次に赤い線は燃えるように爆発し、男の放った火を一気に吹き飛ばしていく。
ロウ達はもちろん、その光景を見て男も目を疑った。
「違う力と、言っただろう……」
その時に身を低くしていた青年は、自分の火で相手の火を打ち消している。
そして火を火で相殺したのを瞬時に確認すると、そのまま一気に距離を詰めていく。
「うわっ!」
これには男も反応出来ず、向かってくる青年の迫力に押されて思わず尻餅をついてしまった。
「どうだ。これが俺とお前の差だ」
青年はそんな男に対して刀を突きつけ、それと同じくらい鋭い視線で見下ろしていく。
こうなってしまってはもう男に成す術はなく、勝負は完全についたようだった。
「た、助けてくれ……。お、俺はただこの力を使ってみようとしただけなんだ! この力だってある日、体に紋様が浮かんできて急に使えるようになったんだ!」
だが追い詰められた男は突然焦り出し、息もつかず喋り続ける。
今までの余裕に溢れた姿はなりを潜め、再び体を震わせ始めた。
「その火の紋様……。お前には過ぎた力だ。俺によこせ」
一方で青年はそんな言葉など耳に入れず、冷めた目で男を見下ろしている。
手にある刀は男の鼻先へ向けられ、先端は今にも接触しそうだった。
それを受けると、男の見苦しい言い訳は自動的に終わっていく。
「あ、あぁ……。でも、どうすれば……」
「目を瞑って念じればいい」
やがて男から放たれた弱々しい声に対し、青年は命令口調で答える。
するとその通りに男は目を閉じ、青年も同様に祈るかのように目を瞑って念じていく。
その姿にはどことなく見覚えがあり、少し前に光龍が見せたのと似ているようだった。
そしてそれから間を置かず、男の肩にあった紋様は勝手に光り出していく。
ただし火は全く現れず、体からあっさりと離れると宙に浮かんでいった。
そのままそれは所在なさげに漂っていると、やがて収まるべき場所を見つけたかのように青年の肩の方へ移動を始める。
やがて外套を通り越して中に入り込んだ紋様は、赤い光を放ちながら青年の体の一部となっていった。
「ふん……」
青年は紋様が移った事を確認すると、そのまま刀を上に振りかぶっていく。
冷たい視線は眼下に向けられ、もう用はないとでも言わんばかりだった。
「お、おい! た、助けてくれよ……。同じ紋様を持つ、仲間みたいなもんだろ……?」
それを見た男は狼狽し、がたがたと震え出す。
さらに助けを請うように両手を合わせていくが、それを見ても青年は動じない。
このまま放っておけば、青年は男を殺してしまいそうだった。
「待て、やめろ!」
それを止めるためにロウが駆け出すが、青年は流れるような動きで刀を振り下ろしていく。
「ぐっ! う、うぅ……」
そしてその一撃を首筋に喰らうと、男は一気に昏倒していった。
あっという間に目は虚ろになり、うなだれるように頭を下げて動かなくなる。
「あっ!」
ロウはそれを見て急いで近寄ると、慌てて男の様子を探った。
しかしよく見てみると、体のどこからも血は出ていない。
もちろん呼吸もしており、ただ気を失っているだけのようだった。
「勘違いするな。単なる峰打ちだ……」
青年はとっくに落ち着きを取り戻しており、目を閉じて刀を納めながらそう呟いている。
「何だ。驚かせるなよ……」
「ほっ、良かった……。これでもう龍の力を、誰かを傷つけるために使う事はなくなったんですね。やっと戦いは、終わったんですよね……」
安堵したロウと同様に、傍らで心配そうにしていたセンカもようやく安心する事が出来たらしい。
瞳から向かう視線や問いかけるような言葉も、男から力を引き受けた青年の方へと向かっている。
そして少し前まで荒々しい雰囲気で満ちていた場も、今はようやく元の平穏を取り戻しつつあった。
その後、ロウ達は村の人に事情を話して小太りの男を引き渡す。
気絶したままの男は村人達に連れられ、とりあえずは焼けていない納屋に押し込まれていく。
今後あの男は何らかの裁きを受けるのだろうが、とりあえずロウ達のやる事はもうなくなった。
男を引き渡している間にも青年は無口なのかほとんど喋らず、何か聞かれた時に一言か二言喋るくらいしかしない。
そしてその後はロウに任せ、ぼーっとしながらひたすら遠くの方の景色を眺めていた。
「最初は気付けなかったが、あの男も火龍の紋様を宿していたのか……。どうやら人に宿った紋様は、力を使わなければ感知出来ないようだ」
光龍はそんな青年を見ながら、聞き取れないくらい小さな声で呟く。
「しかし火龍も、あのような大して資質も持たない人間に紋様を与えるとは……。面倒な事をしてくれる……」
そして最後に目を閉じると、深い溜息をついていった。
「後は村の人達に任せるか。俺達があまりしゃしゃり出てもしょうがないしな……」
「えぇ、そうですね」
それからロウとセンカが話し込んでいると、その場には一人の少年がやってくる。
「あ、ここにいたんだ! お兄ちゃん、約束を守ってくれてありがとうね!」
それは先程、ロウ達に真相を話してくれた少年だった。
そのまま青年の方へ近寄っていくと、嬉しそうに話しかけていく。
「約束?」
「うん。あのね……!」
顔を傾げるロウに対し、少年は深く頷くと表情をさらに明るくする。
やがてその口からは、まるで英雄の話でもするかのようにあの時の事が語り出されていった。
火が燃え続ける家の中、少年が逃げ遅れていた時に青年が助けにやって来る。
だがまだ少年は初対面の青年を信じ切れないのか、恐怖の感情を浮かべながら見上げていた。
「大丈夫か?」
青年はそんな少年に声をかけ、さらに手を伸ばす。
「……」
それでも少年は、いつまでも身を固くして怯えている。
さらに見上げたまま何度も首を横に振り、決して手を掴もうとはしない。
「安心しろ。俺はこの家を燃やした奴じゃない。火をつけた奴は俺が捕まえる。だから、こっちに来い」
青年は穏やかな声でそう言い、その間にもずっと手を向け続けていた。
そしてしっかりとした目つきで改めてそう言うと、もう一度手を伸ばしていく。
「……」
少年は伸ばされた手を見つめ、考え込むように目を伏せる。
ただし力強い言葉を耳にして、わずかながらも警戒が解けたようだった。
やがて怯えながらも、その場でゆっくりと立ち上がっていく。
「本当……?」
そしてまだ恐る恐るだが、小さな手をゆっくりと伸ばしていった。
しかし手は青年のすぐ側まで行くが、あともう少しの所で不意に止まってしまう。
「あぁ、必ずな。俺は約束を破ったりなんかしないから、安心しろ……」
青年は自ら手を伸ばしていって、それをしっかりと掴み取ると強く言い切っていく。
本来なら嘘くさく聞こえる言葉も、何故か青年が言うと不思議と本当のように聞こえる。
だからこそ、それを受け入れる少年の顔からはもう不安は消え去っていた。
「そうだよね、お兄ちゃん」
少年は全てを語り終えると元気そうに笑顔を浮かべ、目の前の青年を見上げていく。
一方で青年は気恥ずかしさを感じているのか、話の間からずっと遠くの方を見つめていた。
「約束のためじゃない。紋様のため、自分のためにやっただけだ……」
さらにそう言いながらそっぽを向いてしまい、顔を逸らしてしまう。
だが口では強がっていても、本心は正反対だというのは何となく伝わってくる。
「ふふっ、それでもいいよ。ありがとうね、お兄ちゃん」
少年もそれが分かっているからか、微笑ましく眺めていた。
「僕は村の皆に手から火を出す男の人がいるって言ったけれど、誰も信じてはくれなかった。それどころか、僕が火をつけたんじゃないかって疑われたくらいなんだ」
その後にふと目を閉じて語り出すも、誤解されていた事に怒っている訳ではないらしい。
「僕は初めて会った時、お兄ちゃんの事を怖い人かと思ってしまっていたけれど……。本当は違うよね。お兄ちゃんは約束を破らない、心の優しい人なんだよね?」
それを示すかのように、次の瞬間には憧れのものを見上げるように目を輝かせていた。
そして確かめるように言いつつ、青年の正面に回り込んでいく。
「全く、馬鹿馬鹿しい……。そんな事ある訳がないだろう」
「そうかな。でもお兄ちゃんはそう言っていても、今度の約束もきっと覚えていてくれるよ」
対する青年の方はなおも呆れた様子だったが、少年はそれからも楽しげに話し続けていた。
「あ、そうだ。そっちのお兄ちゃんやお姉ちゃんもありがとうね。村の皆もお礼がしたいって言ってるよ。お金は上げられないけれど、ご馳走は出せるんだって」
そしてそのままの勢いでロウ達の方を向くと、今度は村の方を指差していく。
遠目からではよく分からないが向こうの空気は明るく、時折笑う声なども耳に出来る。
少し前まで村に満ちていた異様な緊張感などは消え失せており、まだ焼け落ちた家屋などはありつつもようやく日常が復帰しつつあるらしい。
「いや、別にいいよ。何だか、流されるままに動いたようなものだし……。わずかでも誰かの助けになったって分かっただけで充分だよ」
「えぇ、そうですよね」
「ふーん、そうなんだ。変わってるね……」
「ははは、そうなのかな……?」
とは言えあくまでロウ達は遠慮し、少年はそれを見ると呆気に取られたような表情を浮かべていた。
「ところでお兄ちゃん達はこれからも旅を続けるんでしょ? だったらその間も、きっと無事でいてよね!」
そしてそれから気を取り直すとそう言い、改めて青年と向かい合っていく。
その時にはかつてと違い、少年の方から手を伸ばしていた。
火と煙に巻かれていた以前と違い、その姿は明るさや希望といったもので満ち溢れている。
特にその目は憧れのものを見るかのように輝き、伸ばされた手は決して違わぬ約束を交わそうとしているかのようだった。
「……」
しかし青年はそれにはすぐに答えられず、しばらくの間ただ突っ立っているだけである。
当人からすれば始めから旅の中でどのような危険に会おうと、それをやり過ごす自信があったのかもしれない。
だがそうすると少年との約束を自動的に守る事になり、さらにはそれによって自分が約束を破らない心の優しい人間だという事も肯定する事になる。
一度生まれたそのような考えはずっと青年の頭の中に渦巻き、そのせいで動きが鈍っていたようだった。
「あぁ、恐らく……。いや、気が向いたらな……」
とは言えその迷いも長続きはせず、いつまでも眩しい顔で見上げてくる少年に根負けしたらしい。
青年は渋々とだが了承すると、手をしっかりと握り締めながら呟いていった。
「良かった! それじゃあね!」
対する少年はその言葉を聞いて満足そうに手を離すと、笑顔のまま村の人達の元へ戻っていく。
「ふん……」
一方で青年は約束を交わした自分の手を見つめ、真顔でじっと考え込んでいる。
ただしその顔にはほんの一瞬だけだが、穏やかな表情が浮かんだように見えていた。
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