第3話 土


「きゃぁぁっ……!」
 それによって地面は大きく揺さぶられ、店の中では揺れに合わせて物が派手に散乱していく。
 かなり大きな揺れによって多くの人が怯え、そのどよめきは周囲に広がっていった。
「地震か……!?」
 一方でトウセイは冷静さを保ったまま、机の上にある椀などを落とさないように押さえている。
 すると揺れは次第に小さくなり、やがて地震も完全に収まっていく。
 それからようやく落ち着きを取り戻すと、周りにいた人達も口々に安堵の言葉を口にしていった。
「はぁ、ふぅ……。収まりました……? それにしても驚きましたね……」
 一方でセンカはそう言いながら、まだ驚いた様子で辺りを見回している。
 その表情はまた地震が来ないか不安そうでもあったが、それ以降はわずかな余震も起こる事はなかった。
「あぁ、危なかったな」
 それに応じるトウセイは、机から落ちそうになっていた食器を元に戻している。
 店の中は予期せぬ出来事のせいで騒がしくなっているが、トウセイだけはいつも通りに振る舞っていた。
「なぁ、最近は特に地震が多くないか?」
「そうね……。そういえば最近、隣の町でも小さな地震が何回かあったって聞いたわ」
 その時、横の方から男女の話し声が聞こえてくる。 それはトウセイ達のすぐ近くに座っていた二人の会話で、どちらも少し不安そうな様子で顔を突き合わせていた。
「本当か? そういえば……。地割れのせいで色々な所の地面に巨大な穴が出来たらしい」
「私が聞いた話だと最近の災害は皆、龍神様の怒りが元になっているんだって。ここ以外でも色々な異変が起こっているらしいわよ……」
 それから男がそう言うと、女は口元に手をやって内緒話でもするかのように前のめりになっていく。
「うーん……。確かに、今までここらで地震なんて滅多になかったのにおかしいよな。何か悪い事の前触れじゃないといいんだけれど……」
 すると男も難しい顔をしながら顎の辺りに手を当て、唸り声を上げながら考え込んでいった。
「ふむ……」
 トウセイは龍という単語が耳に入ったために少し興味を示していたが、以降は取り止めのない話が続くだけである。
 そのためにすぐに男女から注意を外すと、散らばった食器を戻すのに集中していく。
「この地震……。まさか、な……」
 その頃、先程にすぐに消えたはずの光龍の姿が店内にあった。 ただしその顔はとても険しく、なおかつ何かを探るように周囲を見渡している。
 だがはっきりとしたものは見つからないのか、難しい顔をして考え込むだけだった。

 一方で店を出たロウは、ジュカクに先導されて未だに歩き続けている。
 すでにそこは町から少し離れた雑木林までやって来ていて、二人はそこへと入っていく。
 生えている木などは特に異変はないが、何故か地面にはひび割れがやけに多かった。
 さらに雑木林の中を進んでいった二人はその後、少し広い空間に出る。
 そこは木々や植物が少なく、空き地のようになっていた。
 ただし辺りの地面もそこかしこがでこぼことしており、まるで何か巨大なものが地面の下を這っていたかのように見える。
 そしてジュカクはそこで立ち止まると、背を向けたまましばらくの間黙り込んでしまう。
 ロウは少し後ろで立ち止まっていたが、全く言葉が発せられないのを訝しんでいた。
「師匠、話って何だ?」
「うむ……。実はな……。わしがここに来たのは、お前を連れ戻すためなのだ」
 しかし我慢出来なくなったのかロウが声をかけると、ジュカクはようやく決心がついたようで重い口を開いていく。
「え、何でだよ?」
「……さっきお前と共いにいた二人。あれは、普通の人間ではあるまい。二人共、龍と同化しているのではないか?」
 ロウはそれを聞くとさらに歩み寄るが、対するジュカクは顔を強張らせたままで振り返る。 その表情は真剣そのもので、冗談などを行っている様子は無い。
「あ、あぁ……。でも、そんな事は関係ない。センカとトウセイは俺と同じ、普通の人間だよ」
 対するロウは驚きと共に、少し怪訝そうな顔で頷く。 さらにまるで非難するようなジュカクの態度に対し、二人を庇うかのように答えていった。
「……お前は龍の事を何も知らないから、そんな事が言えるのだ。龍は人とは違う。力も心も、何もかも。龍の中には人を憎む者さえいるのだぞ」
 するとジュカクはあからさまに顔をしかめ、忠告するように語り掛けてくる。
「そういえばトウセイは火龍にひどい事をされたようだけど……。でも、師匠。だったらこれはどうなんだ」
 だがロウは何も聞き入れる様子はなく、おもむろに腰の辺りに下げていた霊剣を取り出していく。
「それは霊剣……。どこにもないと思っていたら、お前が持ち出していたのか……。む……!?」
 ジュカクはそれを見ても特に驚く様子はなかったが、直後にその表情は一変していった。
「ほら、見てくれよ。この霊剣は光龍が力を貸してくれたから、こんな風になれたんだ。師匠の言い方じゃ龍とは分かり合えないみたいだけど、俺はそうは思わない」
 眼前ではロウが霊剣に光を纏わせ、さらに見せつけるように前に突き出してくる。
「この霊剣は人と龍の繋がりを示す明確な証拠さ。光龍が俺を信じて力を与えてくれたように、俺だって光龍を信じる。この気持ちは何を言われようと、変わらないよ」
 自信に満ちた姿はジュカクの警告を受けても全く揺らいでおらず、その瞳は霊剣の光を映しながら輝いているかのようだった。
「光の刃か。だが、小さいな……。それだけなのか? 昔のお前ならばもっと……」
 一方でそれとは対照的に、霊剣をじっと見つめるジュカクの顔は暗い。
「昔? どういう事だよ。俺が霊剣を初めて持ったのは、旅に出る直前で……」
「そうか。お前は忘れているのだったな。ならば、仕方ないか」
「え? ちょっと待ってくれよ。忘れているって、俺が自分の事を……? そんなはずは……」
「今はその話はいい。まずは理解しろ。お前の持つ力など、龍のものに比べれば赤子のようなもの。そして龍は、お前が思っている以上に危険だという事をな」
 それからもロウはなおも怪訝そうにしているが、ジュカクはあくまで答える気はないらしい。 また表情を険しくすると、改めてロウへ厳しい視線を向けていく。
「そんな事……。いちいち師匠に言われなくたって分かっているよ。龍の力は直接、目の当たりにしてきた」
 対するロウも深刻な雰囲気を察したらしく、心の内によぎった不安をもろに表情に浮かべていった。
「いいや、お前は何も分かってなどいない。このままではいずれ、どんな事に巻き込まれるか……。そうなる前に一緒に村に帰るんだ、ロウ」
 ジュカクはそんなロウにいきなり詰め寄っていくと、肩を掴みながらこれまでになく真剣に語り掛けていく。
「とにかく! これからどうするかなんて、自分で決められるよ。俺はもう子供じゃないんだから」
 しかしロウの反発する気持ちは収まらないのか、不服そうに言葉を遮る。 激しく首を横に振ってそっぽを向く姿は、言葉とは裏腹にまるで幼い子供のようだった。
「……」
 それを聞いたジュカクは驚いたように口を開けたまま、しばしの間呆然としている。
「ふっ……。子供じゃない、か」
 だが直後には、少し寂しそうに笑みをこぼす。 その時の目つきはロウの方を慈しむように捉え、小さく呟く声は静かな森の中に不思議と響き渡っていった。
「……? とにかく、俺は姉さんを見つけるまで絶対に帰らないからな」
「ツクハ、か」
「あ、あぁ……」
 ロウは物悲しそうなジュカクを怪訝そうに見つめ、思わず言葉を失ってしまう。
 静まり返った辺りではちょうど音が途切れ、まるで時が止まったかのような錯覚を覚えていった。
 ただしそれは本当に一瞬の事で、直後にはその場に大きな鳥の鳴き声が聞こえてくる。
 しかもそれは一羽や二羽ではなく、大量の鳥の鳴き声はどんどんとこちらに近づいているようだった。
 それに気付いたロウが思わず空を見上げると、頭の上を通り過ぎてどこかへ飛んでいく。
 空を進む鳥はどれもまるで何かから逃げているような、ひどく慌てた様子をしていた。
 さらに周りでは、他の小動物や虫達も逃げるように移動を始めている。
「これは……」
 滅多にない光景から何かが起こる前兆のようなものを感じたのか、それらを見上げたロウは不安そうにしていた。
「ロウ。お前の気持ちはよく分かる。だがな、もう一度考えてみろ。あの子がお前に何も言わずに、どこかへ行ってしまうなどあり得ると思うか?」
 一方でジュカクは周りの様子などは気にもならない様子で、真面目に話し出していく。
「それは……。でも、じゃあどうして……? どうして姉さんは、俺達の前からいなくなったんだよ……!」
 対するロウは言葉を詰まらせながら俯いていたが、悔しそうに手を握り締めると答えを求めるように声を荒げていった。
「それは……。龍だ」
 ジュカクはその姿を見ながら押し黙っていたが、数秒程間を置いてから不意に口を開く。
「な、何だって……!?」
 それを聞いたロウは驚きき、目と口を開きっ放しにしたまま絶句してしまう。
 図らずも旅の中で知る事になった未知の存在が、自分の最もよく知る家族と関係していた。 その事に驚愕したロウは思考が停止し、ただ立ち尽くす。
「龍は不死だ。肉体を失っても、その魂は決して消えない。一度死んだとしても、体と力を失うだけで済む。その状態だと、限られた者にしか見えなくなるがな」
 続くジュカクの言葉にはそれからも淀みが無く、まるで龍の事をよく知っているようだった。
「そうか、光龍のあの姿……! あれが肉体を失った状態なのか……」
「だがそうなった場合でも、また人と同化して別の肉体を手に入れればいいだけだ。そうすれば龍は、何度でも蘇る事が出来る。分かるか、ロウ」
 それを聞いたロウが大きな驚きに包まれる中、ジュカクはさらに真剣な様子で睨み付けるかのような視線を送っていく。
「……」
 どうしてここまでジュカクが龍に詳しいのかは不明だが、今のロウにとってはそんな事も気にならないらしい。 それくらい呆けたように口を開くと、ただ次の言葉を待ち続けていた。


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