第5話 龍人


「あぁ……。俺も行くぞ」
 するとそんな二人を横目にしていたトウセイも、深く息を吐くと同調するように動き出す。 側にあった刀を杖代わりにしたかと思うと、ゆっくりとだが立ち上がろうとしていった。
「おいおい……。大丈夫なのか?」
 それをロウやセンカが心配そうに見つめる中、やがてトウセイは何事もなかったように立ち上がっていく。
 ぱっと見た印象ではその姿はしゃんとしていて、もう痛みなど感じていないようにも見える。 ただし体の表面にはよく見ると、わずかに冷汗が浮かんでいた。
「これくらい、何ともない。勝手にいなくなった奴の事はどうでもいいが……。情けをかけられたままというのは気分が良くないからな……。さぁ、行くぞ」
 それでもトウセイは何ともないといった表情で腰に刀を差すと、まだぎこちない動きだが歩き出していく。
 だがロウとセンカはそれにはついていかず、懸念するように顔を見合わせたままだった。
「どうした、お前達が行かないなら俺一人でも行くぞ」
 一方でトウセイはそれからも止まる事なく、重ねて言うと一人で部屋を出ていく。
「あ、あぁ……」
 仕方なくロウも返事をすると、センカと示し合わせて二人で後を追っていった。
 トウセイの性格を考えればいくら説得しても引き下がらないと判断したのか、以降は特に揉める事もなく三人で一緒に歩いていく。
 そうして町を出た後はやや遅くなったトウセイの歩調に合わせつつも、話に聞いた施設を目指して順調に進んでいった。

 それからロウ達はやや鬱蒼とした森の中に入っていくと、目的のものを探そうと目を凝らす。
 しかしそれはやや鬱蒼とした森の中にあってやけに目立ち、特に苦労する事もなく見つけ出す事が出来た。
「あれ……。もしかしてというか、間違いなくあれだよな? 何なんだ、あれは……」
 まずロウの目に飛び込んできたのは白く大きな壁で、見渡す限りに長く伸び続けていた。 まるで城砦を思わせるような堅牢なその内側には、どうやら相当広い敷地が広がっているらしい。
 そしてその中にこそロウ達が探す施設そのものがあり、そこへ至るための門も確認出来る。
 ただしそこには施設を守るためなのか、二人の男が立っている。 彼等はどちらもまるで兵士の様な格好をしていて、長い槍を持ちながら施設に入ろうとする者がいないか見張っているらしい。
 ロウ達はそんな警備の固い様子を目の当たりにすると、近くにあった藪の中に隠れていく。
「うーんと……。門は開きっ放しですから、簡単に入れそうなんですけれど……。あの人達はどうしましょう?」
「見た感じだと、明らかに一般人ではなさそうだよな。それにあそこに陣取ってるって事は、彼等をどうにかしないと中には入れないって事か……」
 センカはそこからわずかに頭を出すと、辺りの様子を窺いながらロウと声を潜めて話し出す。
 視線の先では門番達が休憩も取らずにずっと立ち塞がっており、ほとんど隙も見られなかった。
 おかげでロウ達はその場で足止めとなり、全く先に進めなくなっている。
「ちっ、だったらさっさとどかせばいいだろう。俺が手早くやってこよう」
 やがてトウセイは膠着した状況に焦らされたのか、苛立った声を出しながら立ち上がろうとした。
「お、おいおい。一体、何をする気だよ。まだサクがどうなってるかも分からないんだ。下手に騒ぎを起こしたら、サクの身に危険が及ぶかもしれないだろ?」
 しかしそれを見たロウはすでに刀に手を伸ばしているトウセイの腕を掴み、真面目な顔で諭すように話していく。
「ぬぅ……。ならば一体、どうしろというのだ……」
 トウセイはその言葉を聞くと、何とか思い止まったようだった。 ただしなかなか龍人との決着をつけられない状況がどうにも面白くないのか、その顔はずっと険しいままである。
「私に考えがある」
 すると次の瞬間、光龍がセンカの背後の辺りに音もなく現れていった。
「え?」
 その言葉を聞いたセンカはもちろん、ロウやトウセイも驚いたように動きを止める。
 一方で三人からの視線を受けても光龍は動じず、真っ直ぐに前を見つめていた。
「行くぞ、センカ」
 さらにそう言うといきなり動き出し、侵入者を拒む二人の門番の方へと進んでいく。
「う、うん……。あの、ロウさん。ちょっと行ってきますね……」
 一方でセンカはまだいまいち光龍の真意が読めぬのか、怪訝そうな表情をしていた。 それでも後をついていった方がいいと思ったのか、その直後にはゆっくりと藪を後にしていく。
 片やロウやトウセイはその姿を同じく怪訝そうに見つめたまま、これからどうなるのかとただ事の行方を見守っていた。
 そしてその間も光龍とセンカは止まる事なく、どんどん門番達の方へ着実に近づきつつあった。
「え、おい……。あ、行っちゃったよ。本当に大丈夫なのかな……?」
 ロウはそれを止めはしなかったが一抹の不安が残るのか、後ろ姿を見つめる顔はあまり優れない。
「光龍があぁ言っている事だし、何か考えがあるのだろう。駄目なら俺達が出ていけばいい……」
 逆にトウセイはあまり深刻に考えていないのか、落ち着いた様子で事の成り行きを見定めようとしていた。
 その頃、二人がそうしている間にもセンカは光龍とひたすら前へと進んでいく。
 もう目の前には門番達の姿が見え、こちらの存在も知られるくらいの距離にまで接近していた。
「では、いいな。センカ。先程に言った通りにやるんだぞ……」
「うん、やってみるね……」
 その中で光龍は落ち着き払った様子でいるが、センカは顔を強張らせながら緊張した様子で歩き続けている。
 そしてその直後にそれを出迎えたのは武装をし、真逆といっていい程に自信に満ちた屈強な男達だった。
「あん? 何だ、お前。迷子か?」
「いや……。だが、ただの子供にしては服装が……。君、どこからやって来た? 町の子か。一人だけなのか?」
 それから門番達はセンカの姿を見つけると、どちらも訝しげに見つめていく。
 ただしまだ幼さの残る少女に対し、いきなり手荒な真似をする素振りはなさそうだった。
「……」
 一方でセンカは問いに答える事もせず、じっと俯いたままでいる。
 さらにその直後、何を思ったのか門番達の方へ固く握った手を差し出していった。
「ん?」
 それは何かを渡すような仕草であり、その動作を見た門番達はまず互いに顔を見合わせる。
 その後もセンカは何も言わず、門番達からすればどうしたらいいものか判断が付けられなかった。
「おい。何なんだ、これは?」
 そのために近づいてよく観察していくが、やはり訳が分からずに首を傾げるだけでいる。
「なぁ、嬢ちゃん。何かしたい事があるなら言ってくれよ。そうじゃないと、何も分からないぜ?」
 やがて痺れを切らしたのか、二人の内の片方がそう言ってきた。
 その口調は幼子に話しかけるように柔和であり、それを聞くとようやくセンカが顔を上げる。
「……」
 ただし表情はどこか申し訳なさそうで、その首筋には妖しく光る金色の紋様が浮かんでいた。
 それはまだ門番達が不思議そうな顔をしている間にも、首筋から胸や肩の方へと広がっていく。
 その光景はまるで龍の力が体をゆっくりと循環していくかのようで、それに比例するように紋様の放つ光も徐々に強まっていった。
「ごめんなさい!」
 次にセンカは遂に口を開くと、溜め込んでいた感情を爆発させるかのような大きい声を発していく。
 同時に閉じていた手の平を開くと、そこからは眩しい光が一気に溢れ出していった。
 それは光龍の力である光と酷似していて、辺りを金色の輝きで染め上げていく。
 強すぎる光は周囲から色を奪いながらさらに広がり、世界から全てのものが消え去ったかのように何も見えなくなってしまう。
「!?」
「な、何だこれは!」
 光の眩しさは離れた位置にいるロウやトウセイでも感じる事が出来て、思わず目を細める。
 ある程度の距離が開いている二人ですらそうだったのだから、光の間近にいる者への影響はさらに大きかったのだろう。
「うわ……! な、何だ……!?」
「ぐ、ぐぅ……」
 眼前から溢れてくる光は、門番の目に突き刺さるように激しく光り続けている。
 それを受ける目は一気に熱を帯びたかのようで、瞼を開いておく事すら出来なくなっていた。
「う、うぅぅ……」
 やがて門番達は苦しそうな声を発すると、目を押さえながらその場に倒れ込んでいく。
 だが今さら目を閉じてもすでに遅かったようで、それからもすぐには視力が回復しない。
 それどころかもはやわずかな光ですら辛いのか、目の辺りを手で覆ったまま離す事は出来なくなっていた。
 どうやらそれが光龍の目論見だったようで、自身の力によって門番達を無力化させるのは成功したらしい。
 直後には脅威がなくなったのを確認したかのように、センカの手の平から溢れていた光は徐々に勢いを失っていく。
 すると光がなくなった事により、辺りでは段々と元の明るさを取り戻していった。
「ぁ……。あの、大丈夫ですか……?」
 次にセンカはそう言いつつ、恐る恐る門番達の様子を窺う。 光龍の加護でもあるのか、自身には光による影響はまるで無いようだった。
「センカ!」
 そんな時、心配そうなロウと一緒にトウセイがその場に姿を現す。
 しかし二人は共にまだ少し視界がおかしいのか、目の辺りを押さえて不安定な動きをしていた。
「さっきのは光龍の力だよな? センカは大丈夫だったのか?」
 そしてロウはなおも瞬きを盛んに繰り返しながら、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あ、ロウさん……。ど、どうしましょう……。この人達が、ずっと倒れたままで……」
 だがセンカはそれに答えるより、あからさまにおろおろとした様子だった。 どうやら倒れ込んだ門番達がどうなっているのかも心配で、ただ狼狽えるしかないらしい。
「そうか。大丈夫。とりあえず様子を見てみよう」
 一方でロウは安心させるように肩を叩くと、センカを後ろへ下がらせていった。
 その上で自身は少し緊張した様子のまま、門番の方に近寄ってしゃがみ込んでいく。
「うーん……。あまりよく覚えていないけど、確かこうやって……」
 次に難しそうな顔で唸りつつ、倒れた門番の内の片方の脈を測っていった。
「ロウさん、凄いです……。まるでお医者さんみたい」
「姉さんに昔、習った事があるんだ。えっと……。どうやら気絶しているだけみたいだな……」
 センカがそれに目を見張る中、ロウは注意深く様子を探っている。
 そしてどうやら門番達は無事だったらしく、脈も正常でどちらも息をしていた。
 どちらの体も力が抜けたままで、まだ意識も戻っていないがちゃんと生きてはいるらしい。
「そ、そうですか。良かった……」
 センカはその事実に少し安堵したのか大きく息を吐き、ようやく胸を撫で下ろしていった。


  • 次へ

  • 前へ

  • TOP















  • inserted by FC2 system