「あれ……?」
ロウ達はそれに気付くと誰もが驚き、思わずその方向に釘付けになる。
「どうしたのー!? 早く行こうよー!」
一方でサクはそれからも大きな声で、こちらにそう叫んできた。
結構な距離があるはずだったが、声は間近から聞こえてくるかのようにはっきりとしている。
「でも、戻らなくていいのかー!?」
対するロウは真意を確かめるため、口元に手を当てて同じくらい大きな声でそう叫んでいく。
「僕にはそんな暇はないもん! 言い訳するのも謝るのも、帰ってきてからいつだって出来るよ!」
サクは相変わらず全力で声を振り絞り、力の限り自分の意思を伝えようとしている。
「今はそれよりも優先してやらなくちゃいけない事があるんだから……。僕はとにかく前に進みたいんだ! だからこれから皆、よろしくね!」
必死な姿はまるでこれから成そうとしている事に対する、自分なりの決意表明でもあるかのようだった。
「さぁ、行こうよ!」
そして最後にとびっきり明るい顔をすると、前方に続いている道を指差す。
その場にいるだけで興奮を抑えられないのか、それからもしきりに体を動かしていた。
「ロウさん……。どうされますか?」
「まぁ、しょうがないのかな……。あの様子を見る限り、追い返してもついてきそうだからな」
ただしセンカなどはなおも心配そうにしており、ロウも顔を掻きながら考え込んでいる。
そんな二人の視線の先ではサクが今も元気に大手を振り、ロウ達がやって来るのを今か今かと待ち構えていた。
それを見てしまうと結局は納得せざるを得ないのか、やがてセンカやロウは仕方ないといった風に肩から力を抜いていく。
「ちっ……。はぁ……。俺にどうと言えたものでもないが、何もあんな騒がしい奴と一緒にいかなくてもな……」
一方でトウセイはうんざりした様子でそう言って、面倒そうに溜息をついている。
やっと子供から解放されたと思ったのも束の間であり、今や状況は望ましくない方向に進みつつあるようだった。
「まぁ、確かに大人しいとは言えませんが……。でも案外、賑やかでいいかもしれませんよ」
対照的にセンカはそう言いつつ、なおもサクの方を眺めている。
トウセイを励ますためにそう言ったのかもしれないが、もしかしたら自分が楽しみにしているのかもしれない。
「本当にそうならいいんだがな……」
トウセイもその微笑ましそうな姿を見ると、自身も諦めたように改めてうなだれていった。
「おーい! 皆、遅過ぎ! もう、置いて行っちゃうよー!」
するとその直後、サクはいい加減に待ちかねたのかそう言いながら飛び跳ねていく。
その勢いはまるで今にも一人で進んでしまいそうで、体力が有り余っているかのようだった。
「……」
それからほとんど間を置かず、サクのすぐ隣には木龍が姿を現す。
表情や視線はサクに対してどこか呆れているように見えるが、あくまでサクを見捨てるつもりはないらしい。
以降も地団太を踏みながら声を上げるサクの事を、木龍は側からじっと見つめ続けていた。
「でも、あれくらい元気なのは素直に羨ましいよ。こっちもつられて、少し元気になってくるからな」
一方でロウはサクの大声に応えるように、足を前に進めていく。
さらに側にいたトウセイも諦めたのか、浮かぬ顔ながら歩き出す。
その時のロウの表情はどこか明るく、ジュカクを失って以来見せる事のなかったものだった。
「ロウさん……! そうですよね、元気なのは良い事ですよね!」
センカはそのロウ元来の横顔を見ると、それ以上に表情を明るくする。
そして余程嬉しかったのか、いつも以上に声は大きくなっていた。
「あ、あぁ……。そうだな。えっと、どうかしたのか。センカ……?」
一方でロウは訝しむように振り返ると、驚きに満ちた目を何度も瞬かせている。
「あ、えっと……。その……」
センカはそれに気付いた途端に、恥ずかしそうに顔を俯かせてしまう。
「ふふっ……」
するとロウはその直後、ふとおかしそうに微笑んでいく。
「あはっ……。はははっ……」
センカは顔を俯かせながらもそれを感じ取り、同じように微笑む。
そして二人は以降も少しぎこちないながら互いに微笑み合ったまま、その場に留まっていた。
「もー! ロウ、センカー! 僕、怒っちゃうよー!」
そんな時、怒りを爆発させる声が二人の耳に届いてくる。
待ちくたびれたサクは、紋様の力すら使いかねない勢いをしていた。
「おっと……。それじゃあ、行こうか? センカ」
「はい!」
それから二人は急ぎ足になると、先行したトウセイの後を追ってサクの待つ元へと向かっていく。
「もう、遅いよー。早くー!」
サクはようやくこちらに向かってくる三人を見ても、まだ大きな声を響かせ続ける。
どうやら待ちぼうけを食らっていた分だけ、幾らか不満が残っているらしい。
それでも快晴の青空の下で見せるその姿は実に子供らしく、サク本来の姿を示しているように見える。
そしてそれを見送るかのように、遠くには大樹が悠然とした姿で佇んでいた。
ロウ達は今回、新た仲間と共に異形の存在とも出会う。
それは龍の肉をその身に宿した、本来なら生まれるはずのなかった化物とも呼べるものである。
本来ならばそんな相手は避けるべき、もしくは逃げるべきだったのかもしれない。
だがロウ達の目指すそれぞれの目的にとっては、どちらも選ぶ事は出来なかった。
ロウ達は求めるもののために、これから先に危険があるかもしれないと分かっていても敢えて飛び込んでいく。
果たしてその先に何が待ち構えているのか、それを知る者は今は誰もいなかった。
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