葉はまだ纏まり切らず、あまり励ましにはなっていないのかもしれない。
 しかし声と思いは確かに届き、力に変わっていったようだった。
「あぁ、そうだな。お前達はどんな困難でもそうしていたのだったな……」
 次に目を開いたセンカの手の上にある光玉は、いつの間にか形を整え終えていた。 輝きは先程以上になっており、形も歪まずに概ね安定してる。
 どうやらセンカと光龍はつい少し前にサクがしたような、半同化を成し遂げたようだった。
「ふぅぅ……。まだ完全には至らずとも一応は制御出来ているか。これならば……」
 センカは大きく息を吐き、意識をさらに集中させていく。
 ほとんど変化のない表情で自身の体を改めて眺める姿は、かつてセンカと光龍が初めて同化した時と似ているようだった。
「あぁ……。それにしても久しぶりの肉体だ、紛う事なき本物の……。肌に触れる空気、熱の暖かさ。この懐かしい感覚をようやくまともな体で感じる事が出来た……」
 それでも次の瞬間にはそう言うと、目を細めながらじっくりと辺りを見回していく。
 初めての同化の時には心ない人形のような印象があったが、今は正反対に満足そうな呟きをしていた。 空をじっと見つめる姿などは、光龍の肉体が取った行動とまるで同じに見える。
「だがあまり時間は無い。センカの体にいたずらに負担をかける訳にはいかないからな」
 それでもすぐに真剣な表情をすると、顔を下げてそう言う。
「では、始めようか」
 視線はかつての自身の肉体に向けられ、持ち上げた手の平には輝きと大きさを増した光玉が回転していた。
「……!」
 その頃、光龍の肉体の側にいたソウガは輝きに見とれていた。
 光玉は天からの光を受けるかのように、明らかに肥大している。 ソウガはそれを一目で見抜き、内包した力の凄まじさを感じ取っていたのかもしれない。
「体が勝手に動く……。あれは何て美しいんだ……」
 だからこそ光玉を見つめたまま、少しずつ今の位置から退いていく。 その行動はまるで、災害を察知していち早く避難する野生動物かのようだった。
「グゥ……」
 一方で光龍の肉体も輝きに気付いたのか、顔を上げるとそちらへ向けていく。 だがその程度のわずかな動きも今となってはきついのか、体は思うように動いてくれない。
 ほんの少し身をよじらせるだけでも肉体は綻びを生じ、さらに崩れ去っていく。
「ガ、ガァァァァ……」
 それでも光の方へ動くのを止めようとせず、どうにかして向き合おうとしている。 まるで自らに絶対に欠かせぬ何かを求めるようであり、その様子はとても必死だった。
「すまぬな。無理に起こしてしまって」
 センカはその姿をじっと見つめながら、ふと小さく呟く。 声は落ち着き払い、受ける印象もいつもとはまるで違う。
「もう誰もお前を苦しめたりはせぬ。だからゆっくりと休むがいい」
 そう言う顔は無表情のままだが、目は少し伏せられている。
 悲しそうに見える視線の向こうでは、光龍の肉体もじっと見返してきていた。 二つの視線はわずかな間だけだったが、遮るものもなく交差し合う。
 センカは直後に手を動かすと、光龍の肉体の方へ向けて狙いを定めていく。 すでに光玉は最初の頃より、二回り程は大きさを増していた。
「オォォ……」
 一方でそれを見ると、光龍の肉体は悲しそうに唸り声を上げていく。 ただし目はどこか安らぎに満ち、自分がこれからどうなるかもちゃんと分かっているかのようだった。
「さらばだ」
 それからわずかに間を置いた後、センカはそう言って目を閉じる。 最後の行動は、これから起こる事を見ないようにするためのようだった。
 その直後、手の平の上にあった光玉からは一筋の線が放たれる。
 甲高い音を発しながら放たれた光線は、眩い光と共に凄まじい速度で向かっていく。
「……」
 光龍の肉体は暴れる事も驚く事もなく、静かに受け入れていった。
 光線は命中と同時に炸裂し、圧倒的な高温で全てを融解させていく。 轟くような衝撃は周囲に伝わり、輝く光によって視界は白一色に染め上げられていった。
「アァ……」
 何も見えない中で光龍の肉体は、眠るように穏やかな表情で目を閉じていく。 しかし最後の瞬間、瞳にはセンカの無表情な顔が映っていた。
 そして光が消えて辺りが元の明るさを取り戻した頃、そこには立ち尽くすセンカの姿があった。 特に怪我などはないようで、周りにいるトウセイ達にも異変はない。
 ただし相対していた光龍の肉体は、すでに生命活動を終えていた。 体は乾き切った砂の固まりのようであり、全身に深いひびが刻まれている。
 やがて弱く吹いた風に揺らされただけで、形を失って崩れ去っていく。
 後にはほとんど何も残らず、光龍の肉体は全てが風に流されていった。 だが全てがなくなった訳ではなく、光龍の肉体があった場所には紋様が残されていた。
 それは光龍の肉体にあった紋様であり、直後にはセンカの方へと向けて飛んでいく。 輝きに向かって飛ぶようなそれは、まるで明かりに導かれていく蝶のようにも見えていた。
「……」
 センカはそれへ手を向けると、無言のままで受け入れる。 差し出された手に紋様が入り込むと、その部分は一瞬だけ輝く。
 センカはそれを見届けると、静かに手を下ろしていく。
 一時はどうなるかとも思ったが、こうして光龍の肉体は元の持ち主の手によって滞りなく鎮められていったのだった。


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