地球牧場仮説 2



「いや……。もし、そんなものがあればとっくに……。待てよ。ここのような場所……?」
「そう、地上にないなら地下。それも人類が未だ到達し得ないような、遥か地底の奥深くへ」
「そして、それがあるとするなら……。まず地下には膨大な……。広過ぎる、くらいの空間が……」
 アレックスも無闇に考え込んでいたのを切り上げると、目線を下へ下へと動くようになった男の手の方へ向けていく。
「ぴったりだと思わないか? 今回見つかった、それと」
「いや……。だが……。そんな、まさか……」
 そして男はある程度移動した所で振り返ると、こちらを向くようになったアレックスへどこか楽しげに声をかけてきた。
「ここであれを研究しているお前なら、とっくに気付いているはずさ。地球には本来いるはずのない、外来の異種生命体の存在を」
「それは、そうだが……。あれはあくまで、その可能性もあるというだけで……」
「地球上のどの種にも分類できないあれに、何の可能性がある? 自らの意思を持たず、機械のように単純な命令をこなし続けるという点では昆虫に近いかもしれないが……」
 さらに男は視線を一定に保ったまま、少しずつテーブルの方へと距離を詰めていく。 その表情や態度も極端に変わる事はなかったが、それ故に言い知れぬ不安感のようなものも付き纏っていた。
「繁殖器官を持たず、体躯は異常に発達した筋肉と外殻で覆われ……。数少ない検体もあらゆる薬品を弾いて、体組織の分析すらままならないってのが実情だろう」
「何でお前がそれを……」
「さっきは虫に近いと言ったが、あれは言うならば働き蟻なんだ。女王蟻のために文句も言わずにせっせと働く、奴隷に近い模造生命さ」
 それからテーブルの横をそのまま通り過ぎていくと、背を向けたまま淡々と話し続ける。 その声や姿は先程までと変わりはないはずだが、語気や口調には微細な変化が感じられるようになっていた。
「は……?」
「あれの原種は見つけた惑星の環境が特殊で、地下でしか量産できないのが難点なんだが。そのおかげで今もそれに関する設備だけは生き残っていたんだから、分からんもんだ」
「お前……」
 アレックスはそんな相手を見上げつつ、その表情はどんどん虚ろなものになっていく。 瞬きを繰り返す両目は今にも閉じられそうで、鈍い反応は夢でも見ているかのようだった。
「お偉方は少し見ない間に自分達の土地にはびこっていた猿の群れに興味があったようだが……。あんな下級種すら理解できないようでは底の浅さが知れる」
「あれ……。お前の、名は……」
「体長も恐竜に比べればわずかだが……。数だけは無駄に揃っているようだから、多少は価値があるのは確かか……。だが、今から収穫して出荷が間に合うか……」
「何だっけ……」
 やがて徐々に遠くなりつつある男の声を最後まで聞く事なく、アレックスの意識は完全に闇の中へと落ちていく。
 ガタンと大きな音を立てて机の上に倒れ込んだかと思うと、それから一切動かなくなってしまう。 呼吸をしているために死んではいないようだが、かといってすぐに意識が回復するようにも思えなかった。
「まぁ、どうでもいいか」
 男はそれに興味すらないかのように確認もせず、ふと装着していたサングラスへと手を伸ばす。
 続けて取り外されたその下から現れたのは金色の双眸であり、それはすでにそこにある何物をも映していない。
 来た時とは違って音もなく立ち去る男に注意を払う者もなく、辺りは音が消え失せたかのような静寂で満たされていた。
 唯一動きを見せるのはテーブル上にあるノートパソコンで、画面内には盛んに文字や映像が表示されていく。
 その中でも一際目を引くのは、地下深くへと続く穴から姿を現した未知の巨大生物だった。 人の数倍はあろうかという体の大きさもさる事ながら、その数は明らかに尋常ではない。
 全身の各所から生えた大小様々な角や棘、あるいは鋭利な刃物にも見える牙や爪は強い攻撃性をそのまま表しているかのようだった。
 赤黒く濁った瞳は昆虫の複眼のようになっており、盛んに首を振りながら周囲の全てを事細かに映し出している。
 遠目からでも分かる程に頑強な甲殻は、いかなる攻撃や妨害にも少しも屈する素振りはない。
 そんな生物が地上を埋め尽くす勢いで言葉通りに溢れ出てくる光景は、さながら地の底から地獄そのものが顕現したかのようだった。


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