第13話 光


「グァァアアアア!」
 そして二体の強化龍人達はなおも叫び声を上げながら、待ちかねたと言わんばかりに動き出す。 体重をかけて前へ前へと進む度、大きな音と振動が辺りに伝わっていく。
「くっ……」
「は、速すぎだよ……」
 トウセイとサクは速度を上げながら横並びで迫って来るのを見ると、当初はうろたえるような反応を見せる。
 だが二人は直後には、気を取り直したようだった。 トウセイは刀を構え、サクは袖を捲くり上げて腕を露わにしていく。
「くらえっ……!」
「えーーいっ!」
 そして刀からは火を放ち、地面からは木を一斉に生やしていった。
「グウゥォォオオ……!」
 しかし体に火が命中しようと、一号は怯みもせずに無傷のまま走ってくる。 顔や腕を振るうだけで体に残った火もかき消され、火傷の跡さえ残ってはいない。
「ガアアァアッ……!」
 さらに二号に至っては眼前に現れた木々をいとも簡単に引き千切り、勢いは全く緩まない。
「ウォォォオオォォオ!」
 強化龍人達は紋様の力を操る二人でも足止めすら出来ず、圧倒的な力を見せつけていた。
「ま、待った。待ってってば……!」
 それを見たサクは慌てふためきながら、すでに眼前にまで近づいた相手に呑気に話しかける。
「……!」
 二号はまるで気にする様子はなく、大きく開いた手を伸ばそうとしていく。
 だが次の瞬間、太い腕よりもさらに太い木が地面から生えてくる。 そして腕を取り込み、さらに天に向けて伸びつつあった。
「えへへっ……」
 サクはそれを得意げに眺め、ふと二号と視線が合う。
「ウ……。オォォオォォオ!」
 しかしすぐに視線は逸らされると、力を込めた腕が思い切り振られていった。
 すると先程よりも太いはずの木も、あっさりと引き千切られていく。 辺りには木の繊維が潰れる低い音が響き、粉々になった木片が散らばっていく。
「嘘……」
 サクはそれを呆然と見つめ、二号が間近にいるにも関わらず立ち尽くしてしまう。
「ガアアァァ!」
 二号は次に上げた腕をそのまま振りかぶると、眼前で動きを止めたサクに狙いを定めていった。
「うぅ、このぉ……!」
 だがサクはすぐに我に返ると、腕の辺りに紋様を光らせていく。
 それによってすぐ前の地面からは何本もの木が生え、絡み合いながら四角い盾のような形になっていった。
 どうやら自身の前に木の盾を展開して、迫りくる攻撃を防ごうと考えたのかもしれない。 だがその目論見はあっさりと、凄まじい衝撃を伴って破壊されていく。
 二号はその剛腕を持って、木の盾を一瞬で木っ端微塵にしてしまった。
「わ、わぁぁぁっ……!」
 凄まじい威力は余波によって、サクがいとも簡単に後ろに吹き飛ばされる程である。
 もし直前に木の盾を装備していたら、伝わる衝撃だけで体が粉砕されていたのは確実だった。
「あいてててて……。ひどいなぁ、もう……」
 しかし今のサクには、己の幸運を実感している余裕もない。 地面で転んだまま、頭を擦りながら何とか立ち上がろうとしている。
 二号はじっと見下ろしつつ、余裕すら窺える程にゆっくりと近づいていく。 油断をしている訳ではないが、すでに相手の力を見切ったと感じているようだった。

「グゥゥアアアア!」
 時を同じくして、一号も猛り狂った様子で声を張り上げていた。 すでにトウセイの眼前に接近しており、そのまま巨大な握り拳も振り上げている。
「くっ……。殺したくはないが、手加減の余裕もないかっ……!」
 トウセイは直後に訪れた強烈な攻撃を、何とか紙一重で避けていった。
 顔のすぐ真横を巨大な拳が通り過ぎ、風を切る音が耳に届く。 当たればただでは済まないのは明白であり、避けるのに成功しても冷汗は止まらない。
 そして攻撃は一度で終わりではなく、さらに上下左右から途切れずに襲い掛かってくる。
 トウセイはサクと違い、まともな防御手段を持たないために回避をするしかない。 そのために剛腕をかいくぐり、それから反撃の隙を窺おうとしていた。
 心臓が止まるかのような感覚を常に味わい、緊張を切らす事が出来ない極限状態が続いていく。
「ぐ、つぅっ……!」
 だがそれは唐突に終わりを迎え、トウセイの脇腹の辺りを強化龍人の爪の端が掠っていった。 その瞬間に体には鋭い痛みが走り、傷からは血が流れ出す。
「だが……。骨にまでは至っていない……」
 攻撃を避け切れなかった事を悔いつつも、直後には冷静に距離を取ろうとした。
「オォォオオ!」
 対する一号は傷を押さえる姿を見て好機と捉えたのか、一機果敢に攻め立てる。 しかしその分だけ動きは大振りになり、隙も一気に大きくなっていった。
「馬鹿の一つ覚えのように……!」
 トウセイはそこを狙って、攻撃を避ける動作の合間に刀を振るう。
 紋様の赤い光と共に刀からは火が放たれ、勢いよく飛んでいった。
 そして火は一号に直撃すると、体に纏わりつきながら燃え上がっていく。
「どうだ……!」
 至近距離から火を当てる事に成功したトウセイは、確かな手ごたえを感じているようだった。
「……」
 だがまともに火をくらったはずなのに、一号には全く傷はない。 顔や腕などには火傷の跡も残らず、うっとうしそうに顔を動かしているだけだった。
「ちっ……。火の紋様を手に入れて力は強くなったはずだというのに……」
 それを見たトウセイは顔を歪め、ひどく焦っているようだった。
 火龍との戦いを経て、すでに多くの火の紋様を宿している。 おかげで使える力の種類も、強さも増えたはずだった。
「何故、あの時の力がうまく出せん……」
 しかし今、体にある紋様は不穏に明滅を繰り返すだけだった。 自身でも何となくは感じ取っているのか、これまでにない事態に戸惑っている。
「!?」
 だが次の瞬間、熟考などさせぬかのように攻撃が飛んできた。 それは鋭角に襲い掛かってくる、勢いのついた上段蹴りであった。
 今までは一号もただがむしゃらに殴ってくるだけに見えていたが、その一撃は違う。 相手の動きを学習し、通じないやり方を変えつつあるようだった。
 さらにその場で突発的にしゃがみ込むと、足払いを仕掛けてくる。 それからも次々と新たな攻め方を使い、トウセイを圧倒し続けていく。
「くっ……」
 対するトウセイは力がうまく扱えない事に加え、手強い相手に苦戦を強いられていた。
 それはすぐ近くで戦うサクも同様であり、防戦一方になりつつある。
 龍の力を持つ二人であったが、このままではなす術もなく敗れ去ってしまいそうだった。
「サクとトウセイが本来の実力を出し切れば、決して適わぬ相手でもないが……」
 その頃、木龍は戦いの場から離れた位置で冷静に分析を続けていた。 しかし一抹の不安を抱えているかのように、表情は重苦しい。
「やはり完全同化が成らなかったのが原因なのか、サクは紋様が不調なように見える」
 さらにそう言いながら、今も苦戦しているサクの方をじっと見つめていった。 推測通りに、何故か風龍と戦った時程の力を発揮出来てはいない。
 二号がやや余裕を持って戦えているのも、木龍の推測の正しさを証明していた。
「加えて何故か、サクは力を必要以上に使おうとはしていないようだ……」
 どこか歯痒さのようなものを覚えながら、睨み付けるかのように見続けていく。
 視線の先にいるサクは、無意識の内に力を出し惜しみしている。 その様は、まるで完全同化を避けようとしているかのようだった。
「そしてトウセイはというと……」
 なおも解説のような独り言を呟きながら、今度はトウセイの方を見ていく。
 先にある光景はサクのものとほとんど同じで、強化龍人に反撃をする隙さえ見つけられずにいるようだった。
「完全同化に至っていないのであれば、龍が力の行使をある程度は補助する。だがトウセイは、火龍と正式に同化した訳ではない」
 そう呟く木龍は、トウセイの体にある紋様をじっと見つめている。 輝きは非常に弱く、ひどく不安定なものに映っていた。
「その身に紋様を宿しているだけで、力を完璧に使いこなせる訳ではない。羽が生え揃っても、まだ飛び立たぬ若鳥のようなもの」
 そして龍の力に頼れずにほぼ独力で戦うのを見ると、難しそうな顔をしている。
 トウセイが火龍を倒した時は、リヤから渡された紋様が強く作用していたある意味で特別な状態だった。 そのために完全同化に近い能力を発揮出来ていたのだが、今のトウセイ一人きりでは紋様を完全に扱い切れていない。
 それどころかトウセイは、自分が使っていた紋様すら満足に扱えなくなってきているようだった。
「……これは少しまずいかもしれんな」
 不利な点しか窺えない状況を眺めながら、木龍は静かな溜息と共にそう呟く。
 辺りには不穏な空気が漂い始め、それは確かに戦況の一層の悪化を告げていった。

「うわ!」
 そしてその頃、サクは劣勢に追い込まれて必死で攻撃を躱している所だった。
「わぁ……!」
 多少無様な姿を晒しながらも、何とか二号の攻撃を避けていく。
「えっ、うそ……!」
 だが途中で足がもつれ、その拍子に派手に後ろへ転んでしまった。
「いてて……」
 また尻餅をついてしまうと痛みに顔をしかめ、その場に留まって動きを止めてしまう。
「あ……」
 しかしすぐ後に、目の前にある自分を覆い尽くす影に気付いたようだった。
「……」
 眼前にはじっと見下ろす二号の姿があり、わずかな間だけ訪れた静寂は時間が止まったかのようである。
「ォォ……!」
 だが直後に、二号はサクの胴体へと手を伸ばしていく。 大きな腕は細い体を楽々と掴むと、軽々と宙に持ち上げていく。
「こ、こら! 下ろせよー!」
 サクはその状態で体をばたつかせ、何とか束縛から抜け出そうとしていた。
「……」
 しかし二号は見逃すつもりはなさそうで、そのまま掴む手に力を込めていった。
「うっ……。ごほっ、ごほっ……。」
 するとサクの体は内に向けて押し潰され、咳き込むと共に苦しそうな顔を浮かべていく。 激しい痛みと熱を感じつつ、呼吸すらまともに行えない。
「は、離……」
 それでもサクはめげず、体に緑色の紋様を輝かせようとしていった。
「ガァァァ……!」
 だがそれを感じ取った二号はそうはさせまいと、そのままサクを一気に地面に押し付けていく。
「うぐぅ……! げほっ、ごほっ……」
 背中を派手に打ち付け、強い衝撃を受けるとサクは先程以上に咳き込んで表情を歪ませた。
 それでもわずかに手は緩み、何とか呼吸が出来るようにはなる。
「ぁ……」
 だが次の瞬間、そんなサクの目に暗い絶望の色が灯る。
 二号は仰向けになったままのサクを手で抑え込みながら、反対の腕を高く振り上げている。 太い腕は膨れ上がった筋肉のせいで、丸太と見紛う程だった。
 後はそれを軽く下ろすだけで、サクの体など粉微塵にされてしまいそうに思える。
「あぁ、これはもう駄目かな……」
 サクは身動きが取れない現状から、すでに抵抗すら諦めたようだった。 表情や体からは力が抜け、達観しているようにも見える。
「……」
 二号はその様子を見下ろしながら、上げた腕に渾身の力を込めていく。 腕はさらに太くなり、いつでも振り下ろせる事が出来そうだった。
 そしてすでに勝負はついたと思っているのか、先程までと比べるとやや落ち着き払っているようだった。


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