第4話 木


「単純な力や耐久性ではあちらの方が上手か。今のままでは勝負がつかんぞ」
 直後に木龍が現れると、目を細めながら分析するように呟く。
「問題ないよ。だったら、数で攻めていくだけさ……!」
 するとサクは改めて奮起したのか、そう言って紋様を再び光らせる。
 そして先程とまるで同じく、地面から勢いよく木を生やしていった。
 次にそれらは先程と同じように、男の手によって次々と潰されていく。
 しかし息もつかせぬ速さで別の場所から次から次へと木が生えてくると、その全てが右腕を捕らえようとする。
「……」
 一方でトウセイは激しい攻防に目を奪われたまま、突入する機会を失っていた。
「!? ぐがああぁぁぁ!」
 だがまだ男の暴れっぷりを抑え切る事は叶わず、辺りには荒ぶる声が響き渡る。 素早い木の動きに幾らかは翻弄されながらも、莫大な力は一向に衰えていなかった。
「まだまだ、木の力はこんなものじゃないよ……!」
 ただサクは揺るがぬ力を目の当たりにしつつも、まだ諦める様子はない。 表情を引き締めると、さらに力を込めるように紋様に手を触れていく。
 すると今まで以上に紋様は緑色の光を放ち、サクの思い通りに動く木は力を増していった。
 やがて太さを増した木は無数に枝分かれすると、さらに速度を上げて男の腕を捉えていく。
 そしてそれらは男の体や足にまで伝わり、全身を巻き込みながら完全に拘束していった。
「ぐぅっ! ぐぉぉをおお!」
 男は木を引きちぎろうと試みるが、いくら暴れようと頑丈に絡まるそれらから逃れる事は叶わない。
 木は力の源と思われる右腕を、特に念入りに封じている。 それ以外は単なる人しか持たぬ男がいくら頑張ろうと、どうにもなりそうになかった。
 そのために後は大声を上げながら、もがき続ける事しか出来ない。
 サクはそこからさらに右腕を押さえようと、支えとなる追加の木を側の地面から生やしていく。
 それによって男は右腕共々、まるではりつけにされたかのように重点的に押さえ付けられていった。
「ほら、今だよ! あいつの腕を斬っちゃって!」
 すると次の瞬間、サクがいきなりトウセイに向かって叫ぶ。 強い焦燥感に駆られているのか、そこにはあまり余裕がなさそうに見える。
「何……!?」
「早く! きっと今ならまだ間に合う! 絶対じゃないけれど、人に戻れるかもしれない……!」
 一方でトウセイは怪訝そうにしたままだが、なおもサクは木の力を維持しながら行動を促していく。
「がぁぁああああ!」
 だがその時、男は今までよりさらに強く暴れ出した。 渾身の力を右腕に込めると、膨れ上がった筋肉をがむしゃらに振り回していく。
 最初はそれに耐えていた木も、人並み外れた力に負けてひび割れを増やしながら徐々に引きちぎられていった。
「くっ……」
 それを見て意を決したのか、トウセイは男に向かって走っていく。
 そして一気に刀を振るい、男の右腕を斬り落としそうとした。 しかしそこにあるうろこは想像以上に固く、刃が通らずに弾かれてしまう。
「駄目だよ、トウセイ! 龍の力に対抗するには、龍の力ででないと!」
「ちっ……。口だけはぺらぺらと……」
 それを見て注意してくるサクに対し、トウセイは悪態をつきながらも再び刀を握る手に力を込める。
 すると肩から腕にかけて、暗い中でも鮮やかな色を放つ赤い紋様が浮かんでいく。 それは元々持っていた腕の部分の紋様と、先日手に入れた肩の部分の紋様が組み合わさったかのような形をしていた。
 そしてその紋様の光に合わせ、刀の鍔の部分から刃の先にかけて赤い光が走っていく。
「だったら、こうすればいいんだろう……!」
 続けてトウセイはそう言いながら刀を振り上げると、男の右腕に狙いを定める。
 次いでそのまま、刀身が赤く光っている状態で勢いよく斬りつけていった。
 そうすると刃に走っていた光は深紅の輝きを放ち、その場には緑や赤の光が舞ってまるで昼間のような明るさを取り戻す。
 さらに刀が右腕に触れた途端、そこには火がうろこを焼く音や煙が上がる。
 赤く光る刀身は異常なほどの熱を併せ持っているのか、腐りかけていた部分をも焼き切って下に滑り落ちていった。
 あれ程苦戦していた龍の腕も、紋様の力を使えば肉や骨ごと一気に断ち切る事が出来る。 それは改めて確認した、龍の力の強大さだった。
「ぐうっ……! があぁぁっっ……!」
 男は苦悶の表情を浮かべると、失った右腕の辺りを押させながらそのまま後ろに倒れ込む。
 だが右腕を斬り落とされたにしては反応は弱く、傷口からも血はほとんど流れていない。
「うっ、あぁ……。はぁっ……」
 さらに顔は苦悶するどころか、むしろ何かから解放されたかのように安らかに見えた。
「どうだ、これが火の……。いや、俺の力だ……」
 そして龍の力を誇示しつつも、トウセイは自分のものとして扱っている。 ただし顔は険しいものであり、それは龍を憎みつつもそれに頼るしかない苦悩の現れでもあった。
「これさえあれば、俺はきっと……」
 やがてその力は紋様が消えていくと共に、明るさと共にここからなくなっていく。
「ふぅ……」
 再び辺りに薄暗闇が訪れる中、それを見たサクは安堵したのかわずかに溜息をついた。
 同時に左手からも紋様が消え、斬り落とされた男の右腕からは波が引くように木による拘束が解かれていく。
 最終的に眩しい紋様の光も戦いの音も消え失せると、そこでは静寂だけが残る事になった。
「どうやら終わったようだけど……。どうなったんだ?」
 次にロウは、安全を確認するように左右を見回しながら男の様子を見に行く。
 それに加えて恐る恐る歩くセンカや、少し疲労を顔に浮かべるサクも周りに集まってきた。
 全員の視線が向かう先では、男が気絶したようにうなだれている。 それでも死んではいないのか、ひとまず呼吸は安定していた。
 そしてトウセイが斬り落とした腕は、今はただ地面に落ちて肉片と化している。 まだ男に残っていた龍の腕の残りも剥がれ落ち、右腕を見るとその部分は普通の人の腕に戻っていた。
「ぁぅ……。やっぱり、だめ……」
 センカはそれを少しだけ見た後、怯えた様子でまたロウの後ろに隠れる。 そして以降は、ずっとそこから出てこなくなってしまった。
「うーん。それにしても何なんだ、これ?」
 一方のロウは肉片をじっと見て、何なのか頭を悩ませている。 それはこの世にいるどんな動物のものとも違い、もちろん人のものにも見えない。
「ふむ……。こいつはもう、ただの人間に見えるが……」
 同じように怪訝な表情のトウセイは、男や肉片を交互に眺めながらそう言う。
 そのすぐ側では、サクがしゃがみ込んで肉片の事を調べ始めていた。
「何だ。やっぱり、ただの出来損ないか。質の悪いものを使ったみたいで、もう腐り始めているよ」
 それからある程度調べると立ち上がり、真顔で呟く。 ただし木龍の力を使っていた時と違い、肩の力は抜けて気楽な物言いになっている。
「これはやはり龍人なのか?」
 その時、不意に光龍が現れると尋ねかけてきた。 目は誰よりも真剣で、何か思う所があるように見える。
「違うよ。これは龍人の失敗作、いや実験体かな? 龍人を作るため、適当な人間で実験したのかも……」
 対するサクは肉片をじっと見ながら、人が変わったかのように大人びていた。
「龍人? それって何なんです?」
「人の体に龍の肉を埋め込むと、その部分は龍のようになるんだ。凄く強く、とても丈夫にね」
 そして疑問を浮かべるセンカに対し、サクは振り返りながら答えていく。
「馬鹿な……。では人でありながら、龍の体を手に入れた存在がいるとでも言うのか。いや、だが……。そもそも人と龍は同化が出来るのだから、おかしな事ではないか……」
 すぐ側ではトウセイが顔をしかめつつ、猜疑心に満ちた顔つきながら一人でじっと考え込んでいた。
「なぁ、龍には体ってあるのか?」
「本来はな。しかし、私も木龍も体を失ってしまった。そしてそのために、普通の人間には見る事さえ出来なくなった」
「うむ。もしかしたら誰かがその体の一部を手に入れ、龍人を作るのに利用したのかもしれないな……」
 そんな時にロウはふと思いついた疑問を口にし、それに龍達が答えを返していく。
 どちらの龍も同じように憂いを帯びた表情であるが、どうしてそうなっているのか分からないロウやセンカはやはり戸惑うしかない。
「龍は体を失っても、まだ生きていられるというのか……。本当に人とは何もかも違い過ぎるな。考えただけで、頭が痛くなってくる……」
 一方でトウセイは龍の強さに驚きながらも、可能性のようなものを感じ取っているかのようだった。
「分かるよ。僕も最初は信じられなかった。でも、それが龍さ。きっと龍人を作ったのも、それに近いものを目指していたからじゃないかな。不死で、完全な龍という存在を」
 サクも特別なものを語るように目をきらきらと輝かせ、微笑みながら話している。
「……」
 やがてトウセイは改めて龍の肉片を見ると、真剣な顔つきで息を呑んでいく。
「ねぇ、ちょっと。大丈夫?」
 まるで抜け殻のような姿に気付いたサクは、顔を覗き込みながら声をかけた。
「あ、あぁ……」
「もう、後少しで間に合わない所だったんだよ。腐りかけていた、質の悪い龍の肉だったから助かったけれど……。彼はすでに腕以外にも龍の影響が出ていたんだ」
 トウセイがそれに呆けたように応じていると、サクはまるで喝を入れるように表情を険しくしていく。 しかしそれは本気で怒っている訳ではなく、子供が不満を述べるように頬を膨らませているものだった。
「あの腕を維持するために、他の部分も作り変えられつつあったんだからね。あれ以上、腕が繋がったままだと本当にまずかったと思うな」
 そして地面に落ちた肉片に目を向けると、ようやく安堵したかのように語っていく。
「同化が進んでいたら、もう元の体には戻れなくなるとでも言うのか……?」
「その可能性もあるね」
「そうか。あれも同化、と言うのか……」
 一方でトウセイはなおもぼうっとしたまま、サクと話しながら自身の腕を覗き込む。
 そこにはもう紋様は光っていないが、自身の体と同化している力の事が気がかりになっているようだった。


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