第5話 龍人


「ほ、報告します! 大変な事態が起こりました……!」
 だが次の瞬間、その場にはいきなり何者かの大声が飛び込んでくる。
 それを発していたのはある程度の武装をした男であり、直後に雪崩れ込むかのように部屋に入ってきた。
「な、何なのですか……。お客様もいるのですから静かにしなさい」
 フドはそれを見ると不満そうな表情をし、溜息をつきながら諌めていく。
「はっ……。も、申し訳ありません。で、ですが……。し、侵入者がいるのです! 敵は不思議な力を使ってきて、我々では止められません!」
 すると男はその場に膝をついたまま、一旦は頭を下げる。 それでもすぐに顔を上げると、震える口を動かしていった。
 その体には所々にすすのようなものが付着し、只事でないのは一目で分かる。
 サクや龍人もそれを見ると、先程までの呆けたような顔を瞬時に変えていった。
 そしてフドも驚いたような表情をし、その後には何かを考え込むかのように難しい顔をしていく。
 さらにその場にいる誰も気付いていなかったが、ツクハの表情もほんのわずかだが歪んでいた。
「それってもしかして龍の力なのかな……? そういえばさっき、ほんのわずかだけれど龍の力を感じたような……」
 やがてサクが顔を傾げながら呟いていると、そのすぐ横をツクハが無言のまま通り過ぎていく。
「おや、どちらへ行かれるのですか。何か用事でも思い出されましたか」
 フドはそれを見送りつつ、静かに尋ねる。 その顔つきは穏やかなものだったが、口調は問い詰めるかのように少し迫力が感じられた。
「えぇ。ちょっとその人達を見てみたくなったの。あ、ついでにあなたの配下の人を何人か借りていくわね」
 対するツクハは素直に応じるように振り返り、やんわりと答えていく。 その姿はどこか空気が緊張してきた場にあって、一人だけやけに落ち着き払っているかのようだった。
 そしてその後は振り返りもせず、答えも聞かずにすんなりと部屋を後にしていく。
「まぁ、それは構いませんが……。ですが、だとしたらこちらもただ見ている訳にはいきませんね。さぁ、お前も行ってきなさい」
 一方でフドも異論を唱える事をせず、何度か頷くと龍人の方へ目を向ける。 同時に指で部屋の扉を指差していくが、鋭さを増した雰囲気などはこれまでと別人のようだった。
「何だ、俺に侵入者の相手をしろと言うのか。それは構わんが、この中で暴れるんだ。何か壊しても文句は言うなよ」
 しかし龍人はフドの視線などをものともせず、堂々と言い返す。 体にはやる気がみなぎってきたのか、溢れんばかりの筋肉は膨れ上がって今にも爆発しそうだった。
「まぁ、その点はお手柔らかに。ある程度の加減はしつつも、わざわざ入り込んできた愚か者に龍人の力を見せつけてきてください」
 次にフドは嬉しそうにほくそ笑むが、その笑みこそが自然なものだったのかとてもよく似合って見える。
「ふん……。おい、お前。案内しろ」
 龍人はそれを見てわずかに顔を歪めた後、肩をいからせながら歩いていく。
「はっ……。はひっ……」
 男はその姿を見るとあからさまに怯えつつ、その後をついていくようにして一緒に部屋を出ていった。
「少し不安が残りますが、まぁ大丈夫でしょう。おや……。もしかして、あなたもなんですか?」
 フドはその後ろ姿を見つめていると、次の瞬間には少し驚いたような声を上げる。
「うん、ちょっと行って来るよ。ここにいても退屈そうだしね」
 視線の先にいたサクはすでにどこかに向けて動き出しており、辺りを見回しながらそのまま部屋を出ていく。
「やれやれ……。皆さん、騒がしいのがお好きですね……」
 すると結局はそこにはフド一人しか残らなくなり、一人だけ残ったフドは手元にあった本へと視線を落としていく。
 物言わぬ本や膨大な数の紙に囲まれ、話す者のいなくなった部屋は時が止まったかのように音を失くしていた。

 それからサクは一人で見知らぬ施設内を歩きつつ、顔を盛んに動かして辺りを見回していった。
 そこにある床や壁、天井などは木とも石とも違う材質をしている。 それらはとても固そうで、丈夫な剣や槍を持ってしても大した傷はつけられそうにない。
 白く染みのない建物は清潔感に満ち、天井の辺りからは明るい光が降り注いでいる。
 これまでに見た事のないもので溢れる場所は、まるで人の住まう世界ではないかのようだった。
「うーん。そういえばあの女の人……。確か、ツクハだっけ」
 一方でどこまでも長く真っ直ぐに続く道を進む顔は、何かを考え込んでいるかのように重苦しい。 そしてまだ何かが気になっているのか、俯いたまま小さく口を開いていく。
「あの人から感じたあれは……。間違いなく、龍のものだよね……。うーん。一体、どういう事なんだろ……」
 サクはそれからも顔に手を当て、ぶつぶつと呟きながら一人で歩き続ける。
 ただしその疑問に明確に答える者はおらず、何故か木龍も姿を現す事はなかった。
 何とか施設に入り込んだロウ達と、それを出迎えるサク達や何かを企みのありそうなフド。 様々な思惑が入り乱れる施設の中では、まだ一波乱が起きそうに思える。
 そしてその騒ぎを前にした施設内は、不気味な程の静けさに包まれていた。

 一方その頃、ロウ達は辺りを警戒しながら施設内の廊下を進んでいる所だった。
 ぱっと見た感じでは付近に行く手を阻む者はなく、少しの間は順調に進めるように思える。
「静かですね……。やはり先程の騒ぎで、ほとんどの人が逃げてしまったのでしょか?」
 それでもセンカは誰かがいきなり現れないかと危惧しているのか、顔をしきりに動かして注意を払っていた。
「まぁ、いきなり火の力を見せられたらそうなるよ。部屋にいた多くの人は大人しそうな人達ばかりだったし……」
 次にロウは苦笑しつつ言うと、側にいるトウセイの方を眺めていく。
 どうやらここに来るまでの間に、施設内にいた者達と遭遇はしているようだった。
「仕方ないだろう。いちいちあの眩しい光を使っていたら、いつかこっちの目が潰れてしまう。それより俺の火でさっさと追い払ってしまった方が効率的だ」
 対するトウセイは自分にわずかでも落ち度があると分かっているのか、顔を横に逸らしている。 ただしこちらにも言い分はあると言いたげで、その直後には目でロウを恨めしそうに睨んでいった。
「そうかもしれないけどさ。誰彼構わず追い払っていたら、何も分からず終いだろ? それじゃいつまでもサクが見つからないし、結局は効率が悪いんじゃないか?」
「ふん……。龍人を作るような奴等が、素直に口を割るとでも思えんがな」
「だとしても、俺はまずは話し合ってみるべきだと思う。言葉が通じるなら、人同士ならきっと分かり合えるよ」
「えぇ、きっとそうですよ」
 続けて話し合う二人の間からセンカが顔を出すと、両方の顔を交互に見据えながら頷いていく。
「全く、本当に甘い連中だな。お前達がそれでいいなら構わん。だがもし、俺の目的の邪魔をするなら覚悟はしておけよ」
「分かった、でも、あまり一人で突っ走らないでくれよ。俺も少しは手を貸すからさ。頼りないかもしれないけど、何とか信用してくれないか?」
「ふん……。勝手にしろ」
 トウセイはそんな二人を見ながら呆れたように呟き、うんざりとした様子で唸っていった。
 以降もロウ達は施設内の部屋を見回りつつ、サクを探して少しずつ探索を続けていく。
 その中で一応は門の所で出会った男達のように、施設を守る役割を持った者が出てくるかと警戒したがほとんど意味はなかった。
 辺りは拍子抜けするくらいに平穏であり、まるでロウ達以外は人がいないかのように静まり返っている。
 周りへ目を向ければ白い壁と床が奥へと伸び、途中にはいくつかの部屋があった。
 中には置いてある物もほとんどなく、白のみで統一された空間は不気味な雰囲気を醸し出している。
 さらに内部はもちろんの事、外観も含めてこの施設は今までの町などにあった他の建築物とは工法からして違うように見えた。
 加えて壁などのひび割れや、色のくすみなどはどこにも見られない。 経年劣化のない姿はまるで、昨日にでも建てられたかのようだった。
 どこか異様にすら映るそれらは、まるで異世界で創造されたもののようにすら思える。
「なっ……! うわっ……!?」
 ロウはそんな不思議な建物に目を向けながら歩いていたが、不意に大きな声を上げた。
 先の廊下は二つに分かれており、その片方からいきなり何かに出くわしたらしい。
 そしてそこで鉢合わせになったのは、全身をしっかりと武装して兵士のような姿をした男達だった。
 兵士達はロウの姿を確認した途端、武器を両手に持ってその場で構えていく。
「ちっ、またか……」
 それに気付いたトウセイは舌打ちをしつつ、腰の鞘に手をかける。 前に立ち塞がる者は全て倒さないと気が済まないのか、戦いを避けようという気がまるでなかった。
「いや、ちょっと待て。どうやらあれだけで終わりじゃないみたいだ」
 だがロウはそう言うと腕を前に出してトウセイを制し、廊下の向こう側の様子を窺う。
 すると最初に現れた兵士の後ろからは、次々と増援が姿を現していく。
 それはあれよあれよといった風に数を増し、あっという間に通路を埋め尽くしていった。
「おい。まずは話してみるんだろ。任せるからさっさとやってみせろ」
「いや……。今回は相手が悪いらしい。どう見ても話を聞いてくれる感じじゃないし……」
「ど、どうしましょう。あの時みたいに、また光龍の力でやり過ごしましょうか?」
「それもいいけど、ちょっと数が多いからな……。果たして後ろの方にまで光が届くかどうか……」
 ロウ達はそれを眺めるとあまりの多さに圧倒されたのか、話し合いをしながらわずかに後退していく。
 その中で一応はロウも霊剣に手を伸ばすが、まだどうするか悩んでいるのかその動きは鈍い。
 対する兵士達もロウ達の力を警戒しているのか、一向に攻め込んではこなかった。
 辺りにはやや緊迫した空気が流れていくが、事態はまるで動かずに閉塞感だけが募っていく。
「……あれ?」
 そんな時、センカがふと不思議そうな声を上げる。 その視線はロウ達でも兵士でもなく、兵士達のいるのとは逆方向の通路に向けられていた。
「え。どうしたんだ、センカ?」
 ロウはそれに気付くと、兵士に注意を向けたまま声をかける。
「あ、はい。さっき、ほんの一瞬ですがあっちに女の人が見えたような気がして……」
 するとセンカはまだ少し呆然とした様子で、前方にいる兵士達のさらに先の方を指差していく。
 ロウはその後を追って視線を動かしていくと、確かにその先には一人の女が佇んでいる。
 それは先程までサクや龍人と共におり、ツクハと名乗っていた不思議な雰囲気をした人物だった。
「ふふっ……」
 彼女はこちらをじっと見つめ、ただ穏やかな笑みをこぼしている。 しかしその目には何も映っておらず、視線は真っ直ぐにロウの方にだけ向けられていた。


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