第13話 光


「あなたは……。とても細やかで、それでいて暖かな光そのもの。こんなに素晴らしい存在がすぐ側にあったのに、私は……」
 一方で教主も先程とは違う表情を浮かべ、後悔に満ちた体は震えながら丸まっていく。
「ニンネ様……?」
 センカは様子のおかしい事に気付いたのか、不思議そうに声をかける。
「そう、ですね。あなたの言う通りかもしれません。人々を救うという名目を諦め……」
 教主は心配をかけぬように言うと、触れ合う手に自身のもう片方の手を重ねていった。
「ただ影から目を背けるだけだった私は、ひどく間違っていたのかもしれませんね」
 直に触れ合う手から優しさや温もりを受け取ったからか、力ない顔ながらも微笑みかけていく。
「あの、私……」
 センカはその変化に対し、呆けたような顔を浮かべるだけだった。
「ごめんなさい、センカ。そしてありがとう。あなたはこんな私でも最後まで信じてくれたのですね」
 次に教主はそう言いながら手を離すと、小さな体を優しく抱き締めていく。
「私などあなたの輝きに比べればほんの些細な存在ですよ」
 恐縮するように呟く態度は、いつもの優しげなものへと戻っている。 それはかつて幼いセンカが花畑で見たような、懐かしい面影だった。
「え、えっと……」
 センカはそれを感じつつも、急に雰囲気の変わった事に戸惑うばかりである。 様子がおかしかったのが元に戻っただけだと分かりつつも、何も言い返せずに体は固まったままだった。
「さぁ、センカ。龍神様を止めましょう。私と、一緒に」
 やがて教主はゆっくりと離れていくと、そう言いながら笑いかけてくる。 優しげな声と暖かみを感じる視線は、冷たく暗い空間の中にあってもなお輝きを放っているかのようだった。
「ニンネ様……」
 センカは思わず目を見張り、驚いたような表情を浮かべている。 それはかつて見た姿と瓜二つで、自身を救った光そのものであった。
「はい!」
 だからこそ元気を取り戻すと、花開くような笑顔で明るく答えていった。
「ァァ……」
 その頃、光龍の肉体はずっと上を向いた体勢を保っていたようだった。 気力のない目や声をして、首はすでに反り返るくらいにまでなっている。
 体にはわずかに紋様が光り、おぼろげな輝きを放っていた。 さらにだらしなく開かれた口には、ほんの小さな光の粒が集まっていく。
 それらは見る見るうちに大きさと密度を増し、薄暗い中にあって一点の光となっていった。
「まずい、センカ……。逃げろ!」
 光龍は光の玉を見た瞬間、慌てた様子で叫んでいった。
 だがセンカが反応するより速く、光龍の肉体は大きく息を吸い込む。 次の瞬間、作り出した光の玉を地上へと向けて放っていった。
 そして一定の速度を保ちながら駆け上がると、地面に激突して凄まじい音と振動をもたらしていく。
 しかし一発だけでは地面は砕き切れなかったようで、まだ頭上には暗い空間が残っている。
「きゃあ!」
 センカは頭上から落ちてくる大量の砂や石に身を固くし、思わずしゃがみ込んでしまっていた。
「駄目です、ここに留まっていてはいけません……」
 教主はそんなセンカを庇いつつ、立ち上がらせると一緒に走り出していく。
「お急ぎください、教主様、巫女様!」
 目指すはまだ無事な階段の方であり、そちらからは護衛達が慌てて走ってきていた。
「ガアアァァァァァ……!」
 一方で光龍の肉体はまだ目的が果たせていないかのように、すぐに新たな光の玉を作り出していく。
 今度は少し小粒だが、その分だけ数が多かった。 五つや六つくらいを同時に作り出すと、すぐさま発射していく。
 連射された光の玉は先程以上の勢いで、連続して地面へとぶつかっていった。 それによって底の方には大きな土塊や、岩の固まりのようなものが次々と落下してくる。
 だが光龍の肉体はそれらを避けるような事もせず、ただ地上を羨望の眼差しで見上げていた。
 視線の先には遂に空いた大きな穴があり、そこからは太陽の光がさんさんと降り注いでくる。
「センカ、大丈夫ですか……?」
 教主は護衛達に周りを囲まれた状態ながら、身を案じるように話しかけていく。
「は、はい……」
 センカもしがみ付きながら、未だに落ちてくる障害物を避けつつ共に走り続けていった。
 やがてセンカ達はそのまま休む事なく階段を駆け上がり、地下を脱出していく。
 あれ程暗かった地下も、今となっては大部分が明るくなっている。 遥か上空から降りてくる光は、地下にあるものを完全にさらけ出していた。
 といっても、もうそこに残っているものは光龍とその肉体しかいなかった。
「暗い世界に満足せず、ただ純粋に光を求める。やはりお前は生きているのだな……」
 光龍は眩しそうに地上を見上げると、重苦しい声で呟く。 さらに沈んだ気持ちのまま、前の方をじっと見つめていた。
「……」
 そこには光龍の肉体がおり、じっと見返してきている。
 ただし光龍の事を認識はしつつも、それがどういう存在なのかまでは分からないらしい。 鏡に映る己を見るかのように、光龍の肉体は呆けたような表情をしていた。
 光龍はそんな己の肉体を見つめ、何かを案じているのかずっと黙り込んでいる。
「グ、オォォォ……」
 やがて光龍の肉体は自分とそっくりの存在を見るのに飽きたのか、また上を向いていく。
 瞳には眩しく輝く太陽が映り、否が応でも地上への期待は高まっている。 さらに手足の筋肉には力が込められ、肥大しながら膨れ上がっていった。
「待て、行ってはならん。もし向かうというなら、私は……!」
 光龍はそれを見て、何をしようとしているのか気が付いたようだった。 慌てて向かおうとするが、とっさの行動は間に合わない。
 光龍の肉体は背にある大きな二対の翼を、意気揚々と広げていった。

 その頃地上では、轟音と共に突然地面が抜けて大きな穴が出来上がっていた。
「ど、どうなっているの。地下で何が起きたの……?」
 サクはそう言いながら、そこから恐る恐る下を覗き込んでいく。
「さぁな、さっぱり分からん」
 トウセイも不思議そうに答えながら、同じように穴を覗いていった。
 穴の縁の辺りは土に混じって、見慣れぬ金属製の素材が見え隠れしている。 しかし今はそれよりも、地下に何があるかの方が気になっているようだった。
 そして穴は縦に伸びている深いもので、底の方まではよく見えない。
「いるぞ、あそこに」
 それにも関わらず、ソウガは神妙な顔で呟いていた。 二人の間に立ちながら、視線は先程からずっと深遠な地下へと向けられている。
「え、何が?」
 それを聞いたサクは何事かと思い、隣を見上げていった。
「分からない。だが、あれはまだ生きている。いや、生き返ったとでも言うべきか……?」
 対するソウガは険しい表情でそう言いながら、観察するように目を細めていく。 その様子はまるで、穴の中に重大な脅威が潜んでいるかのようだった。
「あれは恐らく……」
 龍人の発達した目は他の二人には見えない何かが見えているのか、地下を凝視したまま立ち尽くしている。 体は小刻みに震え、本能が何かに怯えているようだった。
「そうだ! あれこそ私の切り札!」
 その時、フドはいきなり大声を上げていった。 少し大げさな様は、待ちわびた何かの到来に歓喜しているかのようにも見える。
「あれは龍人の到達点をも軽く飛び越えるもの! それにはやはり、龍人の元となる龍そのものでしかあるまい!」
 さらに恍惚の表情で息巻くと、そう言いながら鼓舞しているかのようだった。 それでも熱く語り掛けているのはあくまで自分に対してであり、独りよがりな印象しか受けない。
「これでお前達はお終いだ! あっはっはっはっは!」
 ただしフドは何も気にせず、地面に体を投げ出していく。 そしてそのまま、狂ったように腹を抱えて笑っていった。
 つい少し前まで追い詰められていたはずだが、今は一転してここまで余裕を取り戻している。 フドをここまで狂喜させる何かが地下にあるのは、どうやら確かなようだった。
「こいつ……」
 だがトウセイにとっては、その姿は不快でしかないようだった。 苛ついたのか強く睨み付け、今にも殴り掛かりそうに見える。
「待て」
 その時、不意にソウガの方から緊張した声が届いてきた。 体はその場にしゃがみ込み、穴の方をさらに注意深く覗き込んでいる。
 どうやらこの場にあってソウガだけが何かを察知し、危機感を覚えているようだった。
「え、何? 何なのさ……!」
「どうした……?」
 サクやトウセイはそれを聞くとフドから注意を外し、それぞれソウガの隣にしゃがみ込む。
 そして前のめりになると改めて地下を覗き込むが、先程と変わらずに中の様子はほとんど分からなかった。 しかし実際には刹那の間だけ、地下にはわずかに瞬く光があった。
 それは地下にある何かが日の光を反射していたような、ほんの些細な変化である。
 ただ次の瞬間、それは激変となって地上に向かってくる事となる。 穴の奥底からは圧倒的な質量と大きさを伴ったものが、それこそ凄まじいと形容するにふさわしい速度で噴き上がってきた。
「あれは……!」
 それにいち早く気付き、驚きの声を上げたソウガは慌てて身を引く。 ついでにサクやトウセイを掴み、一緒に穴から引き離すのを忘れはしなかった。
 その直後、穴からは何か巨大なものが凄まじい勢いで飛び出してくる。 二対の翼を羽ばたかせる外見は龍とそっくりのであり、そのまま空へと飛び上がっていく。
 穴からはそれに加えて突風や衝撃も噴出し、地上に拡散していく。
「うわぁぁ……!」
「ぐぬぅっ……」
 サクやトウセイはそれらに思わず目を瞑りつつ、ソウガに引き倒された勢いも合わさって後ろに転がっていった。
「……」
 ただし木龍だけは肉体がないので影響を受けず、目を見開いて飛び出してきた存在をじっと眺めていた。
 後には一斉に舞い上がる砂埃が残され、辺りの視界は一気に悪くなっていった。
「ど、どうなったの!? 何も見えないよー!」
 あまりに突然の事に混乱しているのか、サクは訳が分からないといった様子だった。 そのまま怯えるように叫ぶと、答えを求めて側にいるソウガの体を揺すっていく。
「あれはまさか、龍なのか……?」
 一方でトウセイは目を細め、空を見上げながら呆然とした様子で呟いていた。
「え、嘘……。あ、あれって光龍に似てない……?」
 サクもしがみ付いたまま見上げていくと、そこにいるものを見て驚いた様子だった。 それでもどことなく見覚えがるのか、疑問のような言葉を空へ向けている。
「いや、違う。あれは確かに光龍だが、そうではない。その肉体だけだ……」
 その時、木龍は愕然とした様子ながらも首を左右に振りながら呟いていた。 何度も強く否定して考え直そうとする姿は、目の前の現実を頑なに認めないようにしているようにも見える。
「え、え……?」
 サクは普段はあまり見ないうろたえた姿に感化されるかのように、混乱に目を回していった。
「あれは魂のない抜け殻だ。断じて光龍などではない……」
 対照的に木龍は、やはり自分の考えが正しいのだと納得したようだった。 険しい表情からは、怒りの感情がはっきりと見て取れる。
「もう、木龍ったら……。ちゃんと説明してよ……」
 だがサクには断片的なものしか伝わってこず、やや不満げに呟いていた。
「よぅし、こうなったら僕が直接……」
 やがて謎の存在の正体を、自らの目で確かめようと思いついたらしい。 意気込むと同時に、相手を刺激せぬように忍び足で近づこうとしていった。


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