第6話 素体


「これは木龍の力、か……。でもまだまだ、発展途上みたい。これくらいじゃ私の前では、何の障害にもならないわ。残念だけれどね」
 ただしツクハはそれらをものともせず、淡々と呟きながら腕を振るうだけである。
 そうしていると手にした大剣は先程と同じように、いとも容易く木々の群れを斬り伏せていく。
 一応は個々の木の大きさは決して小さくなく、その量も未だに衰えを見せていない。
 だというのにツクハは気軽にそれらを駆逐し、少しずつでも前進を続けている。 特に力む事もないその様はまるで、道を塞ぐ邪魔な枝葉を適当に刈り取っているだけのようでもあった。
「う……。ね、ねぇ。君って紋様を使えたりはしない? もしそうなら結構というか、かなり助かるんだけれど……」
 サクはそれを見るとツクハの相手を木に任せ、不安そうな顔で振り返っていく。
 木龍の力は不完全ながらも以前に龍人すら捕えたというのに、ツクハに対してはまるで効果がないように見える。
 力を使う本人だからこそサクはそれをよく理解しているのか、その態度はどこか焦っているように見えた。
「え? いえ、僕には何が何だか……。あなた達は一体、何者なんですか……?」
 一方でゲンネイは目を丸くして、ただ首を横に振るばかりである。 気もかなり動転しているのか、何も出来ずに立ち尽くしているのを見ると戦力としてはあまり期待出来そうになかった。
「うーん、それを説明するとなると時間がかかるんだよね……。やっぱ、僕がどうにかしないと駄目かぁ」
 対するサクは仕方ないといったようにうなだれると、疲れたような顔をすると再び前を見据えていく。
 その視線の先では今この瞬間も、ツクハが大剣を易々と振るい続けている最中だった。
 そうする当人の顔は憂鬱そうなまま、周囲では流れるように木々が斬り倒されていく。
「はぁ……。次から次へと、いくら片付けてもきりがないわね。こうも無駄に繰り返されると嫌気が差してくるわ……」
 やがて視界から粗方の木が排除されると、溜息をつきながら大剣を地面に叩き付けるように落としていった。
 そしてそのままサクの方を見据えた後、大剣を引きずりながら再び歩き出していく。
「もう、いい加減に勘弁してよ。今は何とか食い止められているけれど……。このままじゃ、ちょっとまずいかな……」
 一方で信じられないくらい簡単に自分の力をいなされ、それを見せつけられたサクは思わず苦笑いを浮かべるしかない。
 ただしそうしつつも、これからどうするのか懸命に考えを巡らせているようだった。
 果たしてツクハと戦うのか、それとも逃げた方がいいのか。 考える時間はいくらでも欲しいが、すでにツクハは間近まで迫ってきている。
 大剣が地面に擦れる歪な音やツクハが纏う異様な雰囲気を前にすると、サクやゲンネイはどちらも圧倒されるしかなかった。
「それにしてもあなた、木龍と同化していたのね。どうりであの時、おかしな雰囲気を感じたはずだわ」
 一方で相手の方はというと、思い出したように口を開くと優しく微笑みかけてくる。 その顔はどこまでも穏やかで、とても誰かを傷つけるようには見えない。
 だが手には身の丈よりも大きな黒い大剣が持たれ、それらは今すぐにでも振るう事が出来そうだった。
「君の方こそ……。闇龍と同化していたなんて、初めて会った時には言わなかったじゃないか」
 サクはその矛盾に対し、苦笑しながら答えていく。 さらにその間にも目を周囲へ向け、決して諦めようとはしていなかった。
 その後方には無力な上に記憶喪失という、およそ争いの場には似つかわしくない男の姿がある。
 そんな当人はいつの間にかその場にへたり込み、恐怖におののくように震える事しか出来ずにいた。
 反対に前方を見ればそこには闇龍と同化し、恐らくこの場で誰より強い力を持つツクハの姿がある。
 現在の状況を改めて確認すると全く芳しくなく、そのためにサクの顔はずっと曇ったままだった。
「それはお互い様でしょう? まぁ、とにかくあなたが龍と同化しているというのなら……。子供相手でも、気兼ねなく戦えるわ」
 そんな時でもツクハだけはあっけらかんとしており、そう言うといきなり大剣を横一文字に振り切っていく。
 するとそれだけで強い突風が生み出され、それを真っ直ぐに受けるサクとゲンネイは思わず風圧に身を竦ませていった。
「は、はは……。あーあ。ちょっと気になったから彼の後をつけただけなのに……。何でこんな面倒な事になるのかな、もう。こんなの、僕の柄じゃないってのに……」
 ただしサクは思わぬ窮地に陥った事を自覚しつつも、強い力を目前にして気持ちが固まったらしい。 自然と顔は前を向き、その視線もツクハの方を捉えて離れない。
 手にもしっかりと紋様が浮かび、おかしな二人に挟まれる中でそれは先程よりもずっと強い光を放つようになっていた。

「うーん……。何だか太陽がすっごい眩しいな。そんなに寝てた訳じゃないと思うけど、この暖かさも随分と久しぶりに感じるよ」
 それと時を同じくする頃、ロウは呑気に背伸びをしながらそう呟いていた。
 体を仰け反るようにして見上げた先からは、暖かな日差しが降り注いでくる。 少し前までは曇っていた空も、ロウの明るい表情と同じように今は快晴さを取り戻していた。
 そして何の争いも起きていない平和な町中を歩くロウの横には、付き添うセンカの姿もある。
「あの、ロウさん。本当にお体は大丈夫なんですか? やはり、もう少し安静にされていた方が……」
 しかし表情は明らかに心配そうであり、まだ傷の癒えていないロウの事をひどく気にしているようだった。
「あぁ、うん。まだ少し動かし辛いかなって思うけど……。でもずっと寝たままじゃ、気が滅入っちゃうだろ? こうして散歩でもした方が少しは気が紛れていいと思うんだ」
 とは言えそれに対するロウの方は相変わらず気楽なまま、次に町の方へ視線を移していく。
 その先では隅々まで活気に満ちた光景が広がっており、それを見るとますます元気になっていくようだった。
 そしてそれからもロウはまるで子供のようにはしゃいで、目に付いた様々な店などを見物していく。
 さらにそこにあるものを見て過剰なまでな反応をすると、いつも以上に楽しそうに振る舞っていた。
「でも私には、ロウさんが少し無理をなさっているように見えます。まるで何かに焦って、じっと留まっている事が出来ないというような……」
 だがその姿を間近から見上げるセンカの顔は、どことなく暗いままである。
「いや……。そんな事はないさ」
 対するロウはそれに背を向けたまま、小さく呟く。 その表情を窺い知る事は出来なかったが、声は先程までのはしゃいでいたものとは別物のようだった。
「ロウさん……」
 そのためにセンカもますます心配そうな顔をすると、少し寂しげにも見える背中をじっと見つめていく。
「それより、ほら。こっちに来てみなよ。おいしそうなものがたくさんあるぞ」
 一方でロウはその視線を振り払うかのように、努めて明るい声を上げようとする。
「あ、はい。そうですね。少し待ってください。今、そちらへ行きますから……」
 センカもそれに応じようと動き出すが、次の瞬間には店の近くの路地から急に人が飛び出してきた。
 どうやらその人物はかなり急いでいるようで、走る時の勢いを維持したままロウにぶつかりそうになってしまう。
「……うわっ!」
 ロウは直前にそれに気付いて避けようとするが、思わず体勢を崩して倒れそうになってしまう。
「あ、ロウさん……!」
 センカはそれを見ると慌てて後ろから手を伸ばし、ロウが倒れないようにその背を懸命に支えていく。
「はぁ、はぁ……。ん……? 何だ、お前らか。どうしてこんな所にいる」
 そんな時、ロウにぶつかりかけた人物は若干息を切らしながらそう言ってくる。
 よく見ればその人物とはトウセイであり、不愛想な表情や不躾な態度などから間違えようがなかった。
「はぁ、はぁ……。何だい、急に止まったりして……。どうかしたのかい?」
 その直後にはすぐ後ろからメイナンも姿を現し、額などに汗を浮かべながらこちらも息を切らした様子でいる。
 何かを探しているのかその視線は今も周囲へ向けられ、すぐにでも動けるように体にはずっと力が込められていた。 そのひどく慌てたような姿は、かつて龍人を探すためにひどく執心していたトウセイのようにも見える。
「いや、どうしたじゃないだろ。危うく正面衝突する所だったじゃないか……。あぁ、センカ。ありがとう。もう大丈夫だよ」
「あ、はい。そうですか……」
 対するロウはセンカに支えられつつ、なおも驚いた顔をしながら姿勢を元に戻していく。 その様子はいつも通りで、トウセイと相対しても変わる事は何もない。
「あ、うむ。それなんだが……。どう言えばいいものか。むぅ……」
 しかしトウセイの方はその顔を見た途端、目を逸らすと気まずそうに黙り込んでいく。
 もしかしたらロウにきつく当たった事や、サクから謝っておくように言われた事を気にしているのかもしれない。
 それからも目を伏せたまま口を閉じると、周囲の喧騒とは対照的に黙り込んでしまう。
「……? どうしたんだ。何かあったのか?」
「トウセイさん? 大丈夫、ですか?」
 するとロウやセンカは思わず顔を見合わせ、それからどちらも不思議そうな顔をして尋ねかけていった。


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