「うぅ……。皆さん、どこに行かれたんですか? こんな所で一人きりになるなんて……。これからどうすればいいの……?」
センカはその頃、明らかに怯えた様子で辺りを見回していた。
ただしそこは見渡す限りが真っ暗闇であり、ほんの少し先に何があるのかも分からない。
つい直前までは深い霧の中を進んでいたはずなのに、いきなり暗さを増した空間ではすでに歩き回るのにも不自由しているようだった。
「はぁ、何だかもう嫌になっちゃった。出口なんて見つからないし、誰かと出会う事もないし……。もしかして、ずっとここにいなくちゃいけないのかな……」
やがてセンカは肉体的にも精神的にも疲れてしまったのか、深い溜息をつくと顔を俯かせていく。
さらにこのような状況ではもう歩く気も起きないのか、嘆くような呟きと共にその場に腰を下ろしてしまう。
その体からは力が抜け切り、どうにもならない状況のせいなのか表情は周りの空間に負けぬくらい暗くなっていた。
「諦めるな」
「え、誰? 光龍、なの……?」
だがそんな時にどこからともなく声が聞こえてくると、センカは驚いたように辺りを見回していく。
それでも暗闇の中ではまともな成果など期待出来るはずもなく、やはり何者の姿も見えてはこなかった。
「お前はただ目を瞑っているだけでいい。後は私が終わらせてやるから、任せておけ」
とは言え姿が見えないからといって、声は普通に聞こえてきている。
その声は不思議とどこか優しく、聞いているだけで不安で満ちていた心に安心感をもたらすかのようだった。
「うん、分かったよ。ありがとうね、光龍」
だからこそセンカも落ち着きを取り戻し、素直に従って目を閉じていく。
まだ誰が話しかけてきているのかも確認出来ていないのに、その心には疑う気持ちなど微塵も存在していないかのようだった。
「ふっ……」
次に今まで声をかけてきていた誰かは、センカの思わぬ答えに反応するかのように笑い出す。
ただしそこに嘲笑するような嫌らしさなどはなく、純粋に微笑ましく感じているかのように聞こえていた。
「ふふふふふっ……。あはははっ……」
そしてその笑い声が少しずつ大きくなるに従い、辺りには段々と眩い光が満ちていく。
「本当に聞いた通りの純真な子ですね……。ですがあともう少しだけでも、他人を疑う事を知った方がいいですよ」
「え……?」
続けてまた誰かの声が耳に入ってきたが、まだまだ目を閉じているセンカには誰のものなのか判断出来ない。
一方でそのすぐ背後の方には龍の姿があり、その後は言葉も発さずにセンカの事をただじっと見つめていた。
それは光龍とは細かな姿はもちろん体色すらも異なり、まだロウ達が出会った事のない龍らしい。
「光龍じゃ、ないの……? なら、あなたは誰……?」
するとセンカの方も、自分のすぐ後ろに誰かがいるのを何となく察したようだった。
まだ律儀に後ろを振り向かないままだが、息を呑んで緊張した体はわずかに震えてもいる。
「いずれ分かりますよ。いずれ、ね……」
正体不明な龍はそんなセンカを優しく見つめるだけで、肝心な事は何も言おうとしない。
以降は辺りには長めの沈黙が訪れる中、きらびやかな光だけがその勢いを増しつつある。
やがてセンカと謎の龍の両方に加え、その場に残っていた暗闇すらも全ては眩い光によって染め上げられていく。
そこでは最後にセンカが何か言葉を発しようとしていたが、それさえも全ては輝く光の中に呑み込まれていった。
「ん……? えっと……。ここは、どこなんだ……?」
その頃、他の三人とはぐれたロウは気がつくと一人で立ち尽くしていた。
ぼうっとした頭のままで周りを見渡すと、そこは知らない町の大通りである。
ただし側には動く者の姿はまるで見受けられず、静か過ぎる町中は不気味ですらあった。
そして人がいない代わりと言わんばかりに、少し前から現れていた深い霧は今も執拗に辺りに満ちている。
「確か皆と一緒に部屋にいたら、変な霧に包まれて……。それで、いつの間に場所が移ったんだ?」
それからロウは改めて周りに目をやりつつ、怪訝そうな顔のまま歩き出していく。
するとまず目に入った店の軒先には、日用品や雑貨などが普通に置かれている。
普段ならばそこで商品を物色していれば、店主が出てきて接客を始めていてもおかしくはない。
しかしやはりそこには店主はおろか他の客もおらず、平凡な光景に見えてもそこは異様さばかりが感じられるようだった。
「はぁ……。センカ達もどこにいったのか分からないし……。これからどうするかな」
ロウはそんな場所に一人で取り残され、戸惑いながらこれからの事について考え込んでいく。
「おぉ、そこにいたのか。ようやく見つけられたぞ」
そんな時、不意に背後から何者かが唐突に声をかけてくる。
直前までは人の気配など感じなかったはずなのに、どうやら誰かがいつの間にか側に近寄ってきていたらしい。
ロウがそれに気付いて振り返ると、向こう側にある霧が蠢いているのが分かった。
「久しいな、ロウ。一体、いつぶりだ? まぁとにかく、こうしてまた会えて良かった」
やがてそこからは霧を押し退け、一つの大きな人影が現れる。
まだ顔の辺りには霧を纏ってよく見えないが、温かみに満ちた声はどこか懐かしい気持ちを思い起こさせた。
「えっ、師匠……!? そんな……。だって師匠は、あの時……。それがどうして、こんな所に……?」」
続けてロウは眼前に現れた人物の顔を認識した瞬間、目を見開きながらひどく狼狽していく。
霧から完全に抜け出してそこに姿を見せたのは、すでに死んだはずのロウの師匠であるジュカクだった。
「ふふ……。それを聞いた所で何も証明出来はしないが、お前はそれで納得出来るのか? そうではないだろう。ならばどうでもいいではないか」
そしてジュカクらしき男は、不敵に笑いながらロウの全身を観察するように眺めていく。
対するロウの方は信じられないものを目の当たりにしたためか、まだ体を少し震わせながら硬直したようにその場に立ち尽くしていた。
「どのような方法を用いようと、とにかくわしはここにいる。その事実だけで充分ではないか。それとも、もうわしには会いたくなかったか?」
一方で男は対照的に活発であり、無事を示すかのように自身の胸の辺りを強めに叩いている。
「いや、そんな事はない。絶対にある訳ないよ。でもさ、えっと……。ごめん、うまく言えないんだけど……」
対するロウはそれを見ると、もう目の前の男が偽物なのかどうか分からなくなってしまったらしい。
と言うのもその優しさと力強さを併せ持った姿や雰囲気は、かつてジュカクが見せていたものと瓜二つだったからだった。
さらに混乱のせいでまともな思考はすでに出来なくなり、目を泳がせながら口を開けっ放しにしているしかない。
「ふ、まぁいい。それより、わしには確かめたい事がある。お前がどれだけ成長したのか、実際に見せてくれないか? お前の、力と技を伴ってな……!」
男はその様を眺めつつ、男は落ち着き払ったまま腰の方に手を伸ばしていく。
次にそこにあった大きな剣を迷いもなく引き抜くと、有無を言わせずにいきなり斬りかかってきた。
「なっ……! 師匠!」
対するロウはまだ体に迷いを残していたため、動きが鈍るが何とか反応していく。
すぐに体を捻ると攻撃を避け、同時に霊剣に手を伸ばして応戦しようとしていった。
「はっ、ははっ……。霊剣を使わせる隙は与えんぞ!」
一方で男は笑みをこぼしつつも本気らしく、素早く何度もロウを斬りつけてくる。
大人の男ですら決して軽々とは扱えないような大きな剣も、体格がいいために難儀はしていないようだった。
「くっ、強い……。師匠と同じくらい、いや太刀筋も同じ……」
おかげでロウはうまく光の刃を纏わせる暇もなく、防戦一方となっている。
どうして男に霊剣に関する知識があるのかは分からないが、それからも鋭い攻撃は続けられていった。
「やっぱり、この人は師匠なのか……?」
そして今はかろうじて攻撃を食らっていないが、なかなか反撃に転ずる事も出来ていない。
その原因は霊剣を使わせてくれない男の強さにもあるが、何よりジュカクそっくりな外見に未だに戸惑っているらしい。
不可思議な霧の中で迷っているとかつて共に暮らした家族であり、自分の目の前で亡くなった男が再び現れる。
そんなとても信じられないような事を前に、ロウは未だにその衝撃から完全に抜け出せないでいるようだった。
「どうした、ロウ! その程度がお前の全力なのか! 本気を出してみろ! でなければ死ぬだけだぞ!」
しかしそれとは対照的に男は躊躇する様子すらなく、重い一撃を次々に放ってきた。
口にする言葉はまるで激励しているようだったが、それを実感するよりも前に強い衝撃が幾度も迫ってくる。
「くぅっ……」
ロウは何とか少ない光の刃で受け止めようとしているが、一撃を受けるたびに意識を刈り取られそうになってしまう。
それでも何とか耐えていくが、激しい攻撃は一向に止む様子はなかった。
「さぁ! 早く!」
すると男はさらに本気を催促しつつ、大きく振り被った剣を叩きつけてくる。
それはロウに見事な一撃を与え、全てを遠くへ弾き飛ばそうと凄まじい衝撃を与えていった。
「ぐっ……」
だがもし霊剣が弾き飛ばされてしまえば、ロウはもう対抗する術を失ってしまう。
そのために霊剣を手放さないように強く握り締め、何とか堪えようとするのが精々だった。
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