第13話 光


「うっ、うぅ……」
 男は刀を突きつけられて逃げる事も出来ず、情けなくがたがたと震えている。 恐怖のせいで悲鳴を上げるどころか、まともに話す事すら叶わないようだった。
「確か、こいつは……。龍人を作ったとか言っていた奴だな」
 トウセイはそう言って見下ろしながら、改めて刀を眼前に突き付ける。
「ひぃぃっ!」
 すると男は短く声を上げ、怯えた表情で少し後ずさっていった。
「あれ? そういえばこの人って、火の国で捕まったんじゃなかったの?」
 サクは思い出すように頭に手をやると、顔を傾げてそう言っていく。
「そ、そうだ。あの時は実に大変だった。あの後、私は縄で縛られて厳しい取り調べを受けるはめになったんだ。何も悪事など働いていないというのに……」
 次の瞬間、男は悔しそうに手を握り締めていく。 嫌な事を思い出す顔は、ひどく歪んでいった。
 その男こそ龍人を作っていたフドという人物であり、余程腹に据えかねていたのか俯きながら怒りに体を震わせていく。
「むしろ、私は賞賛されるべきなのだ! 龍人を作り、それを発展させていった私にはその資格がある!」
 さらに顔を上げると、刀を気にせずに叫んでいった。 その姿は恐怖に怯えていた直前までとは、まるで違って見える。
 サクやソウガはその豹変ぶりに驚いた様子で、二人して顔を見合わせている。
「だというのにあの者共は話を聞こうともせず、何の落ち度もない私を迫害して……。私の偉大さを理解出来ない、愚民共め……」
 フドはある意味で奇異の視線に晒されながらも、ひたすら自己弁護を繰り返しながらぶつぶつと呟いていた。
「何を言っている。単なる自業自得だろ」
 そんな時、トウセイは見下ろしながら心底呆れた様子だった。
「そうだよね……。この人、ちょっとおかしいんじゃない?」
 サクも同じように冷めた視線を向けながら、そちらへと歩いていく。
「……」
 側にはソウガの姿もあるが、視線は二人と違って殺気に満ちていた。
「しかし、私は教団の人間。きちんとした身分を証明すればあらぬ嫌疑など晴れ、すぐに釈放された。やはり、正義は勝つのだ。誰も私の行動を止める事など出来はしない!」
 直後にフドは急に顔を上げると、表情をがらりと変えていく。 周りからの印象などまるで気にしていないのか、言いたい事だけを言い終えると声高に叫んで腕を振り上げる。
 だが誰も同意しない状況では、それもただ滑稽な姿でしかなかった。
「はぁ……。どうせ金とか汚い方法でどうにかしたんでしょ?」
 サクなどは軽蔑と疑惑を含めた視線を投げかけ、溜息すらついている。
「う……。う、うるさい! そもそもお前達が邪魔をしたせいなんだぞ!」
 フドは自分より遥かに年下の子供の反応に激昂すると、怒り出しながら叫んでいった。
「そのせいで私は捕まり、研究の成果も無駄に終わってしまった! 合成龍も、あの龍人達も全てを失って……。何もかもは、お前達のせいだ!」
 自分にとって都合の悪い事は無視して、トウセイやサクを指差しながら喚き散らしていく。
 何も悪い事などしておらずに自分は正しいと信じ切って、代わりに周りを糾弾する姿は幼い子供そのものだった。 しかし今そこにいるのは、どう見ても中年の男である。
「はぁ……。今度は逆恨みか……」
 トウセイは何が何でも勢いで乗り切ろうとするかのような醜い戯言を、まともに聞く気など起きないようだった。 深い溜息を吐くと、汚いものから顔を背けるように横を向いていく。
「自分が何をしているのか自覚がない人は怖いね。まぁ、でも。結局はどうでもいいんだよ、そんな事は。それよりさ、この人はどうするの?」
 サクも同じように嫌そうな顔を浮かべて、両手で耳を塞いで話を聞くまいとしていた。
 だが直後には気分を入れ替えると、耳を塞いでいた片方の手を下ろしていく。 視線は今まで何も発言していない、ソウガの方へ向けられているようだった。
「決まっている。そいつをどうするかだと? そんなもの悩む必要はない。成すべき事は一つだけだ……!」
 対するソウガは力強く、かつかつ簡潔に答えて歩き出す。 今まで怒りを蓄積させていたのか、目つきは非常に鋭かった。
「ひ、ひぃ……! く、来るな! 創造主に逆らう愚か者め! おい、あれを出せ! あれを、早くぅ!」
 フドは自分の眼前に迫ってくる異様なまでの迫力に耐えられず、情けない声を上げながら後ろに引き下がっていく。
 さらに威圧に怯え切ったまま、背後に向けてそう叫んでいった。
 その言葉をトウセイやサクが訝しんでいると、すぐ近くの建物の影からは何人かの男達が突然現れる。
 今まで敷地内の他の建物からは、何体もの龍人が姿を現していた。 ただしその建物からは、実は全く龍人達が出てきていなかったのである。
 そんな謎に包まれた建物の戸が開かれると、そこからは一気に異様な気配が解き放たれていく。
「……!?」
 ソウガはその瞬間に、一人だけ不気味なものを感じ取ったようだった。 フドを追いつめるための足は自然と止まり、建物から目が離せなくなる。
 二人もそれを見ると動揺し、謎の建物の動向を窺うしかなかった。
 そして次の瞬間、薄暗がりの中から何者かが出てくる。 それはかつてロウが火の国で戦ったのと似ている、特に体の大きな龍人だった。
 巨体は今までに戦った龍人とも、ソウガとも比較にならない。 はち切れんばかりに膨れ上がった筋肉は、相当な威圧感を周囲に放って見る者全てを圧倒させる。
 事実、その姿を見たトウセイ達は驚愕のあまり絶句していた。
「フー……」
 そして巨体の龍人は外に出てくると、息を大きく吸ってから一気に吐き出していく。 深呼吸に合わせ、体にある肥大した筋肉はゆっくりと動いていった。
「はは、どうだ……! ただの龍人ならこの強化龍人は倒せまい。些細な事だが今までの失策といえば、まず一つは龍人が戦い方というものを理解していなかった事」
 フドは明らかに頼もしげな姿を見ながら、満面の笑顔を浮かべている。 しかしそれは他者への暖かみなど欠片もない、ひどく冷えた嘲笑に近いものだった。
「どれだけの力を持っていたとしても、当たらなければ意味がない。そしてもう一つは、無駄な自我を排するという事」
 さらに得意げな顔をすると、聞いてもいないのに勝手な解説を始めていく。 ただし強化龍人の後ろに隠れる様は、意気込みとは別に実に情けなかった。
「心があれば無用な事に揺り動かされる。それは確実なはずの結果を揺さぶり、不安定なものにする」
 加えて目の前にある壁のように大きな体を何度も乱暴に叩くが、相手に反抗する様子はない。
 強化龍人は現れてから今まで、 ただじっと何かを待つように立ち尽くしていた。
「これらを改善すれば、もう龍人に必要なものなどない。無敵の存在の誕生だ!」
 そしてフドは天を仰ぎながら、両手を開いてそう叫び声を上げる。
「……」
 トウセイはそれに対し、辟易とした様子で言葉もない。
「で、結局はそれが一番強いって事でいいの。確か火の国でもかなり自信があるような言い草じゃなかった?」
 サクも心の底から呆れた様子で、冷めた目で見つめていく。 ただそれは馬鹿にするとか茶化すというより、純粋に疑問を感じているようだった。
「う、うるさい。餓鬼が、いや……。何も知らない素人に何が分かる!」
 フドは言葉や反応に相当に苛ついた様子で、上ずった声を出している。
「確かに僕は子供だし、知識も足りていないかもしれない。でも龍に対する情熱は負ける気はしないよ?」
 一方でサクは簡単に動揺するフドと違い、落ち着いたまま不敵な笑みを浮かべていく。 相手をじっと見据えるどこか凄みのある表情は、とてもただの子供には見えなかった。
「どいつもこいつも、私を虚仮にして……。ただで済むと思うなよ!」
 対するフドは虚勢を張るように急に強気になると、さらに部下らしき教団員達に合図を出していく。
 すると強化龍人の後ろからは、さらにもう一体の龍人が現れてきた。 元から龍人の顔はどれも似通ったものだったが、その二体はまるで生き写しのように見える。
 そして最初に出てきた方は右肩に、後に出てきた方は左肩に防具のようなものを付けてそこにはそれぞれ番号が振られている。
 まるで双子のような強化龍人達は、トウセイ達を敵と認めたのかその後に油断なく構えていった。
 一方でそれを見ると、トウセイ達もいつでも戦えるように体に力を込めていく。
 その場には今までになく緊張した空気が流れ、それらは互いの間に重苦しく停滞していった。
「行け……。一号、二号! 化物同士で相争い、あの不良品を片付けろ!」
 フドはそれから勇んで声を上げると、大げさに腕を振って命令をする。
 強化龍人達は忠実に反応すると、二体が同時に動き出していった。 名前すら持たない彼等は、まずはソウガに狙いをつけたらしい。
 自分達と似た姿をしている相手に引かれるかのように、ゆったりとした動きで迫っていく。
「化物、か……。お前は本当に腐っているな……」
 だがソウガは目の前に寄ってくる相手よりも、フドの方を睨み付けて怒りに打ち震えていた。 手を強く握り締め、緊張した体のせいで動きは鈍くなってしまう。
 そこを狙い澄ましたかのように、まず一号と呼ばれた強化龍人が襲い掛かってくる。
「ガアアアアアアァァ!」
 龍のような咆哮と共に接近し、一号は剛腕を振るって攻撃していく。
「うぐぅ……」
 対するソウガは体を丸め、腕なども使って打撃を巧みに防御していく。 そのおかげか、拳がまともに当たる事はなかった。
「グゥゥウウ!」
 攻撃がほとんど効いていないにも関わらず、一号は狂気に満ちた表情で咆哮を上げながら殴り続ける。 それは技巧などほとんどない、強靭な体に任せたいい加減ともいえる戦い方だった。
 しかし龍人の驚異的な身体能力のおかげか、一定の効果を得ている。
 ソウガはしっかりと防御しており、体も並大抵の攻撃では傷もつかないはずであった。 だが強化龍人の攻撃を受け続け、少しずつ後退していく。
 体には鈍い痛みが蓄積し、一気にではないが確かに押されつつあるようだった。
「グゥウアアアアアア!」
 そして一号は何に怒りを向けているのかは分からないが、盛大に叫び声を上げている。 勢いからすると、本気でソウガを殺してしまいそうだった。
「くっ……。やめろ……。自分を、取り戻すんだ……! あんな男に唯々諾々と従うな……!」
 それでもソウガは、殺気を伴った一撃をまだ何とか受け止めている。 さらに絶えずくる痛みと衝撃に耐えつつ、苦悶の表情で声を漏らす。
 そして怒涛の攻撃の中で何とか動きを見切り、一号の手を掴んで止めていった。
「!?」
 自分の優勢のまま勝負は決すると思っていたのか、一号はその結果に驚いた顔をしている。
「いいか、よく聞け……。お前は化物なんかじゃない。体は異形でも心は残っている。お前は確かに、人なんだ……。俺と同じように、それを思い出すんだ!」
 ソウガは手を強く掴んだまま、目を正面から見据えて話しかけていく。 自身の経験を交えて語り掛ける様子は、非常に真剣である。
「……」
 しかし一号は説得も虚しく、ほとんど反応が見られなかった。 先程までの勢いはどこかに失せ、話は聞いているようだったが何も答えようとしない。
「……」
 そして何も感じていないかのように、掴んでいた手を払いのけてしまった。
「くっ……」
 ソウガはそれを見ると、これ以上どうすればいいのか考え込んでいるようだった。
「グッ……」
 次に一号は何故か、その場でいきなり背を向けてくる。 それは戦いの途中でするような行動ではなく、意図が全く分からない。
「?」
 ソウガもそう考えたのか、思考は一時中断して動きが止まる。 体からは力が抜け、隙だらけな状態となっていた。


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