第3話 土


「何じゃ、そっちは名乗らんのか。つまらん、と言いたい所じゃが……。この人間の頭の中にお主の名前はあったの。ほぅ、ロウと言うのか」
 土龍はその反応につまらなそうにしているが、その後に興味深そうに目を細める。
「それにしても、さすがの儂もさすがに霊剣には少しばかり興味を引かれるぞ。そんなものがここにあるなら、丁度いい。体を慣らすために少し遊んでやろうかの……」
 そして首の辺りに手をやると何度か傾げ、他の部分も柔軟に動かしながら呟いていく。
 その行動は年を取っているジュカクの体に不具合でも起こらないかと考え、準備運動でもしているかのように見えた。
 やがてゆったりとした動きを幾らか繰り返した後、土龍は目を閉じていく。
「とはいえ、いきなり全力を出すつもりもないから安心するがいい。これはいずれなさねばんらぬ本番に向けての、練習台のようなものじゃからな……!」
 そして次の瞬間に目を見開くと同時に、ジュカクの顔には紋様が浮かんだ。
 さらに光が強まって茶色に輝き出すと、周囲にはまた地震が起こる。
 それは先程までよりも強い上に、どうやらすぐ近くを震源としているらしい。
 周りの地面も同調するように激しく揺れ出し、これまでにない大きな音を響かせていった。
「これは……。こいつの力によるものなのか……!」
 ロウは体勢を維持しつつ、そのまま懸命に堪えている。
 ただし激しい揺れで視界は定まらず、気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうだった。
 一方で側にいる土龍は振動など意に介さず、微動だにせず立ち続けている。
 そしてその間も周りは揺れ続け、次第にすぐ近くの地面が大きく動き始めた。 それはまるで土の壁のようであり、ロウとジュカクを丸く囲むように次々と隆起していく。
 生きているかのように滑らかな地面はある程度まで高くなると、今度は曲線を描きながら少しずつ丸まっていった。
 そしてロウ達を閉じ込めるかのように形をなしていく土の壁は、空から降り注ぐ太陽の光すら遮っていく。
「……」
 先程までは無かった土の壁を見上げると、ロウは黒い影に覆われながら言葉を失っていた。
 やがて天井の中心付近に少しの穴を残した後、土は動きを止める。
 そこに出来上がったのは、卵を半分に切ったもので地面に蓋をしたような形をしていた。
 土の壁によって出来た影の下には、ロウとジュカクの二人しかいない。
 それは土龍の力によって作られたようで、最終的には中が空洞になっている巨大な土壁に閉じ込められている。
 そして全てが完成した事により、ようやく地震は収まって土も動かなくなっていく。
 龍の力によって作り出された壁はとても高く、ロウの身長を遥かに超えている。
 飛び上がって乗り越える事はもちろん、滑らかな壁にはよじ登るための突起やひびすら見受けられなかった。
「く……」
 ロウが次に薄暗い土壁の内部を見渡すと、天井付近にある穴からは一条の光が差し込んでいる。 だがそこまでは高く、到底登れそうにもない。
 そのために顔をしかめ、他の方法を模索するしかなかった。
「ほっほっほ、まぁまぁかのう。しかし、力を使えるようになったのは良いが、この人間はのぅ……。いかんせん、年を取り過ぎている。やはりがたが来ておるわい……」
 一方で土龍は機嫌が良さそうに軽い笑みをこぼしていたが、不意にジュカクの体へと視線を落としていく。
「む……? ほう、成程成程。お主も抗うのか……。人というものは、揃いも揃って面倒な……」
 すると直後には、何かに気付いたように眉間の辺りにしわを寄せていった。
 さらに顔を抑えて何かに耐えているのか、体を震わせながら少しずつ苦しみ出していく。
「ぐっ……。うああああっ!」
 そして痛みに悶えるかのように大声を上げると、全身に力を込めて耐えようとしている。 ただしそうしながら上げる叫び声は、土龍というよりはジュカクのもののように聞こえてきた。
「師匠……!? お、俺はどうすれば……」
 ロウは凄惨な姿を目の当たりにしても、やはり何もする事が出来ない。
 何が起こっているのかすら分からず、自分の不甲斐なさに顔を歪ませながらもただ事の成り行きを見つめているだけだった。

 その頃、センカとトウセイは店を出てから当てもなく町の中をぶらぶらと歩いていた。
 すると丁度その時、二人はまた地面の揺れを感じる。
「また地震でしょうか……。本当に多いですね」
「あぁ。それも、この辺りの地域に来てから急にだな……」
 二人が地震にも驚かなくなっていると、次の瞬間には背後に光龍が姿を現す。 しかしその顔は二人と違っていて険しく、目つきは鋭い。
 一方でやけに辺りを注意深く窺う光龍を、二人は訝しげに見つめていた。
「いや、待て。これはやはり……」
 直後に光龍はそう言うと目を細め、遠くの方を眺める。 その視線が向かった先は、ロウ達がいるはずの雑木林の方だった。
「どうしたの、光龍?」
「地震の時に感じた龍の力。先程のものも、今のものもそうだったが……。これはもしや、土龍のものなのか?」
「え、龍!?」
 センカはそれを聞くと口の辺りに手を当てて驚き、両者の声を聞きつけたトウセイも側へとやって来る。
「あぁ、しかも近くに霊剣の力も感じる。という事は……」
「ロウと土龍が共にいる、と言う事だな」
 そして呟く光龍に合わせ、トウセイは森の方を眺めながら足を前へと踏み出していった。 手は逸る気持ちを抑え切れないのか、腰の刀へと添えられている。
「うむ。そうなるな。しかし、何故土龍がこんな所に……? 奴がこの辺りに現れるなど、今までなかった事なのに……」
「もう、光龍! そんな事はどうでもいいよ。今は急いでそこに行かなくちゃ……!」
 一方でなおも考え込む光龍を尻目に、センカはもどかしそうに言って走り出す。 だが慌てて足を動かすあまり、途中で何度か転びそうになっている。
「待て、センカ……。お前一人が向かった所で何が出来るというのだ」
 光龍はその姿を見て呆れたように溜息をつきながらも、後へと続いた。
「土龍か。恐らく火の紋様は手に入らんのだろうが、龍を相手に戦う経験くらいは積めるか。いずれにせよ相手にとって不足はない。ロウ、勝手に倒すんじゃないぞ……」
 トウセイは真逆で落ち着いたままながらも、その足は徐々に速く動き出していく。
 そしてセンカ達は勢いよく町を駆け抜け、ロウ達のいる雑木林へと向かっていったのだった。

「ぐ……。ぐぅぅ……。わしの体から、出ていけ……!」
 その頃、ロウ達を取り巻く状況は少し前とあまり変わっていなかった。
 ジュカクは先程からずっと何かに耐えるように苦しみ、声を絞り出すように叫んでいる。 その額には紋様が浮かんでおり、状況はむしろよりひどくなっているようにも見えた。
「師匠……。俺は、どうすれば……」
 一方でロウは相変わらず、身を案じている事しか出来ずに歯痒い思いをしている。
「!?」
 するとその時、何かがいきなりジュカクの体から飛び出してきた。 それは茶色に光る龍の形をしており、空中に上がった後に土の中に簡単に潜っていく。
 ただし土を掘り進むのではなく、すり抜けているようにして地中の中に入り込む。 それはまるで実体を持っていないかのように自由で、常識外れの光景だった。
「ぐはっ……」
 同時にジュカクは倒れ込んだかと思うと、また地面が揺れ出す。
 左右への激しい揺れの中、今度はロウ達の周りに土の柱が次々と地面から現れる。
 それはロウ達を囲むように乱立しており、不規則に次々と生えていった。 大きさや太さなどはそれぞれ違い、それらには統一性はない。
「ぅう……」
 ロウはそれらになす術もなく、ジュカクの体を支えながらただ柱の乱立する様を見るしかなかった。
 その後に正面には、一番大きな土の柱が出来上がる。 それは他のものより一際大きく長方形の形をしており、まるで何かの台座のように見えた。
 やがてそれを最後に地面の揺れは収まり、辺りに土の柱は出来なくなる。
「く……」
 その時にジュカクが呻き声と共に意識を取り戻し、起き上がろうと試みていた。
「大丈夫か、師匠!?」
「うむ。わしは大丈夫だ。何とか土龍を追い出せたが、未だに同化は途切れていない。このままでは……」
 ロウはその体を支えながらなおも声をかけるが、ジュカクはまだ視線もおぼつかない。 一応は意識があるがひどく疲労しているようで、覇気はほとんど感じられなかった。
 それでも土龍による支配は脱したらしく、その雰囲気は直前までとは完全に異なっている。
「そ、そうか。でも一息くらいはつけそうだな……」
 だからこそロウも安堵した様子で表情を緩めるが、直後にはまた辺りの地面がひどく揺れ出す。
「な、何だ……!?」
 二人が驚いて周囲へ目を向けると、台座では激しい音と共に土が盛り上がってきていた。
 さらにそれはある程度まで膨らんだ後、上に向けて伸びていく。
「あれは……。土龍が土で作った、仮初めの体だ……」
 ジュカクは滑らかに形を変えていく土を見上げると、呆然とした表情で呟いた。
 そして始めはただ真っ直ぐに伸びていた土も、次第に明確な変化を見せる。
 ある所にはひびが自然に入って削られ、ある所は自由自在な造形を繰り返していった。 それは僅かな時間で、彫刻のように細部まで作りこまれている。
 やがて土の動きが全て止まると、それは完全に龍の形になっていた。
 龍は平たく横に大きい茶色の体をして、体には所々に土や岩がついている。 体の全てが土で出来ているが、それは先程に目にした土龍の姿を完全に模していた。
「あれが土龍……」
 ロウは土の体を成した土龍の方を見上げ、そう呟く。 そして怒りの表情を浮かべると霊剣を手に取り、そのままそちらへ歩いて行った。
「……」
 一方で土龍はまだロウの事に気付いていないのか、一切動かない。 ただ虚空を見つめたまま、じっとしていた。
 体には天井から差し込むわずかな光が当たり、埃などに反射して薄っすらと光っているように見える。
「やめろ、ロウ……!」
 ジュカクはそれを止めようとするが、まだ満足に動く事が出来ない。 悔しそうに顔をしかめて声を発するが、ロウの耳には届いていないようだった。


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